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鉄の世界樹  作者: 六道辻占
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忌まわしき者2

 蒼天の下、弦が弾かれ太鼓は叩かれる。音の響く祭壇に、千の祈りと千の踊りが異様な光景を生む。

 千人の踊り子が時計回りに舞い踊り、千人の祈祷師が反時計回りで歩んで祈る。祭壇中央には赤子の死体を中心に魔法陣が描かれ、それが外側から侵食するようにゆっくりと光っていく。

 ケルビムは振り向き、背後の祭壇の状況を確認しつつ、人込みを掻き分け広場へ向かう。広場の噴水辺りには魔晶石を持った魔導正教の盗人がいる。祭壇の階段には彼らの目的を強行できないように五人の騎士を配置して、加えて内側にいる疑わしい者にも警戒を怠らない。

 広場に着き、ケルビムは大男を目視する。睨みつけ、急いで目の前の噴水に向かって人込みを掻き分ける。

 噴水に辿り着いた頃、背後の祭壇では光を帯びた柱が立っていることが振り向かずともわかる。羅紗染色のローブを纏った大男と対面した時には、辺りの人込みは二人を避けるように円を描いた。

「まさか聖騎士が直々に相手になるとはな」

 眼前の大男が背負った荷物を足下に置き、腰の大きなファルシオンに手を掛け、見合ってケルビムも、腰に佩いた剣をゆっくりと抜き、人込みの描く円は大きくなる。

 ファルシオンを突き立て突っ込んでくる。こちらもまた突進し、全力で突き立てたファルシオンを振り払う。

 大男は振り払われた勢いで身体を回し羅紗染色のローブが舞い、魔法を使う暇を与えずケルビムの死角からファルシオンが下から上に振り上がる。

 振り上がったファルシオンを剣で受け止め僅かな時間鍔迫り合い、刃をファルシオンの柄に向かって滑らせ相手の手元を狙う。すると大男は胴を狙ってケルビムを蹴り飛ばした。

 蹴り飛ばされ尻餅を突いたケルビムだが、すぐに立ち上がり足下に置かれた荷物に視線を移す。質素な布の袋は先ほど大男が置いた魔晶石の入った物だ。

 紐を引き、袋の中を見ると魔晶石とは到底及ばない石塊が詰まっていた。

「しまった!」

 焦りと同時に祭壇の方を見る。あちらでも何かあったようで騒がしくなっている。大男の方を見るも、奴は既に消え失せていた。


 儀式の気運が高まり、赤子の死体をコストにしても何も召喚されないはずだった。

 祭壇の中央に置いていた赤子は陽炎のように揺らめき、スピネルたちが探していた物がそこに現れる。視線を審問官とローブの者へ移すと奴らもまた揺らめき姿を消した。

「幻影魔法か!」

 スピネルが気付いた途端に魔晶石は漆黒の柱を纏い、辺り一面に不快な空気が漂う。足下に描いた魔法陣は黒く淀み、魔晶石から辺りに青黒い霞が生起する。

 天は裂けると思うほどに唸りを上げ、地は震えるように揺れ動く。漆黒の柱が天をも貫くほどに高く伸び、闇が広がる。祭壇を覆った人集りは、我先に逃げ出そうとして出口で詰まっている。柱の内、辛うじて視認できる眼前の魔晶石は少しずつ罅割れ、いつ臨界に達してもおかしくない。スピネルたちは魔導正教にしてやられたわけだ。祭壇から離れたところで、下は人でごった返している。逃げ場など最早どこにもない。

 そして魔晶石は臨界点を超える。

 砕け散った魔晶石から大量の青黒い霧が生起して祭壇上で渦巻く。

 急いで白き魔法の杖に自らの魔力を霊魂から注ぎ入れる。魔導正教の目的は何かなど、今のスピネルには考える暇などない。眼前から何かが現れることは確かなことで、それが何をするのか、何が起こるのかなんて誰にもわからない。


 ――青黒い霧の中でそれは降臨した――

 

 渦巻く霧の中心、魔晶石のあったところにそれは現れた。

 肉体のない身体は亡霊のようで、肉の代わりに青黒い霧が身体を成している。輪郭のない身体が気味の悪さに拍車をかける。

 しかし、よく見ると輪郭はないものの、はっきりとはいえないが霧が色濃く纏まっているところと、そうでないところが奴と奴ではない部分ということなのだろう。

 青黒い霧の中で朧気に見える白い眼がスピネルの視線と衝突する。

 全身に鳥肌が立ち、本能が奴との対面を拒絶する。眼前の亡霊は右手を天に向かって掲げ、それを見たスピネルはすぐに防御魔法≪天衣無苞≫を発動し、聖なる光が現れスピネルの周りを包む。

 亡霊が右手の掌を天に向かって広げると、辺りで起こっていた大地の揺れが収まり、天の唸りは止まり、静寂が訪れた。静寂に包まれた辺りに、ただ右手を天に向かって掲げている姿はまるで《真なる頂》を体現しているようだった。

 しかし静寂は僅かな息継ぎに他ならなかった。直後に亡霊から霧が無数に生起し、溢れだした霧は留まることを知らず、逃げだす祈祷師や踊り子に絡みつく。

「大司教!ご無事ですか」

 振り向くとケルビムがスピネルを案じて、駆け付けていた。

「儂の後ろに付け!」

 咄嗟に叫び、ケルビムは素早く後ろに付いた。

「一体、何ですかあれは!」

「儂にもわからん、あれは誰の手にも負えんよ」

 霧に絡みつかれた祈祷師や踊り子は魔力を吸い取られているように見えた。スピネルらは亡霊が解き放った魔法は魔力を吸い取る魔法だと思うが、その考えはすぐに否定される。

 絡みつかれた踊り子は魔力どころか霊魂までもが吸い取られている。スピネルらは驚駭した。

 眼前で魔力を吸い取られた踊り子は顔の上に同じ顔が霞んで現れる。現れるとすぐに霧の中へ吸い寄せられていった。

 今この時を除いて、実際に霊魂を肉眼で見た者など居るわけがない。だがスピネルは今見たものが霊魂だと本能で悟った。

 次々と霊魂ごと引き抜かれる祈祷師と踊り子を見ても、何かができるわけでもなかった。杖を亡霊の方に向けて、雪崩れ込む青黒い霧を己が魔力で打ち払い、耐え忍ぶ。

 襲い掛かる霧は強くなる一方で、この状況を変える手立てが無い。霧の中心にいる亡霊は既に視認できなくなっていた。

 祭壇は霧で埋め尽くされ、下にいる逃げ遅れた者らが次々と青黒い霧に飲み込まれている。スピネルとケルビムは既に霧に囲まれ、光の防壁一枚が命綱となっている。

「これまでか……」

 逃げ場など、最早どこにもない。スピネルらが諦めた時、祭壇の中心部から青い光が差す。

 視線を移しそれを見る。

 それが爆風だと気付いた頃にはスピネルたちは、光の防壁を砕かれ吹き飛ばされていた。

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