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鉄の世界樹  作者: 六道辻占
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異端者たち4

 静謐で曠然たる廊下は赤い絨毯が敷かれ、向かい側にいる使用人は豆粒のように小さい。対して後景には二人の妹と鎧を纏った大勢の騎士が付き従う。

 向かうは玉座の間。正午には魂呼びの儀式が始まり、聖女ルインの化身が召喚される。その後叔父ブリューダルの討伐を名目に世界樹に入る。玉座の間では討伐軍司令官の任を承り、即座に出征の命が下る予定だ。

「兄上、任命式ではくれぐれも軽率な発言はしないように」

「わかっている」

 一つ下の妹、アクリナが声を掛けた。それは兄を気遣ってというわけではなく保身であることは明白だ。妹アクリナは第三王女という立ち位置だが養女で、父親が叔父のブリューダルなのだ。

 叔父のブリューダルが反旗を翻した時、その娘アクリナは捕らえられる。本来であれば即日公開処刑となるが、齢六つという事もあり、今の執政官の助言を聞き入れ養女とした過去がある。

「しかし、毎日歩んだこの宮殿も見納めだな」

「そうですわね」

 アクリナ自慢の金の縦ロールが靡く。

「この赤い絨毯が国民の血税のようではないか」

「兄上?」

「その血税の上を、未だ愚か者どもが踏み躙っているのだ」

「そういうところですわよ、兄上」

「大丈夫だ、玉座の間では言わん」

「ようやく俺の発案が承認されたのだ……気取られるなよ?」

「わかっていますわ」

 アクリナと話しているうちに玉座の間の前まで歩き、一人の男がいる。

「殿下、陛下がお待ちです」

 執政官のアンダルキウスが扉の前で待っていた。門兵の方へ振り向き、一度手を振る。

 二人の門兵が重厚な扉を押してゆっくりと開く。

 扉の向こうには玉座に居座る国王と手前に道を開けるようにして並ぶ兄弟、貴族、臣下らがこちらを見る。

 威風堂々と玉座の前まで歩み、片膝を突く。

「陛下、討伐軍の編成が完了しました。いつでも出陣出来ます」

「うむ……クリスティアよ、本当によいのか?」

「はい陛下、王家の者として決断致しましたので、覚悟はできております」

 王は胸が詰まる思いでいっぱいなのだろう、躊躇いで口が重たくなっている。

「……そうか、アクリナもか?」

「陛下から賜ったご恩に報いる時が来たのです。どうかお許しください」

「騎士たちよ、我が娘を命に代えてでも守り通せ」

「はっ」

「アンダルキウス」

 執政官のアンダルキウスが玉座の側に付く。

「出征の費用はどのくらいか」

「このままフィンブルスルまで行軍しますと金貨五千枚、ヴィーズで剣奴を買うなら金貨一万枚といったところでしょう」

「財政には問題ないか?」

「徴税官!」

 執政官が呼ぶと絹の衣を纏う太った男が臣下の列から一歩前へ出る。

「王都徴税官のポメイロンです。昨今の税収は既に前年の額を上回る見込みがついておりますので、問題ございません」

「よろしい、下がれ……陛下」

「ケリュース・ラ・クリスタルローズ」

「はっ」

「逆賊ブリューダル・ラ・クリスタルローズの討伐軍司令に任ずる」

「承りました」

「以下の勅命は……アンダルキウス、代弁せよ」

「畏まりました」

 侍従がアンダルキウスに近付き巻物を渡した。勅書だ。

 勅書を立てに広げ、執政官が勅命を下す。

「勅命である。討伐軍司令官ケリュース・ラ・クリスタルローズ、麾下の水沃騎士団、第三王女アクリナ及び麾下の巧魔騎士団、第四王女クリスティア及び麾下の魔導騎士団、新設された魔導化歩兵を率い逆賊ブリューダル討伐を命ずる。魂呼びの儀式の後、出征せよ」

「謹んで拝命致します」

 勅命を受け、謹厳な態度でケリュースは踵を返した。


 勅命を下し、臣下の列が玉座の間を離れて少しの時間が過ぎた。

 国王マティウスは玉座に腰掛けたまま、白髪交じりの金の顎鬚を重たく撫で、憂鬱な顔で一人思い悩む。

 近くに近衛兵はいるが、それでも玉座に一人ポツンといることに変わりはない。マティウスはこの静寂な空間が好きだったが、今日に限ってはそうとも言えない心境であった。

 すべての原因は弟ブリューダルにある。十五年前、奴隷制を敷いた時に反旗を翻したのだ。弟は制定前に猛反発していて、マティウスは聞き入れるつもりがなかった。きっと弟は占領した各国の王族に会っていたから、唆されたに違いない。それで奴隷制度を強引に制定した。奴隷制さえ敷けば弟は諦め、反発することもなくなるだろうと思っていたが、それは大きな思い違いであった。弟は既に丸め込まれていて、ついには国王を討ち、国を安んずる名目で、水面下で動いていたのだ。

