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ワラキアの眠れる龍の伝説  作者: 神崎あきら
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ポエナリ城 天守

「・・・また重要な夢ですね」

 エリックとシュテファンが亜希の話を神妙な顔で聞いている。夕食にやってきたレストランで、亜希は二人に夕方に見た夢の話をした。

「アルジェシュ川は王妃の川とも呼ばれています」

「そうだったの・・・彼女はドラキュラ公を好きで裏切った訳ではないのに、死ななければならないなんて気の毒だわ」

 亜希はその暗い夢のせいで寝起きが悪かった。休憩どころか、夢にうなされて余計に疲れた気がする。夜風が涼しく、冷えたレモネードを飲むと身震いした。オープンテラスのレストランはほぼ満席で、とても賑やかだ。明るい電球が頭上を行き交い、まるでビアガーデンのような雰囲気に何となく居心地が悪い。

 テーブルに並んだビーフのトキトゥラには大盛りのママリガが添えられていた。トキトゥラはシチューのようなもので、ママリガをつけて食べると美味しい。サイドメニューでスライスチーズとサラダを注文した。濃厚なチーズとフレッシュなサラダの相性は抜群だ。美味しい料理に元気が出てきた。


 月明かりで本を読むためにホテルに戻った。エリックたちの部屋には小さなベランダがあるというので、お邪魔することにした。亜希が龍の紋章の本を取り出す。

「前半にはポエナリ城の防衛戦、王妃が身を投げたこと、そして地下通路の話が書いてあるようです」

 雲間から月が見え隠れしている。エリックは片目のレンズをシュテファンに預けた。ポエナリ城の章の白紙のページを開く。エリックと亜希は固唾を呑んで見守っている。

「・・・もうやだなあ、緊張しちゃうよ」

 シュテファンがあまりにも真剣な二人の空気に耐えきれなかったらしい。

「ごめんね、でも気になるじゃない」

「いいよ、気楽にいこう」

 エリックと亜希も肩の力を抜いた。シュテファンは人ごとだと思って、とブツブツ言いながらもリラックスできたようだ。


「・・・悲しみの王妃を解き放て 彼女が導く先に我はいる」

 シュテファンの言葉に3人は顔を見合わせた。

「ということは」

「二度目の」

「山登り」

 亜希は机に突っ伏した。シュテファンが元気出して、と亜希の背中を撫でている。

「ポエナリ城だな」

「今から行く・・・のよね」

「そうだね、フネドワラ城の例に倣えば月の光の下で何かが起きるはずだよ」

「夜に行くのは何だか不気味だわ、クマも出るというし」


「大丈夫だよ、これを調達しておいた」

 エリックはバッグからLEDの懐中電灯を取り出した。スイッチを入れるとかなり明るい。その明るさに満足しているのか、何度もつけたり消したりしている。

「またラドゥが襲ってきたら?」

 シュテファンが尋ねる。

「その場合はこれしか・・・」

 エリックはポケットナイフを取り出す。亜希とシュテファンはがっくりとうなだれた。とはいえ、どんな強い武器を持っていても、あんな白装束の集団に襲われたらどうしようもない。

「でも、行くわ。この本が導いてくれているから」

 亜希はエリックを真っ直ぐにみつめた。シュテファンも真面目な顔になる。エリックは頷いた。車に乗り込み、ポエナリ城を目指す。


 街灯もない農道をBMWのヘッドライトが照らしている。前後を走る車も、対向車はほとんどいない。両側にそびえる山の影は、昼間に見たはずなのに異様に不気味に感じた。

「本の謎を解いて、最後にはどうなるんだろう?」

 シュテファンの素朴な疑問は亜希も気になっていたことだ。

「私にも分からない。でも、こうなった以上、ラドゥに奪われる前に私たちが先取りして守るしかない」

「あいつなら銀行の金庫にしまっておいても奪いに来るだろうな」

 シュテファンの言葉はあながち冗談ではない。メフメトの財力を使えば何でもできるだろう。あれほどの富を持ちながらそれ以上に欲しいものとは何なのか。この宝探しのような心躍る旅は続けたい。しかし、最後に得るものは何だろう。

