異端者たち
白く濃い霧に近付いた。
艶のある両翼を大きく波打つように羽ばたかせ、鸛に似た漆黒の巨鳥は背後でV字に並ぶ群れを連れ、深い霧の先を気にも留めず北へ飛翔する。
群れの遥か下には緑の他に一廉の文明があり蠢くそれは、鳥の目には人に、人の目には蟻に見えることだろう。
湿気た空気をその身で切り分ける。
群れは霧の中に入り、視界は意味を無くした。それでも、巨鳥の群れが北へ渡るのは、それが彼らの使命であり、本能だからだ。
暫くの時が過ぎ、霧の先が薄っすらと見えるようになった。
一面に広がる巨大な影は霧の終着点。これより広がるは驟雨ないし雷雨の起点。鳴り響く轟音に巨鳥は思い至る。
霧の終着点まで迫り、黒い嘴を開き鬨の声を上げる。そして巨鳥が影へと先陣を切ったその時だった。
先陣を切った途端、巨鳥は霧の終着点であるはずの影に跳ね返され、辺りに鈍い金属音が鳴り響く。それを目にして驚いた後続の群れはその場に留まり翼を激しくばたつかせ、周囲の霧がゆっくりと風で流される。
霧が払われ、それを目にした群れは慄き、気を失い落下していく一羽に目を奪われることはなかった。
香るペトリコール、群がる湿気。
全身を覆うローブから右腕を出したヴェルゲルは、それが僅かに湿ったことを知覚する。いつの間にか辺りを覆っていた霧は消え去り、空を仰ぎ見れば曇天が蒼天を飲み込んでいた。
「……遅い」
マリアム通り、それがヴェルゲルがいる街路の名だ。
前を向いても、後ろを向いても地平線の更に先まで延びるこの通りはルイン王国が王都、エレメンタルにある。建国時の都市計画によって建設された石畳の街路で、建国に尽力した者の名が与えられた歴史的に名高く、最も古い通りだ。幅は馬車二台分が通れる車道と明確な線引きはされていないが両側に歩道が付いている。現在は馬車の通行が禁止されていて、観光道路として使われ、平時は昼夜を問わず賑わっている状態だ。
――そして、その通りの終点に世界樹がある――
曇天を仰ぐヴェルゲルは少し視点を下げ、世界樹の向こう側を覗いた。
先は白く霞み、段々と色濃くなり、それが轟音とともにこちらへ迫っている。
誰もが豪雨が迫ると悟り、街の住人や観光客と商人で賑わっていた通りは早々に乱れた声音と足音に変わり、店の看板を下げる者も現れた。待ち合わせをしているヴェルゲルにとっては芳しくない状況だ。
それはヴェルゲルが背丈二メートルほどの体躯で、隆々たる筋骨は羅紗染色のローブを通しても窺い知れるほど目立っているからだ。どっしりとした腰には、本来は片手持ちの武具であるはずのファルシオンが両手剣並みの大きさで剥き出しになっている。
刀身は常用とはかけ離れた厚みで、鈍い光沢が衆目を集める。背丈と全身ローブ、剥き出しのそれを合わせ、急いで避難する者たちは迂回するように彼を避けて通って行く。
そろそろ俺も、と自身の怪しさを理解しつつも、当人の左手にある食事処へ避難を試みるが行動を起こすとともにそこの引き戸が開き、スタンド看板を店内へ下げに出て来た娘と視線が交差する。
散歩中の猫とばったり会ったかのように、お互いに硬くなる。娘はヴェルゲルの深く被ったローブの先にある眼光に、ヴェルゲルは自身から滲み出る不審な雰囲気と、その先にある訝しむ視線に足を止めってしまった。
しかし、視線が交差する時間は僅かだった。奥から店の主人と思しき中年の男が現れ、慣れたようにヴェルゲルを睨みつけ、一拍置いて言葉に移す。
「おい!構うな早く閉めろ」
声が掛かった途端に娘は慌てて看板を店内へ運び、入ると店の主人が勢い良く戸を閉めた。
ヴェルゲルは、あっ、と声を掛けるが既に入り口は閉められ、会話の余地は無くすぐに諦める。当然だ。豪雨の波は轟音と合わさり、もうすぐそこまで迫っている。