 争いは好かなかった。

 他国を征服したのは先王で、マティウスには戦の才能が無く、有能な将軍を見極めることもできない。ともすれば、先王が崩御され太子のマティウスが即位したら、軟禁していた他国の王族は好機とみるに違いない。だからマティウスはそれを逆手に取り、弟の暗殺を目論んだ。軟禁している王族が弟を暗殺したとすれば、捕らえて処刑し、残りを奴隷に落とせばよいのだ。

 ところが暗殺は未遂に終わってしまう。逆に追い詰められたマティウスは計画の全容が明るみに出る前に奴隷制を制定するしか手は無かった。

 ついには弟が兵を挙げ、即位したばかりのマティウスに反旗を翻す。だが弟を支持する者はいたものの、マティウスを討ち取るには余りにも少ない兵力であった。だから今も、こうしてマティウスが玉座に腰を下ろしているし、王都やルイン王国の国境沿いの領地まで失わずに済んでいる。それも軟禁の王族を奴隷の身に落としたことが功を奏した。更には教会もこちら側に味方し、弟の反乱は大勢を決した。

 敗北を悟った弟は往生際が悪く、あろうことか生き残った者を従え、世界樹の内部へと落ち延びた。それから幾許かの小競り合いを経て、内部都市のフィンブルスルにて本拠を構えている。

 此度の出征では、王子のケリュースが司令官を務める。ケリュースは文武両道ではあるが、第三王子の立場から王位継承権は遠い。身内には王位継承権を巡る争いは固く禁じているが第二王子のイーヴァルが近頃、有力貴族と密かに繋がりを持ったという噂も耳に入っている。ケリュースとしては面倒事から距離を置くには、今の地位が適切であっただろう。

 討伐軍編成の発案はケリュースからのものだが、娘のクリスティアまで出征すると言い出したことには驚いた。娘が頼んできたので、今は退役した将軍のハンニバルに幼少期から武道を教えさせていたが、戦いとは無縁だと思っていた。クリスティアは決して血気盛んな人柄ではない、むしろ平和的で慈悲深く、特に国民から愛されていることは周知の事実だ。少し前にあったことだが王都内で生活の苦しい者に施しをしている時、悪漢に襲われたことがある。近くにいた旅の者が救ったことで大事無かったが、娘の考えが変わったのはもしかするとそのことかもしれない。何にせよ、娘には最大限の警護が必要だ。

 出征するもう一人の娘、アクリナはクリスティアの姉だが養女であり、血縁関係はクリスティアらの従姉妹にあたる。実父はマティウスに反旗を翻したブリューダルだ。争いに敗れたブリューダルは妻子を置いて世界樹の内部へ逃亡した。捕らえた妻子を処刑するべきとの声が殆どであったが、まだ執政官ではなかった頃のアンダルキウスは生かすべきと進言した。「無闇に殺しては無用な争いを招き、養女として迎え入れれば、人質としても扱え、王としての威厳も保てるでしょう」

 これには怒りに満ちていたマティウスも、目の覚めるような忠言に耳を傾けた。何より怒れる王の前でも動じない胆力が気に入った。

 そのアクリナが実父を討つために出征とは疑わしいが、出征を許したのは母親を王宮の離れに住まわせているからだ。義父を裏切れば母親が殺されることは承知のこと、況してや妻子を捨てた者に味方する理由があるはずもない。

 考え事をしてしばらく時間が経った頃、マティウスは玉座から離れる。

 扉を抜けると第一王子のジークフリートが一人で待っていた。

「父上」

 聡明で人徳のあるジークフリートはいつも貴族や官吏の者が側にいた。しかし今は一人でマティウスといる。

「どうした。何か用があるのか」

「いえ、用というわけではありません。父上の考えをお教え頂きたく思いまして」

「考えだと?」

「臣下の者が皆出ていった後も、しばらくここに居座っておられましたので」

「今まで待っていたのか?一人で?」

「はい」

「それなら声を掛ければよかろうに」

「私にも立場がございますので」

「そうか」

「それで父上、何か考えていたのでは?」

 暫らく赤い絨毯の上を息子と歩き、王宮の庭園とその先のアルスから世界樹まで一望できるバルコニーに出る。

「私は争いなど望まん。ただクリスタルローズであればよいのだ」

「と言いますと?」

「私もお前もただ家を守ればよいのだ。こちらから争う必要などない」

「ではなぜ出征をお許ししたのです?」

「決着は付けねばならん、お前の代になる前にこの争いは終わらせたい」

 マティウスは恐らくブリューダルがいるであろう世界樹の中腹を悲哀の顔で眺めた。

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