赤みがかった金髪の女性2
今度は、栗色の髪の青年が父親に責められていた。
おうりょう?
彼女は、″横領″という言葉を生まれて初めて聞いた。
『マダラカ公訪問に使われるべき金を不当に使った。立派な横領罪だ』
彼女は首を傾げる。王太子のために用意されたお金だから、それを王太子が使いたいように使ったのがどうして罪になるのか彼女には分からなかった。
あの日、栗色の髪の青年は、マダラカ公訪問のことで頭を悩ませていた。どうやったら、彼女の誕生日会にお金を回せるか。
『王太子殿下のマダラカ公訪問のためのお金だから、王太子殿下のために使ってはいけないの?』
彼女は素直に思ったことを言っただけだった。
栗色の髪の青年が弾かれたように顔を上げた。
『王太子殿下のためのお金なのでしょう? なぜマダラカ公訪問だけに使わなきゃあいけないの?』
『そうだ、これは殿下のために準備されたお金なんだ』
彼はすぐにお金をどう使うか書き出していた。
彼女は予算なんて分からない。けれど、王太子のためのお金なら王太子が使うのが当たり前だと思っただけだった。
『マダラカ公訪問に使う金だ。違うことに使うのなら申請が必要だ』
彼女にはどうしてそうなるのか分からない。けれど、彼女の誕生日会のために予算というお金が出ないことは分かっていた。
『王太子殿下が公務を疎かにしたことをお諌めしなかった』
彼女は公務がどれだけ大切なものか知らない。けれど、彼女の願いを彼らは簡単に叶えてくれた。だから、大したことじゃないと思っていた。
彼らに会って初めての誕生日。来年はどうなっているか分からない。だから、祝って欲しかっただけなのになぜ?
『マダラカ公も知っておられる。王太子殿下が女と戯れるために公務を放棄したと。諸外国の者たちにも″恥″として伝わっている』
衝撃だった。彼女の誕生日会が″恥″となっていることに。ただの誕生日会なのになんで? 何が悪いの?
彼女には分からなかった。
『クラチカ伯爵令嬢の言葉を鵜呑みにし碌に調べもせず、守るべき王太子殿下と共に賊討伐を行った』
まただ。と彼女は思った。私は王太子たちを騙していない。彼らも分かっていたはずだ。前日に赤い髪の女性がそこを通ることを話していたのだから。
『ミミア嬢、クラチカ伯爵令嬢の言葉は正しい。それを疑うなどと。彼女も誰かに騙されたのだ!』
その言葉が彼女は嬉しかった。何か間違っているような気もしたけど、彼女を信じてくれていることが嬉しい。
『その″恥″の塊が正しいだと?』
また彼女は″恥″と言われた。それも″恥″の塊だと。
なんでそんな言葉を言われなきゃあならないのか、彼女には分からなかった。恥になるようなことはしていないのに。
『この方は″恥″ではございません!』
深緑の髪の青年も彼女を信じて守ろうとしてくれる。
嬉しい。
でも、王太子は?
彼女は視線を動かした。何かを堪えるように苦悶で顔を歪ませている王太子。王太子はなんで彼女を守ってくれないのだろう。恋人なのに。
『自決します』
慌てて彼女は、栗色の髪の青年を見る。
そんな死ぬなんて。なんでそんなことになるの?
彼女には、分からなかった。
栗色の髪の青年は今度は弟君に責められていた。
右腕のない弟君は彼女を仇でも見るような目で睨んでとても怖い。弟君の右腕は兄である栗色の髪の青年が斬り落としたらしい。弟君はマダラカ公訪問に参加していた騎士見習いだった。
彼女はそんな目で睨まれるようなことをした覚えがなかった。弟君の腕を斬ったのは栗色の髪の青年だし、守りきれなかったのは赤い髪の女性だ。弟君がそうなってしまったのに彼女は少しだけ関係しているかもしれないけど。なのに弟君は今にも絞め殺しに来そうな目で彼女を睨んでくる。
怖い、怖い、怖い。
『ミミア』
愛しい人の声が彼女を呼んだ。
やっと助けてくれる! と彼女は期待に満ちた目で王太子を見た。
『クラチカ伯爵令嬢が、クラチカ伯爵令嬢だけが正しいと思ってしまう』
けれど、それは彼女の望んだ言葉ではなかった。
えっ? 何? わたしだけが正しい? どうして?
彼女は王太子が何故そう言うのか分からない。
『私はいつから考えなくになっていたのだろう』
わたし、そんなことしていない!
彼女はそう叫びたいのに沈黙の魔法で声が出ない。一生懸命首を横に振るが、彼女を見てくれたのは栗色の髪の青年だけだった。信じてほしい王太子は彼女を一瞥もしない。
なんで? どうして?
