表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
9/61

赤みがかった金髪の女性4

「騙された、だと」

「騙したの間違いだろう」


 幾つもの怒りの籠った低い声が聞こえた。


「お茶に薬が入っておったのを知らなかったのであろうが、それでもそなたの罪は消えぬ」


 国王がゆっくり一語一語はっきりと言い聞かすように言った。彼女が聞き漏らすことがないように。


「そんな、わたしは知らなかったのに」


 そう言いながらも彼女はそんな重たい罰は無いだろうと思っていた。薬のことを知らなかったことを国王が認めているのだから。

 赤い髪の青年の父親らしい人が国王に頭を下げて、彼女の斜め前に立った。

 そして、ふん、と鼻を鳴らしはっきりと呟いた。


「どう見ても知性の欠片も品位の欠片さえも見えぬ」


 彼女の顔がさっと赤くなる。また馬鹿にされた。

 口を開いて反論しようにも相手の方が早かった。


「そもそもキサマは何故学園に通っていた。あそこは学ぶための場所。子息とお茶を飲む場所ではない」


 簡単な理由だ。彼女は父であるクラチカ伯爵に言われたから、通っていただけ。授業は分からなかったし、つまらなかった。授業が嫌だと言ったら、王太子たちは出なくていいと言ってくれた。


「殿下たちが出なくていいと」


 そう学園で一番エライ王太子が授業に出なくていいと言っていたんだからいいじゃない。


「薬で言いなりになっている者たちは、キサマの意に沿わぬことを言うことはない。学園は、学ぶ気もない者がいる場所ではない。それすら理解出来ないとは」


 彼女に授業に出るように散々言ってくる者たちもいた。教師も優雅に動く令嬢たちも。けど、お茶会でそれを言ったら、誰も言ってこなくなった。だから、出なくていいんだと思っていたのに違うの?


「さて、キサマのせいで隣国と戦になるかもしれん。どう責任を取る?」


 彼女は驚いて慌てた。戦なんて、戦争なんて、彼女には関係ないはずだ。彼女のせいで戦になるなんて、大嘘も大概にしてほしい。


「マダラカ公訪問は、和平の仲介役になっていただくためであった」


 彼女は、血の気がサッと引いたのを感じた。

 マダラカ公訪問は王太子の公務だった。それを彼女がお願いしたから、王太子はマダラカ公に行かず誕生日会に出てくれた。


「そ、そんな、言ってくれたら・・・」


 大切な公務だとは言っていた。けど、お願いしたら王太子は困った顔をしたけれど、誕生日を取ってくれた。


「聞いたのか?」


 彼女は首を横に振った。

 聞いていない。どんな仕事だったのか。けど、簡単に行くことを止めにしてくれたから、大したことはないと思っていた。


「戦を回避するため、マダラカ公に誠意を見せるためにもお世嗣ぎである王太子殿下が行かれなければならなかった。ただの婚約者である娘には、王家の名代を名乗るほど王家の血が流れていない」


 彼女は青白い顔をして、首を横に振った。

 こんな大事なこととは思わなかった。知らなかったんだから、わたしのせいじゃない。わたしがわるいんじゃない。


「王太子に侮辱されたと思われたマダラカ公は仲介役を降りられた」


 ただ誕生日を祝って欲しかっただけなのに。なんでみんな言ってくれなかったの? どうしても行かなきゃいけないと。


「わたしの、せいじゃない。だって、だれも、いってくれなかった」


 彼女の言葉にますます視線が冷たくなるだけだった。


「公務は国の仕事。公務を軽んじて、己の欲望を叶えたキサマの責であろう」


 彼女はちがうと首を横に振った。知らなかったのに、なんで責めるの? 誰も教えてくれなかったのに!


「娘が言ったはずだ。有事に関わる公務だから殿下たちを参加させるように、と」


 言われた。言われたけど、そんな言い方じゃあ分からない。はっきり言ってくれないと。それに婚約者を取られた嫉妬だと思っていた。


「戦争が起こるかもしれないなんて言えるか。民に不安を与えるだけだ」


 そんなことも思いつかないのか?

 そう言ったのは、栗色の髪の青年の弟だった。


「思いつかないわ、そんなこと」


 思いつくわけない! だって、わたしは普通の娘なのよ。


「では、何故、考えなかった、知ろうとしなかった。何故、マダラカ公の元へ王太子殿下が行かなければならないのか、行かなければどうなるのか」


 そんなことなんで考えなければいけないの? 王太子の判断でしょ。私には関係ないはずよ。


「殿下はキサマに飲まされ続けた薬によって、キサマの言いなりだった。殿下にとって、キサマの言葉のみが真実で、真実にしなければならなかった」


 わたしは薬が入っていたなんて知らなかった。わたしは関係ない。わたしは悪くない。


「わたしは、薬が入っていたなんて、殿下がそんな感じになっていたなんて、知らなかった。知らなかったのよー」

「だから、何故、考えなかったのか、知ろうとしなかったのかと聞いているのだ。殿下の側にいるのなら、公務とは何なのか、王家とはなんなのか」


 その言葉に彼女は、舞踏会で黒髪の青年に″恥″と言われたのを思い出した。

 王太子の側にいるのに何も身に付けようとしない″恥″だと。礼儀も作法も教養も何一つ身に付けようとしない″恥″。

 ちがう、ちがう、ちがう、わたしは恥なんかじゃない。わたしは、わたしは!


