第1話 どげんすいよ?
「ふぅ…」
残りのタバコは…15本か。
※※※※※※※※※※
「……ん」
今日もどうやら天気はいいらしい。
開けっ放しのカーテンから刺す光からは、太陽が燦々と覗いている。
ちらりと枕元のスマホを見てみると、セットしているアラームよりも少し早い時間だ。
まだまだ寝ていたい誘惑を醸し出す布団ではあったが、もうすぐ起きる時間ということもあってその誘惑を振り切りもぞもぞと抜け出す。
そのあとはいつもの流れでテレビをつけて適当に流したまま、焼きもせずに食パンを口にする。
「晴れか…」
普段見ない時間帯だったものの、どうやらちょうど天気予報をやっていたようだ。
住んでいる地域には降水確率0%の文字と太陽のマークが映っている。気温も昼間にかけて上がっていくようで、今日も今日とて30℃は軽く超えるようだ。
事務仕事な俺には日中の気温は関係ないので、朝食を食べ終えたらテレビを尻目に歯を磨いて顔を洗い、さっさとスーツへ着替える。
「暑い…」
スーツに着替えたものの、この時期は朝でも暑い。開けっ放しのカーテンからの日差しは部屋の温度を上げているようで、クーラーをつけていない室内では徐々に熱気が籠ってしまって暑い。ただ、ここで半袖にしたところで仕事場のガンガン効いているクーラーに冷やされること間違いないので、ここは我慢してスーツを着込む。
「そうだ」
着替えているとき、不意に窓際のタバコが目に入った。そういえばまだ今日は吸ってない。
いつもは目を覚ますとすぐに吸っていたのに、不覚。これものだやっぱり暑さで頭が回っていないことと、普段とは違う時間に起きた弊害だろう。
スマホを取り出すと、タバコを1本吸っても出勤にはまだ十分間に合う。なら吸っても問題はないだろう。
「うぁ…」
昨今の喫煙事情は喫煙者には厳しい。室内で吸うと退去のときにクリーニング代がかかると大家に言われたので屋外で吸っているが、毎回この窓を開けて暑さを感じるのは辛いものがある。特にこれからの時期はますます外に出たくなくなるだろう。
そして冬になるとそれはそれで寒さが辛いから、タバコを吸うのも一苦労だ。
それに、お隣さんに迷惑をかけるわけにもいかず、ご近所トラブルを避けるためにもタバコを吸うときは注意しなければならない。洗濯物を干していてニオイがついたぞといちゃもんを付けられるくらいなら、その時間を避けて吸わなければならない。
そんなこともあり、喫煙者は肩身が狭くて狭くて仕方がない。
「さて…」
まずはベランダに出て、のんびりタバコでも吸うとしよう。この時間はお隣さんも流石に洗濯物を干してないから大丈夫だ。
網戸を開けて、サンダルをつっかけたところで気づいた。
(ん、芝?)
なんでアパートの2階のベランダに芝なんてあるんだ?
コンクリート、というかモルタルの打ちっぱなしだったはずなんだが。
そうして、顔を上げた俺の目の前に広がったのは、
―――それはそれは壮大な大草原だった。
「…は?」
手からするりとタバコとライターが落ちたが、草の揺れる音と風の通る音だけが聞こえた。
※※※※※※※※※※
「え、えぇ…」
思わず取り落としたタバコを拾い箱へ戻し、そのままポケットに突っ込む。生憎、こんな意味が分からない状況でタバコを吸うような根性は今のところ持ち合わせていない。
窓を開ける、ベランダに出る、タバコを吸う。たったこれだけをしようとしただけで、いきなり草原にいるというのがわけわからん…
「……」
どうすりゃいいんだよこれ…
視線の先には、こちらのことなど知ったことはなしとばかりに、一面草が生い茂る平原。そのまま先を見通せば、地平線が見える。日本に地平線が見える平原なんてなかった気がするんだが、どういうことだ?
