ウインダリナ27
随分間が空き申し訳ありませんm(__)m
「だから、エンドール殿下の妹君の葬に参列しようと……」
「諦めて帰国して下さい。皆さん待っています」
「義兄上は冷たいな」
「花は貴方の名前で手配済みです」
「けれど……」
「宿の手配も済んでいます」
「うーん、義兄上のところに泊まれは……」
「警護が面倒なのでお断りします」
「つれないなー」
黒髪の青年が見送りのために馬車止めに来るとイーダマス国王とサーチアス侯爵と言い合いをしていた。いや言い合いではなくじゃれ合っていると言った方が合う。わざと甘えて我が儘を言う弟に兄が呆れながらも優しく言い聞かせているような感じで二人の仲の良さが伺える。
思考の海に沈む。赤い髪の女性が金髪の青年と婚姻したら、私的な時は彼とこんな関係に成れただろうか。いや無理だ。と即座に思ってしまう。自分はどんな時でも臣として接しただろう。血が半分でも繋がっていたのに赤い髪の青年とも隔たりがあり仲の良い兄弟とはなれなかったのだから。
「殿下、いらしていたのですか」
サーチアス侯爵が黒髪の青年に気が付いてスッと場所を開ける。国の代表としてイーダマス国王を送り出すのは彼の役目だからだ。
「声をかけていただけたら」
「いえ、お二人には積もる話もあるでしょうから」
サーチアス侯爵は顔をしかめて、イーダマス国王はニッコリと笑っている。正反対の反応なのに仲が良いと思える。
「ええ、言いたいことは沢山あります」
「ええ、言わせたいことは沢山あります」
やはり二人はとても仲が良いと思う。会う機会などそうそう無かったはずなのに。
羨ましい。会わなくてもこれほどまで仲が良いことに。
「エンドール殿下、私はあなたに会えてよかった」
「光栄です」
黒髪の青年は頭を下げた。そう言ってもらえるのは正直嬉しい。
「エンドール殿下、忘れないでほしい。貴殿がいたから妹君は妹君らしく、あの子はあの子らしく最高の生き方が出来たということを」
そうだといい。そうであって欲しい。
「そして貴殿は……」
私は?
「もう少し力を抜くことを覚えたほうがいい。頼れる大人がいるのだから」
サーチアス侯爵が軽く頭を下げる。頼ってもいいのだろうか?
「私も絵姿を送ったり、出来ることをしよう」
「陛下! それは余分です」
サーチアス侯爵が額を押さえながら首を横に振っている。ほんとに仲がいい。
「最初の花は国がない時に贈られたのだろう。国に囚われるのはおかしい」
言われてみれば……。だが、この国の者たちがそれに納得するかどうか。それ以前に黒髪の青年が王太子の花を出せるかどうか。そう思って苦笑する。それに気がついたのか、イーダマス国王が微笑みながら言った。
「ゆっくりと変わっていけばいい。貴殿もこの国も」
それが出来るだろうか? 私も、この国も。
「陛下」
己の従者の声にイーダマス国王は深々と息を吐いた。その顔が為政者のものへと変わる。
「本当の時間切れか。陛下にも感謝の意をお伝え願いたい」
「御意」
旅の無事を祈り、形式に則った別れの挨拶を交わす。
イーダマス国王はゆっくり馬車に乗り、黒髪の青年はサーチアス侯爵と一緒に走り去る馬車を見送った。
「殿下、ありがとうございました」
サーチアス侯爵に頭を下げられて、黒髪の青年は困ったように首を傾げた。急にお礼を言われても黒髪の青年は何かした覚えがなかった。
「彼はモイヤが不幸であったなら、件の薬の件で他国と共にこの国を攻めるつもりでした」
その言葉に驚く。そんな素振りは全く感じられなかった。
「エンドール殿下に会われたことにより、考え直されたようです」
困惑しかない。黒髪の青年は考えを変えさせるような何かをした覚えはない。
「殿下。殿下にまず直していてだきたいのはその自己評価の低さですね」
サーチアス侯爵は小さく息を吐いた。
「殿下は沢山の方に影響を与えています。その筆頭がウインダリナ様であり、モイヤも殿下に大いに影響され、前に進めた一人です」
いや、赤い髪の女性も深緑の髪の青年も己の努力で周りから認められたのであって、黒髪の青年は少し支えただけた。
サーチアス侯爵の顔を見ると困ったように息を吐かれた。黒髪の青年とは違う意見のようだ。
「これからは陛下の次に国に影響力のあるお方になります。それをお忘れなきよう」
ああ、そうだった。今まで以上の重責を得たのだった。背負うはずのなかったその重みに堪えなければならない。気がめいる。
「殿下、ウインダリナ様になんと仰っていましたか? かのお方はこの国の女性の中で二番目に、いずれは一番のお方になられるはずでした」
赤い髪の女性にはもちろん支えるから、と。………。
「殿下がウインダリナ様になされていたことを我らが致します。一人で全てを背負われなくてもよいのです」
一人で背負わなくてもよい?
「議会があるのはそのためです。最終決定するのは確かに陛下、王族ですが、この国の未来のために幾つもの最善を提案し実行するのが我らの仕事です」
スッと重かった肩が軽くなった気がした。
「出過ぎたことを申しあげました」
頭を下げようとしたサーチアス侯爵を止める。
「ありがとうご…」
ざいます。と続けそうになり目で止められる。その続きは必要ない、と。
「急なことで気負い過ぎていたようだ」
黒髪の青年は大きく息を吐いた。
空を見上げたら旅立ちに相応しい青空が広がっていた。
『お兄様、いつもありがとうございます』
黒髪の青年は空を見上げた。澄みきった青空が広がっている。雨は大丈夫なようだ。
『何故、空を見るのですか!』
『いや、ちょっと、な』
赤い髪の少女は拗ねたようにキュッと口を尖らせた。
『だっていつもお兄様には助けていただいているもの』
『なら、もう少し自重するのだな』
指で額を弾いてやると今度は頬を膨らます。表情豊かな赤い髪の少女は見ていて飽きない。
『分かってます。………、けど、悔しいんですもの』
『?』
『私のお兄様をバカにするのですよ! 悔しいに決まっているでしょう』
自分のことでそんなに怒らなくていいと思うのだが、赤い髪の少女は己のこと以上に怒ってくれる。それがこそばゆい。
『ウイン。目が吊り上がっているぞ』
『当たり前です!』
『私に怒っても仕方がないだろう』
途端にシュンとなる姿に言い過ぎたか? と不安になるが……。
『そうなんですけど……、お兄様はご自身の魅力をお分かりになっていません』
バーンとテーブルを叩く姿はいつものことで。
『ウイン、私に魅力など…』
『ありますわ!』
鼻息荒く断言してくれるのは嬉しいが、自分ではさっぱり分からない。
『まずはその容姿。″夜の君″と隠れてお兄様を呼んでいる方も沢山いらっしゃるのよ。それから努力家で博識なところも。書庫の番人の方々もお兄様を誉めていらっしゃったわ。それにそれに………』
一生懸命力説する姿に自然に笑みが浮かぶ。名前の上がった方々が本当にそう思っているのなら嬉しい。だが、それよりも………。
『けれど、私がお兄様が素晴らしい方だと一番分かっていますわ』
胸を張って言い切る姿がとても眩しくとても嬉しかった。
だから、その言葉に恥じない者になりたいといつも思っていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
次からは国葬準備になります。
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