彼女は一生懸命考える。考えて考えて考えてもどうしてなのか分からない。
深緑の髪の青年の番になった。
彼なら助けてくれる、と彼女は思った。さっきも彼は彼女を守ろうとしてくれた。
だから、彼女は縋るように深緑の髪の青年を見つめていた。
『僕の罪は、クラチカ伯爵令嬢を王太子殿下に会わせたことです』
目の前が真っ暗になった。
彼女は深緑の髪の青年がそんなことを言うとは思わなかった。深緑の髪の青年、彼だけは彼女の味方でいてくれると思っていたのに。それに王太子の色を持つ彼女は、王太子に会うべき人なのに。
『彼女のお茶を飲むと、彼女の言うことはなんでも正しく本当だと思えるのです。彼女のお菓子を食べると彼女の望みを全て叶えたくなるのです』
もう誰が何を言っているのか彼女は分からなかった。分かっているのはもう誰も彼女を助けようとしないこと。
わたしは何も悪いことをしていないのに。なんで?
深緑の髪の青年が何かを言っている。
『だから、僕は彼女がお茶を準備する度に粗相をするようにしました。王太子殿下たちはまだ間に合うかもしれないから。彼女のお茶を飲めないように、お菓子を食べないように。それが出来ないときは僕がお代わりをして、お茶もお菓子も独り占めしました。ちがう、あれを飲まないと食べないと僕は僕でいられなくなったから。だから独り占めしていました。
父上、″あれ″からは何が出てきました?』
そうだった。彼女は思い出した。
少し前から、王太子たちとお茶をすると深緑の髪の青年がいつも何かをやらかした。ポットを割ったり、机にぶつかったり、彼女が淹れたお茶を飲めないようにしていた。淹れられたら淹れられたで、深緑の髪の青年がほとんど一人で飲んでしまってた。
せっかくみんなと飲むために淹れたのに。せっかく王太子のために淹れたのに。
『お前の睨んだ通り薬が入っていた。″天使の囁き″という麻薬だ!』
くすり? まやく?
彼女は知らなかった。自分の淹れたお茶にそんなものが入っていたことを。けれど、腑に落ちたというか、なんとなく納得できた。
お茶に薬が入っていたから、みんな優しくなったんだ。みんなチヤホヤしてくれたんだ。言うことを聞いてくれたんだ。
彼女は笑った。声が出ていたら、アハハと壊れたように大声を出して笑っていただろう。
全て薬によって作り出された幻だと分かって、彼女は悲しかった、虚しかった。薬がなければ、みんな彼女を相手をしなかったかもしれないことに。誰も彼女だから、好きになってくれたわけじゃなかったことに。
けれど、まだ彼女は希望を持っていた。彼女の髪は王太子の色。彼女は王太子の運命の相手のはずなのだから、大丈夫なのだと。
だから、だから、大丈夫。今はどんな態度を取っていても王太子が絶対に助けて守ってくれる。
彼女はそう信じてその時を待っていた。
周りが騒がしくなった。
『禁断症状だ! 急げ!』
きんだんしょうじょう? 何それ?
首を傾げる彼女と対照的にバタバタと慌ただしく人が動いていた。
彼女が見ると、深緑の髪の青年の体がビクンビクンと跳ねている。両手は胸を掻きむしり、目元は苦しそうなのに口元は嬉しそうに笑っている。
その姿は異様で悪夢のようだ。唾を飛ばして叫ばれる言葉は、何を言いたいのか分からない。だけど、彼女には自分を罵っているように聞こえた。
『もう遅い。遅すぎた! ウインダリナ様は、ミミアに殺された! ミミアが悪い! ミミア嬢は悪くない! いや、ミミアは悪魔だ。ちがう?』
彼女は耳を塞ぎたかった。悲痛な叫びをもう聞きたくなかったけど、拘束されていて腕を上げることが出来ない。視線を外したくても異様な様子の深緑の髪の青年から目を逸らすことが出来なかった。
柔らかな光が深緑の髪の青年を包み込んでいる。
深緑の髪の青年の顔が穏やかになり、悲痛な叫びを吐かなくなっている。胸を掻きむしっていた手も動きを止めていた。
深緑の髪の青年が担架に乗せられて運ばれていく。
彼女はそれをぼうと見ていた。ゾクリと強い視線を感じて、視線を上げる。深緑の髪の青年の父親らしき者が彼女を睨み付けていた。その顔は涙に濡れており、全身から深い悲しみと怒りがあふれ出ている。けれど向けられた射殺せそうな強い視線に彼女は体を震わせた。
私のせいじゃない。彼があんなことになったのは私のせいじゃない。だって、知らなかったんだもん・・・。
「陛下!」
切羽詰まった声が聞こえた。
医者のような白い衣装を着た男が王太子の手を取って叫んでいた。
「遅かったか・・・」
感情のない国王の声が彼女の耳を打つ。
彼女は思い出した。昨夜も今日も王太子にお茶を淹れたことに。それから、あの誕生日会以降、王太子には「夜と朝に食べてください」とお菓子を渡していたことに。
「ああ、クラチカ伯爵令嬢のお茶や菓子を食する時間が過ぎているな」
王太子は己の爪を見て、嘲笑うように口角を上げている。
「爪が紫だ。これが禁断症状の初期症状か」
きんだんしょうじょう? はじまり?
彼女は、深緑の髪の青年が運ばれていった扉を見た。
深緑の髪の青年も禁断症状と言われていた。
彼女は、大きく目を見開いて息を呑んだ。
王太子も深緑の髪の青年と同じようになるの? わたしのお茶のせいで。
彼女はガタガタと体が震えるのを止められなかった。
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