ならばと、他の店を当たりに振り返るが目も合う暇もなく、次々と踊るように扉は閉められていく。
だがヴェルゲルに罪悪感は無く、変わりに怒りが込み上げてくる。悪いのは遅刻しているあいつらなのだから。しかも、未だ来ていない。どこかで寄り道をするような奴らではない。とは言い切れないが、もうすぐ我々にとって重要な日が訪れるのだ。奴らの名を叫びたくなる不満を飲み込んだ。
ここは王国の大通り、叫ぶわけにもいかず淡く滲んだ王都の霧を睨みつけ、迫りくる雨粒の波を迎え、小さな羅紗染色は淡く滲んでいった。
世界樹マクマリスはルイン王国の王都エレメンタルの中心部にあり、天高く聳え立っている。黒々とした光沢のある樹皮は叩いても、熱してもびくともしない。強いて言えば叩いたときに鈍い金属音がするくらいなものだ。
天を仰げば世界樹の頂上は窺えず、目算で中腹辺りに薄雲が纏わりつき、その先は誰の目にも知覚できず、地に俯せば世界樹の根元は王国が石畳で覆い、周囲を歩けば朝が夕方になる程の時間を要する。
世界樹以外にも、世界樹の一部であったと思しき遺物が王都にはある。元々、世界樹の中腹辺りに構えていたとされるリング状の遺物は今、王都の郭と成している。どういった原因で中腹から地表に落ちたのか、それを知る者はいない。破損した部分は改築して今は王都の門として用いられている。郭は世界樹と同様に冷たく頑強だ。
世界樹は大陸ヴァージングラードを始め、世界を創造したと人々から謳われている。その恩恵を最も篤く享けるルイン王国に他の国々は肩を並べるに至らない。というのも世界樹から天然資源が湧き出ていると認知されているからだ。湧き出る恵みによりヴァージングラードは資源豊かな土地となり、この世界が生物の生きていける環境となったのは、世界樹マクマリスの誕生が発端であるとこの世界では神話として伝えられ、今では宗教となり、伝え広められている。その宗教もまた大きく二つに分かれている。それはこの王都エレメンタルでのことだ。
「困ったのお……」
王都エレメンタルの一角で人通りの少ない路地裏にヴォルフは声を漏らした。
(待ち合わせをしているというのに、集合時間は疾うの昔に過ぎているし、行動を共にしていたアードリとは逸れてしまった。更に追い打ちを掛けるように道に迷ってしまった)
(まあ、アードリと逸れた原因は儂にあるし、それから道に迷ったのだから文句の付けようがないのだがな。しかしヴェルゲルの奴は今頃鬼の形相で激怒しておるだろうな、儂らの所為で)
僅かな時間、心中仲間を慮り、見知らぬ道を小走りで進んでいく。
ヴォルフは小柄で天鵞絨色の全身ローブ、浅く被っているフードから現れた外貌は白いものが混じっていて、皺の少ない初老から老人といった一見物静かな印象がある。だが右手には赤黒く禍々しい光りを放つ球状の宝玉が付いた魔法の杖を握りしめており、一度構えれば熟練の魔術師の風格が漂うことだろう。杖はまるで生きているかのような腕が二本生えており、両手で包むように捻じれて、そこに宝玉が納まっている。禍々しさはその他にも、杖自体が薄黒く錬金術で生成された貴金属と思わせる妖しい光沢で、先は鋭く、石畳を突けば重みのある音がして、いざという時は近接戦闘も行える逸品だ。
見知らぬ道を小走りで移動するヴォルフは、とにかく大通りを目指していた。大通りにさえ出てしまえば、現在地を把握することができる。ヴォルフはエレメンタルの出身ではないが、この王都には何度か足を運んだことがあるのだ。だから大通りへ出て、まずは見捨てた、いや、逸れてしまったアードリを見つけ出し、大遅刻をかました二人を恐らくは鬼の形相で待つヴェルゲルのもとへ向かう。それが叶えば、後は適当に誤魔化せば良い話だ。
しかしながら、それは先程までの目的で、今は雨宿りのできる場所を探している。それもできる限り目立たない場所にだ。