どこまでも、四周見渡しても地平線が望める平原だ。その境目の空を見てみると太陽がある。
あるのだが…なんだろう。俺の目がおかしくなければ2個あるように見えるんだが?
太陽のようなデカい光源が2個、もちろん見たことも聞いたこともない。
月が昼間に明るく見えるという明るさではなく、純粋に太陽が2つある。
ってことは、ここは本当にどこだよ?
「…あっ!」
そうだよ、なんで忘れていた。わからないってことなら、調べてみればいいじゃん。早速スーツのポケットからスマホを取り出して画面を見てみると…
「圏外、か…」
画面に表示されているのは無常にも圏外の文字。ってことは、ここがどこか調べることができないし、何より助けも呼べない。
「詰んだ…」
取り出したスマホをポケットに仕舞い、周囲を見渡したが、先ほどと変化なく、風が優しく頬を撫でるくらいだ。
「とりあえず…」
1本タバコを取り出し、火をつける。
いい加減タバコを吸いたかったしな。
「ふぅ…」
タバコをのんびり草原のど真ん中で吸う日本人なんてそうそういないだろうなぁ。
こんな状況じゃなきゃ気持ちいいものなのだろうが、生憎のところそんな精神を持ち合わせていない。
のんびりダラダラと、心地よい風を浴び、流れる雲を見ながらタバコを少しずつ少しずつ吸う。
「…さて」
タバコを吸い終わって火を消す。綺麗な草原がちょっと汚れるのは少し申し訳ない。
ちゃんと火が消えたことを確認したあと、改めて顔を上げる。
「歩くか…」
見知らぬ土地だが、そうするほかあるまい。
今目に入る範囲では、何もない。地面と草と空しかないのだ。助けを呼ぼうにも、何も見当たらない。
ならば必然と歩いて何か手掛かりがないか探すしかない。となると、当ても何もないが歩いてみるしかない。
今つっかけているのはベランダから出たときのサンダルだ。もちろんそんないいものでもなく、500円くらいの安物であり、使い捨て感覚で買ったやつだ。
あまり長々と歩くのに適していないサンダルで平原ってヤバイよなぁ…
だが、四の五も言っていられない状況になるかもしれない今のうちに、何か見つけたい。
「よし…」
ひとまず、歩いてみるとしよう。
※※※※※※※※※※
何もない平原をあてどなく歩くが、天気も良く、吹いている風も心地いい。それに何よりも、蒸々とした暑さはなく、爽やかというべきか、こんな状況じゃなければ寝転がっていたいくらいだ。
だが、まったくもってそんな余裕はない。
時間にして1時間ほどだとは思う。スマホの時計を見ただけで何とも言えないが、そこまで歩いた成果が何もない。
如何せん、周囲には草しかないのだ。
そう、草だけなのだ。
今は陽も高く、天気も良いからいい。
しかし、雨が降ってきたら雨を凌ぐ場所は?夜になったら寝る場所は?食事はどうする?そもそも食べられるものがあるのか?いや、それよりもこうして流れる水分を補給するための水はどうやって確保する?
1時間歩きとおした体から汗が少し流れるが、次々と不安材料が浮かんできて、立ち止まっている場合ではないと、ひたすら足を動かす。
相も変わらず、景色変わらず。人の姿も見えず。ただ雲が頭上を流れるだけだ。
やっぱ、まずくね?
「…お?」
何か、ある…?
ここまで来て、草と太陽と空と雲以外で変化があった。
遠くの空にポツリと、黒い点がある。
だいぶ遠いためか、米粒ほどもない大きさの黒い点は、地平線と空の境界を上下しているのがわかる。たぶん鳥じゃないかな?
ここに来て初めての変化だ。まあ、その変化が生き物っぽいってところが何とも言えないが、生き物ならそれを足掛かりに水場とかに行けるんじゃないか?
期待もそこそこに、思わず足を速めた。
お読みいただきありがとうございました。
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