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鉄の世界樹  作者: 六道辻占
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忌まわしき者

 豪雨が去り、濡れた地面と透き通った視界で、背にある世界樹と眼前の王宮がより眩く見える。

 魂呼びの儀式が行われるここ大祭壇では、儀式に必要な魔晶石を中央に、周囲には酒や肉、更には千人の祈祷師が円を組み、更にその外周に千人の踊り子を配置する。

「いよいよですね」

 祭壇の端で遠い空を眺めていたスピネルは浅く被った紺青色のローブのフードを脱がずに、声を掛けてきたプラチナ色の鎧の男に視線を変える。

「お前は初めてだったか?」

 右手に持っている白色の杖を地面に突く。

「ええ、三年前は王都にいませんでしたから」

 プラチナ色の鎧の男、ケルビムは突いた杖を一瞥することなく欣喜した面持ちで、フードで影のついた老人の目を見て答えた。

「嬉しそうにしておるが儀式が成功するとは限らんぞ?」

「前回の事は聞き及んでいます。ですが、聖女ルインにお目に掛かることは私にとって赫々たることです」

「化身ではあるがな、召喚に成功したら後は王族がアルフヘイムの森に連れていく算段だ」

「世界樹の第一層でしたね」

「はて、入ったことはなかったか?」

「一度も」

 儀式の準備が整うまでケルビムと他愛のない話をした。

 ケルビムとは出会って二年の仲になる。年の離れた二人が出会ったのは教会だった。

 大司教になったばかりのスピネルは貧困層の多いバッカス区の礼拝堂に訪れ、その男に出会った。当時のケルビムは一介の冒険者で、スピネルの目にはただ信心深いというだけの若者に映った。

 礼拝堂には、そこに住まう修道士や孤児に必要な生活品を運ぶために訪れた。スピネルが修道士らと話しているとき彼は熱心に何かを祈っていた。

 連れてきた助祭らが必要な品を礼拝堂の表門から運んでいて、その表門から馬の嘶く声が礼拝堂に響いたのは、スピネルが訪れて少しの時間がたった時だ。

 ここは貧困層の多いバッカス区、賊がしばしば現れることは周知のこと、スピネルは側に立て掛けた魔法の杖を荒々しく掴んで表門に向かう。

 表門に着いた時には賊は皆倒されていて、近くに一人の若者が立っていた。

 助祭の話を聞いてすぐ騎士に叙任した。叙任されてからもケルビムは廉直であり信心深さは変わらず、周りからも尊敬される人柄で、立場が変わっても堕落することはなかった。

 話によると以前のケルビムは粗暴な性格でバッカス区では有名なごろつきだった、ある時、病気で母親を亡くして礼拝堂に訪れ、スピネルと出会った。

 愚かな息子の所為で母親が死んだと思ったケルビムは世界樹に誓った。残りの人生は償いで生きると。

 それからはスピネルから魔法を教わり習得に励む。幸いにもケルビムには魔法の素質があり、現在に至るまでの努力で、中堅の魔導師程度の実力を付けることができた。剣の腕と足して今は教会側から設立された騎士団の団長だ。