道に迷ってから妙に寒気がする。体感的に分かるのだから間違いはないだろうし、どこからか轟音がこちらへと近づいている。
ヴォルフは今いる路地を抜け出した。そこは大通りではなく更に細めの路地が続いている。だが少しばかり視界の開けた路地で、遥か先に世界樹が望まれた。
世界樹は白く霞んではっきりとは見えないが、巨大さ故に知覚できた。問題はその霞が近傍まで轟音とともに迫っているということだ。
辺りを見渡すが雨避けができそうな場所は無い。
もうだめだと、ずぶ濡れになる覚悟を決めたその時だった。
背後から重厚な扉が開かれる音がする。振り向くと、扉から半身を出し、前掛けを着け、鬚髭を蓄えた中年くらいの男が目を細めてこちらを見ていた。男は顎鬚を撫でながらヴォルフをじっくりと観察し、右手の杖に一瞥をくれると声を掛ける。
「こっちだ、入んな」
誰だか知らないが、有り難い申し出だった。
ヴォルフは急いで男が招いた蔵の中へと入って行く。ヴォルフが蔵の中に入ると男は両手で重厚な鉄製の扉をゆっくりと閉めていった。扉を閉め終えると閂を掛け、ヴォルフを一瞥することなく無言で蔵の奥へと向かって行く、それをじっと見ていたヴォルフも男の後に続いた。
「いやぁ、道に迷ってしまってのお……危うくずぶ濡れになるところじゃったわ、誰かは存ぜぬが助かった」
男は無言のままだ。
蔵の中は薄暗く、大小様々な木箱が小奇麗に並んでいた。助けてもらってなんだが、前を歩く中年の男がこの木箱を整頓したとは思えない。蔵へ入る前に身なりを見たが、体格は良くとも服装は働いているとは言えないほどに染み一つないものだったからだ。
(妙じゃな……)
ヴォルフは少しばかりの用心で、右手で杖を握りしめる。
蔵の中を数十歩歩んだ頃、天井から激しく叩きつけるような雨音が鳴り響いた。蔵に入らなければ、川に飛び込んだほどにずぶ濡れであったことが容易に想像がつく。
やがて蔵の最奥に着くとそこには二枚の木製の引き戸があった。中年の男が左手で片方の戸を引き、更に奥へと歩いて行く、その間の会話は無くヴォルフは黙って男の後に続いた。
引き戸の奥は木製の床が張られていて、蓋の空いた木箱が並んでいる。中には全て食材が入っていた。
ここは宿屋の裏側のような空間だった。前掛けを着けたこの男は宿屋の主人のようだ。
しかしヴォルフは疑う。一見、厳かな態度で恰もそういった性格の宿屋の主人を装っているみたいだが、ヴォルフは戦場を駆け巡る兵士のような独特な空気を感じ取った。退役後に宿屋を開いたというのなら、一般の者ならば納得するだろう。だがもしヴォルフにそう答えるのならば、ヴォルフは「宿屋の主人は血のワインを嗜むのか」と答えよう。眼前を歩むこの男からは、僅かだが赤い香りがした。
そして空気は直後に張り詰める。
前掛けの男は床の上を更に数歩歩いたところで振り返らずに足を止め、ヴォルフの不安を膨らませる。
「……あんたがヴォルフだろ?」
ドクンと一度だけ胸の奥が騒めいた。
大きな鼓動をバネに素早く後ろに一飛びし、着地と同時に杖を胴の右から振りぬくように構え、眼前の男を睨みつける。先程まで大人しかった老犬の眼差しは闘犬のそれとなっていた。
男がゆっくりとこちらに振り返った時、ヴォルフは辺りから人の気配を感知する。
一人ではない。三、いや四人いる。二人は視界から知覚できるが、残りの二人は空き瓶の山と棚の奥に隠れている。
囲まれてしまった。
これは罠だったのか。ヴェルゲル、ヴォルフ、アードリと、この者たちは我々を分断し、各個撃破するつもりなのかもしれない。
ヴォルフは右手で握りしめている杖に念じる。
念じた魔法は炎の属性、ヴォルフの霊魂から注がれた魔力は杖の宝玉に流れて、徐々に赤黒く妖しい光を放ちだす。