「アキ、あなたはドラキュラ公の真実を知る語り部です。それだけは確かなことですよ」

 語り部か、そんなことを言われても断片的な夢を見ているだけだ。しかし、夢の中で見るドラキュラ公は、串刺し公や悪魔の子と恐れられた姿とは違う一面がある。亜希の中でドラキュラ公に対する印象が変化しつつあったのも確かだった。


 ポエナリ城の真下に到着した。BMWは気休めだが、木の陰に目立たないよう駐車した。月夜の山上にそびえ立つ城は昼間よりも大きく見えた。

「さあ、日中よりはきっと涼しいですよ」

 エリックの励ましに亜希は苦笑いする。城へ通じる鉄格子の門は施錠されていた。門の脇を通って、茂みを抜けて回り込めば階段のところへ辿りついた。夜の森は静寂に包まれ、風に揺られた木々が囁くような音を立てる。月明かりでまだ足元が明るいのが幸いだ。エリックの懐中電灯も威力を発揮している。涼しいので疲労感は少ないが、夜の山道は昼間よりも長く感じた。


「ちょ、ちょっと、何か動いた!」

 亜希がすぐ前を歩くエリックの腕にしがみついた。視界の端で木々の隙間をすっと通り過ぎるものがいた。動物ではない。地面を覆う枯れ葉は全く音を立てていない。

「やだよ、アキ、怖いこと言わないで」

 背後のシュテファンがアキのパーカーにしがみつく。エリックが懐中電灯で森の中を照らした。動くものは何もない。ただ深い森が広がっているだけだ。

「白っぽい何かが通った気がしたのよ」

「白装束の男?」

 シュテファンが辺りを見渡す。生き物の影は見当たらない。そんな質感のあるものでは無かったような気がする。

「気のせいだと思う、多分ね・・・行きましょう」

 階段の傾斜が急になってきた。おそらく頂上が近い。

「わっ!」

 今度はシュテファンが叫んだ。怯えながら亜希の腕にしがみつく。

「何、どうしたの?」

 亜希も一緒にパニックに陥った。エリックが落ち着いて、と二人をなだめている。

「私にも見えました、何か白いものが木の間を通り過ぎて・・・うわ!」


 シュテファンがエリックの背後を指さした。亜希も反射的に振り向く。

「うそっ、やっぱりいるわ!」

 エリックが遅れて振り返ると、目の前を白い塊が通り過ぎていった。

「おわっ!」

 驚いて足を踏み外しそうになったエリックを亜希をシュテファンが2人がかりで支える。3人は身を寄せて息を殺して辺りを見渡した。よく見れば、ひとつではない、いくつもの白い浮遊するものが木々の間をふわりふわりと飛び交っている。

「向こうが透けてみえる」

 冷静になって目を凝らしてみると、白い浮遊物は透明で、向こうの景色がぼんやりと透けて見えていた。そのまま動きを追っていくと目が慣れてきた。


「見て、ボロボロの布きれに見える」

 亜希が恐る恐るそれを目で追うと、透明なボロ布が浮遊しているように見えた。

「いや、でも元の作りは豪華な服だったようだ、レースがついている。ボタンもたくさん。貴族の服のようだ」

 エリックがそれを観察している。

「あれは、ポエナリ城の建設に連れて来られた貴族だちの亡霊だよ」

 シュテファンが震える声で呟く。疲れ切り、絶望した表情の男たちがかつては豪華な衣装だったボロ布を纏って浮遊していた。こちらに危害を加える気は無いらしく、ただ木々の間をふわふわと行き来している。

「進もう」

 エリックが勇気を奮い立たせて足を踏み出した。エリックは亜希の手を握り、亜希はシュテファンの手を引いた。吊り橋の先にポエナリの城壁が見えた。月明かりに照らされた城には無数の亡霊が浮遊していた。


「これは・・・もう幽霊城だね」

「実は昼間もいたのかな」

 シュテファンの言葉に、知らぬが仏というフレーズが浮かんだ。亡霊達は壁をすり抜けて城内を行き来している。もう何が目的なのか忘れてしまったかのようだ。3人は城壁に掛けられたポエナリ城の見取り図の前に立った。


「アキ、王妃が身を投げた部屋を覚えてる?」

 エリックの質問に亜希は地図をじっと見つめ、城の右手の塔を指さした。

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