「もうよい、これ以上、″恥″を見たくもない」


 国王が額に手をやり、首を左右に振っていた。


「ちがう! わたしは恥じゃない。王太子の運命の人よ!」


 彼女は叫んだ。

 王太子の運命の人である自分をこれ以上馬鹿にされたくなかった。それは許されないことのはず!


「ほう、殿下の運命の人だと? どうしてだ?」


 そこにいた者たちが嘲笑ったのを彼女は感じた。

 どうして?


「わたしの髪は王太子の色だからよ」


 そうよ、この髪を持っているからわたしは、王太子の運命の人なのよ!


「確かにその髪は王太子の色だ」


 国王が哀愁漂う声で呟いた。


「もう見ることは叶わぬが」


 なんで? わたしは、ここにいるのに? 王太子の色の髪を持つわたしがいるのに見ることが出来ない? なんで?


「なぜ、王太子の色の髪だと、殿下の運命の人なのだ?」


 嘲りの笑みを浮かべて聞いてくる。


「そもそも王太子の色とは何をさす? それを知っているのか?」


 知らない、そんなこと、知らない。みんながこの髪を見てそう言うから。だから、この髪は王太子の色なんだと知っているだけ。


「もうよい。クラチカ伯爵一族郎党は極刑に処す。皆、恨み辛みあるだろうが抑えてほしい」


 手を叩き、国王が厳かに告げた。その場にいた者たちは頭を下げてその命に従う意思を告げていた。


「わたしは、知らなかっただけなのに? なんで!」


 彼女は、叫んだ。

 極刑? 死罪? なんで? どうして? 何も悪いことしていないのに?

 衛兵たちに引き摺られながら、彼女は牢屋に放りこまれた。


「わたしは無実よ! 知らなかったのだから!」


 彼女は、必死に叫び続けた。だが、聞く者は誰もおらず、すぐに声も渇れ果てた。

 彼女は剥き出しの石の壁を睨み付けていた。


「サーチマア侯爵令息モイヤ殿が亡くなった」


 鉄格子の向こう側に黒髪の青年が立っていた。


「わ゛だぢばむ゛ぢづ」


 彼女は掠れる声で必死に訴えた。

 黒髪の青年は、胸から一冊の本を取り出した。

 彼女も見たことがある本だった。深緑の髪の青年が出会ったばかりの頃にくれた本だ。貴族の子供が学園に入る前に読む本だと。この国の歴史と王家のことが分かりやすく書いてあるから、読んでおくべきだと。

 彼女は最初のページを読んだだけで厭きてしまった。最後まで読んでいない。

 黒髪の青年は、パラパラとページを捲り、あるところで止めた。


『王太子の花』


 黒髪の青年がそのページを読み始めた。


『国王または王太子が世嗣ぎを産む女性に贈る花。

 国王または王太子にしか咲かせることが出来ない花。

 その花の色は、産まれてくる世嗣ぎの髪の色をしており、その色を王太子の色と呼ぶこともある』


 パタンと黒髪の青年は本を閉じ、鉄格子の隙間から彼女の方に投げ入れた。本は彼女に当たり、音を立てて床に落ちた。


「貴族の者なら誰でも知っている。民も大人ならほとんどの者が知っている」


 彼女は口を開け、ワナワナと震え出した。

 王太子の色は彼女ではなかった。それは誰かに聞いたら簡単に分かることだった。

 黒髪の青年は、ふと目を細めると哀しそうな声で呟いた。


「お前の髪は本当にウインダリアに贈られた花の色に似ている」


 彼女は、国王の言葉を思い出した。

 もう見ることは叶わぬ。

 王太子の視線を思い出した。彼女を見ているようで見ていなかった愛しむ視線。

 この髪の色を持つ子供はもう産まれてこない。母となる者が死んでいるのだから。


「サーチマア侯爵令息モイヤ殿が亡くなった。

 王太子殿下も危険な状態が続いている。

 エンダリオはあの体になった。長くは生きられないだろう。

 ゼラヘル伯爵令息トータス殿は国境に派遣された。戦になれば最前線になる場所だ」


 彼女は何か言いたかった。けれど、言葉が出てこない。

 恐る恐る床に落ちている本を拾う。

 この本をもらってすぐに読んでいたら・・・。


「無実だと叫ぶのなら叫び続けるがよい。だが、お前の罪は決して消えることはない。私たちはお前を許すことはしない」


 黒髪の青年は踵を返し去って行った。

 彼女は本を抱き締めて泣いた。



『この本をしっかり読んで下さい』


 深緑の髪の青年はそう言って、彼女に本を渡した。この国の歴史と王家のことが分かる本を。

誤字脱字報告、ありがとうございます

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] なるほどなるほど。うんうん、よく分かりました。伯爵が普通の処刑方法では全然足りないということが。 古来より王族殺しは八つ裂きの刑が通り相場です。ウインさんは王太子妃ですし、王太子さんも盛られ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