ヴォルフたちには大いなる目的があり王都に訪れた。ヴォルフ自身、王都に訪れたのは三年ぶりのことだ。三年前に訪れた時には目的こそ完遂したものの、結果的に失敗となった。だからこそヴォルフとしては、今度こそは大いなる儀式を完遂し、真の目的を果たす。そのためには、幾許かの殺生は顧みない。
宝玉に集まった魔力は僅かなものだ。しかしヴォルフにはその程度の魔力で十分であり、目の前の者たちを殺傷するというよりは、この建物を破壊し奴らを追跡不能とさせ、上手く逃げ果せる。態々戦闘時間を長引かせ、敵の数を増やすつもりはないし、無駄に魔力を消費するつもりもない。数的不利の状況は、この作戦が始まる前から決まっていたことだ。
杖を頭上に運び、上段の構えを取る。魔法を床に解き放とうとしたその瞬間、眼前の男は身構えもせず、落ち着き払った表情で思いも寄らない言葉を放つ。
「私は魔導正教、プラネスのグリフ・ブラッディフィンガーだ」
眼前の男が何を言っているのか一瞬の戸惑いがあったが言葉の意味を理解したヴォルフは慌てて放つ寸前の魔法を解除する。
ルイン王国は二つの宗教が敵対している。一つは世界樹マクマリスを信仰するマクマリス教のルイン派だ。 ルインは世界樹マクマリスを最初に触れた人間であると謳い、当時ルインと共に冒険隊を組んでいた勇者と謳われる者を二人殺害した魔人アスラハムを打ち負かし、服従させた聖者と広く謳われている。
ルイン王国は聖者ルインの弟、ルミウスを筆頭に建国した王国である。建国時にルミウス・ラ・クリスタルローズと名乗り、初代国王となった。更にはマクマリス教ルイン派を立ち上げた。
もう一つがヨナ魔導正教だ。
開祖はルインと共に冒険者の一党を組み、ルイン王国の建国に貢献したヨナだ。ヨナ魔導正教という名は彼女の部下が名づけたものだ。ヨナ魔導正教は魔人アスラハムを崇拝するというのが現在は表向きとなっており、世間を騒がす存在だ。しかし嘗ては手にした権力を思いのままに振るうルイン派に対抗して設立された組織だ。一般的には魔導正教と呼ばれ、邪教扱いされているのが現状だ。
ヴォルフらは魔導正教の本部から王都エレメンタルへ特務を承り派遣されて来た者たちだ。
開祖以来、魔導正教は政敵であるルイン派を失脚させる為、謀略は常であった。暗殺や流言が日常茶飯事となった時期に軍事力を保持していない魔導正教は容易に軍事介入を許してしまい、教徒の大半を失い、生き残った者は世界樹マクマリス内部へ逃れていった。そして過去の惨苦を生かし現在の魔導正教教徒のほとんどが僧兵と言われる戦闘員で占めている。またヴォルフも戦闘員の一人として数えられていた。
周囲の者らを一瞥したヴォルフは、ゆっくりと視線を眼前のグリフへと向ける。
「お主ら、儂を謀りおったな!」
一斉に混み上がる高らかな笑い声、瞬時に湧き起こる小さな怒り。だが意外にもヴォルフの他に笑っていない者が一人、眼前にいた。
グリフと名乗った男だ。この男は得体が知れない、周囲の者らは戦闘員としてそこそこといった位置付けだろう。しかし眼前の者はヴォルフが目の前で魔力を解き放とうとした時、微動だにしなかった。それどころか瞬き一つしていなかった。この者の精神力は並ではない、魔導正教本部で指令が下されたとき「エレメンタルで頼るならプラネスの者にしろ」と言われたのはこの者のことであったのかもしれない。
「よく来てくれた、ヴォルフ殿」
得体の知れない奴だ。
ヴォルフが最初に仲間として目を合わせた時に思った一言だ。一体その目で幾人の死体を見てきたのだろう、その手で幾人の返り血を拭ったのだろう。グリフから滲み出る赤い香りは、味方と分かってはいてもやはり警戒心を強くさせる。
「早速で悪いが合わせたい者がいる、付いて来てくれ」
言われた通りにグリフの後に付いて行き、更に扉を抜け、薄明りの部屋が見えた。緩やかに湾曲したカウンターテーブルの奥のほうに全身ローブの怪しい人影が一つ。
