夢の話 ~その人は飛んだ~
その人は飛んだ。
飛んだ訳は、大勢の何かから逃げたためか、大勢の声援を受けたからなのか確かではない。とにかく走って、走って、両手で掴んだ大きな布を上に広げて、風を大いに受けて、宙に浮かんだのだ。勢いをつけて走ったので、前のめりになって顔が下を向く。草一つ生えていない、踏み固められた土の上から飛んだ。砂埃が舞った記憶はない。
おそらくはどこかの学校の校庭だろう。上へ行くとコンクリートで作られた比較的長い建物が目に入るし、道路に沿って"柵"のようなものも見える。……と油断していると風向きが変わり、これまで進んでいた方から反対側へ、体が流され始める。その人は"これはいけない"と思っただろうが、実は自分の意思で進む方向を変えることはできないのだ。そして少しだけまた上へ浮かんだような気がしたので、……少し怖いような気がした。背に受ける、上空の風。顔を前に向けると、雪を未だ被る大きな山。このままいけば、その山にぶつかるのではないか?いやその前に……両手で掴んでいる大きな布を手放したら、終わりだ。
元々なんで飛んだんだという話になるが、もう理由なんて考える余裕は無い。とにかく降りなければ、降りなければ……スピードも落とし、だんだん地面へ下がろう。
でも待てよ。もし飛んでいるところをいろんな人に見られたら……大騒動になる。これだけは防がなければいけない。どうしよう、どうしようかと思っていると場面が変わり、いつしかコンクリーで整備しつくされた、無機質な小河川へ降り立とうとしていた。ちょうど川の所だけ窪んでいて、上からは見降ろさないとわからない構造になっているし、……下にはもちろん人がいない。これなら大丈夫と思いつつ、布を掴んでいる右の拳を木の柵に当て、もちろん痛いのは我慢だが、そんな荒い方法で、なるべくスピード落とそうとしてみる。いつしか掴んでいた布を手放し、体は柵の方へぶつかり……なんとか止まる。もちろん至る所全てに耐え難い痛みが襲うが、宙に浮かんでいた怖ろしさから解放されたことを思うと、これでよかったんだと安心してしまう。
周りには人もいないし……とその時、上の方から川へ降りる用の非常階段を使って、その人の方へ降りてくる人が一人。セーラー服を着た女子高生らしい。見たことあるような顔だが、ああ……確かに同じクラスだったような。そして彼女は "大丈夫ですか" との言葉を添えて、白いハンカチを渡す。きっとその人と彼女は何かしら話したのだろうが……内容まではわからない。ただその彼女は忙しかったと見えて、パッとしない、しなびた服を着た、そこらへんのオジサンに後を託し、その場を去った。
その後どんな展開があるかは、また目を閉じて、訊きに行かなければなと思う今日この頃。