 暫くすると大祭壇の王宮側の階段から人影が見える。外貌は若く、金の髪色で、滲み出る風格は王者を彷彿させる。

 若者がさらに階段を歩み、纏っている白の鎧が見えた。白の鎧は王家の証だ。

 第三王子のケリュースの背後に、白の鎧とは対照的に黒の衣を着た魔術師が現れ、視線を移す。仮面をつけたその者は不気味な空気を纏っている。

 スピネルは仮面の男を一目見てそれを肌で感じ取った。

「これは殿下、今儀式の準備をしておりますので、もう暫くお待ちを」

 視線をケリュースに戻し、少し恭しく声を掛ける。

「大司教のスピネル・モンチセリか、俺は先にアルフヘイムへ向かう。儀式の後の事は妹のクリスティアに任せてある」

「はぁ、それは構いませんが、ご覧にならないので?」

「ただの召喚魔法だろ。それに世界樹の入り口は狭く、行軍に時間が掛かるからな」

 言い終えるとケリュースは階段下に向かって合図を送り、階段の下にいた騎士団長が大祭壇を迂回して世界樹に向かう。

 それを見てケリュースと仮面の男も世界樹に向かって行った。

「野心が溢れておるな」

「よろしいので?」

「構わんさ。この儀式自体、王家から要請されたことだしな」

 ケリュースらを見送りと助祭の一人が駆け付ける。

「大司教、準備整いました」


 清白された空気の中、クリスティアは祭壇の端で儀式の幕開けを待っていた。

 祭壇の下には騎士団と魔導化歩兵が控えていて、その周りには王都の人々が儀式の始まりを今か今かと待ちわびている。

 次第に見物客は増えていき、気付けば祭壇と近辺の広場には人込みでごった返していた。

 祭壇の奥で大司教が天に向かって杖を掲げる。それを合図に太鼓が叩かれ、弦楽器が弾かれる。踊り子は踊り狂い、祈祷師は整った円を描いて祈念する。

 しばらくすると中央の魔晶石から天に向かって光の柱が立ち、悠々と強くなっていく。

 皆が目を閉じ、手で遮るほどに光が強くなった時、クリスティアは自らの目を庇うことなく聖女が地上へ降臨する瞬間を待つ。

 広がる光は更に強くなり、爆発する勢いで辺りが白く輝く。

 光は静まり、反射的に手で目を覆ったクリスティアは祭壇中央の魔晶石に目を向ける。 そこにはあるはずの魔晶石は無くなって、一人の女性が横たわっていた。

 すぐにクリスティアは祭壇中央に向かって駆け付ける。倒れていた女性は天界の衣を纏っていて聖女に似つかわしい美貌の持ち主だった。

 僅かな時間が経って聖女が意識を取り戻し、その瞳はクリスティアを捉える。

「お待ちしておりました聖女様、さあこちらへ……誰か!聖女様にお召し物を!」

 声を張り上げ、命を下す。

 臣下の一人、騎士のイエナが絹の衣を運んできて、聖女の衣の上に優しく着せた。


 クリスティアと聖女一行が世界樹に向かい去って、少しの時間が過ぎ、祭壇からはクリスティアと聖女を守る騎士団の一団が拳大で見える頃に、それは訪れた。

 王宮側の階段からマクマリス教の審問官と思しき者と、全身をローブで覆った得体の知れない者が昇ってくる。

 ローブの者は体中に包帯を巻いていて、それだけで訝しいものだが両手に持っている物は、これも包帯で巻かれた赤子の死体だった。

 赤子の包帯には血が滲んでいて、死後間もないことがわかる。この状況では如何なる理由があったとしても、スピネルが警戒を解くことはない。

 審問官がスピネルに近付いて、封蝋された書状を手渡す。

 スピネルは訝しむ顔を隠さず書状を受け取り、荒く封を開け、声を出して書状を読んだ。

「大司教スピネル・モンチセリは魂呼びの儀式を続行し、聖人をもう一人降臨させよ。枢機卿ブーティン・ダラープ」

「なんだ、この書状は!」

「枢機卿が下した指示ですので」

 審問官は無表情のまま、それだけを答えた。

「聖人とは誰のことだ、初代国王ルミウスか?」

「私には分かり兼ねます」

 顔の固まった眼前の者は、隣のローブの者に視線を向ける。するとローブの者は祭壇中央に向かって行き、赤子の死体を魔晶石のあったところに置いた。

「ダラープめ……」

「どうするのです?」

 後ろに控えていたケルビムが耳打ちをする。

「枢機卿の印綬が押されておる」

「しかし、三年前のこともあります」

「先日の襲撃にあった倉庫では何を盗まれたんだ?」

「儀式に使う魔晶石を盗まれましたが、未だ見つかっておりません」

「この者らは持っていない」

「まだ潜伏していると?」

「近くにはいるだろうな、部下を使って探し出せるか?」

 二人がひそひそ話しているとケルビムの部下がこちらに寄ってきた。

「団長、大司教、付近に潜伏している魔導正教の者を見つけました」

「どこだ」

「広場の噴水の前に一人……背中に大きな荷物を背負っています」

「大司教、その者が魔晶石を持っていることで間違いないでしょう」

「捕らえられるか?」

「捕らえられるかはわかりませんが、殺すことは出来ます」

「儀式で誘き出すか」

「危険すぎます」

「ダラープが何を考えているかわからんが赤子の死体一つでは大したことは起きん、この儀式は失敗するよ」

「でしたら心置きなく奴を仕留められます」

 策を練り終わった二人は儀式の再開を始めた。

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