グリフはカウンターテーブルの店側に、ヴォルフは客側に沿って全身ローブの者へと歩んで行き、先にグリフの口が開く。
「彼は一週間前の作戦で保護したラムエル・フルベインだ」
そう言うとグリフは小さく二つ折りにされた紙切れをヴォルフに手渡す。
紙切れを引き取り、手早く開いて書かれている内容を黙読する。
ヴォルフらが王都へ赴く少し前、何者かが王都で人体実験をしているという噂が流れた。噂の出所は不明で、人間を魔人に変化させるという計画内容だった。当然ながら禁忌に値する実験で、被検体は捕らえられた魔導正教の教徒だという内容が紙切れには書かれていた。
ほう。と、ヴォルフは小さく驚いた。
ラムエル・フルベイン。保護ということはこの者が噂になっていた者か。
すると、顔が見えないほどフードを深く被ったラムエルが頭を僅かにヴォルフに向け喋りかける。
「あなたがグリフ殿の仰っていたヘルレイン殿ですね、魂呼びの儀式で必要なものは回収済みです。儀式後の算段は頼みましたよ」
何を言ってくるのかと思えば、意外なことに任務の話だった。人体実験の道具に使われ憔悴しているかと思っていたが、存外、丈夫な男なのかもしれない。
魂呼びの儀式。
これからヴォルフらが行う任務の内容だ。だが魔導正教がこの儀式を行う訳ではない、王国の魂呼びの儀式に便乗してやろうという計画で、魔導正教本部から送り込まれたヴォルフらとプラネスの者たちがそれぞれでこの任務に関わっている。
本来であれば彼らは接触することなく任務に従事しているところだが、予期せぬ豪雨でこうして巡り合ったのだ。
「それは任せておけ、しかしこの雨だ、奴らの儀式がいつ行われるか探らねばならん」
「案ずるな、この雨はそう長くない。王国は雨が止んだら中断していた軍備を整え、出征するだろう」
王国の出征は十五年続いている反乱軍の討伐が目的だった。戦相手は魔導正教ではなく現国王の弟になる。
十五年前、現国王が即位する前は周辺国を征服し、捕らえた王族は占領地の反乱を避けるため、軟禁していた。しかし、即位したばかりのマティウスは暗殺を恐れ王都内で奴隷制度を強行的に制定した。その時、反発した弟をマティウスは臣下を使い暗殺しようと謀るも、これに失敗する。その結果招いたのが弟、ブリューダルの反乱だった。ブリューダルとともに反乱を起こした者らは世界樹マクマリスの内部へ進軍、マクマリス内部にある一部の都市を占拠した。それから十五年の月日が流れるが戦局は膠着したままとなっている。
「ならば問題無かろう」
グリフは喋りながら背後の棚から茶碗を取り出し、マクマリス名産の薬草茶を注ぎ始めた。
薬草茶はマクマリス内部にある村々が主な産地で、マクマリスの入り口から近い村落は王国の支配地域となっている。
茶を注ぎ終えるとグリフは茶碗をヴォルフの手元へ差し出した。
恐らくグリフは自分の部下を使い今も王国の内情を探っているのだろう。その証拠に彼の部下が報告に訪れている。
「では、後の二人はどうした?」
急な質問に飲みかけの薬草茶を詰まらせる。
「な、なんじゃ急に!ちと問題があって逸れただけじゃ、気にするほどのことではない」
少し怪しむグリフ、目を逸らし濡れた口元を拭うヴォルフ。話の流れで情けないくだりをするのは好ましくないので、強引に話題を切り替えに掛かる。
「それよりもじゃ、まだ雨も降っておることじゃ、お主らがこの者を保護した話が聞きたいのう」
ヴォルフは右隣にいるラムエルに視線を移し、ローブの隙間から見える魔人特有の青い肌を一瞥する。
「いいだろう」
短い返答に呼応するように浅く被っているフードを脱いだ。手元の茶碗を通して薬草茶の温もりが伝わる。ゆっくりと口元に運び、薬草独特の渋みをヴォルフ・ヘルレインは味わった。