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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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ウインダリナ24

 扉が静かに閉められ部屋を静寂が包み込む。

 緑の髪の青年への断罪に達成感などあるはずもなく言い表しようのない空しさがあるだけだ。あの者を断罪してもぽっかりと開いた喪失感は埋まるわけがなかった。


「為政者になるとね、感情のまま動けないのがとても馬鹿らしくもどかしく思うことがある」


 侍女が用意した茶に手を付けながら、イーダマス王が呟いた。

 黒髪の青年は黙って聞いていた。感情のまま緑の髪の青年を殴りつけていたら空しさは少し紛れたのだろうか?


「私はエンドール殿下と妹君にとても感謝しているが恨んでいるところもある。妹君と出会わなければ、あの子はこうならなかったかもしれない、と思うとね」


 驚いたがその言葉はストンと黒髪の青年の中に入ってきた。そうかもしれない。その通りなのだろう。赤い髪の女性に彼と距離を取らせていたら、金髪の青年の側近にもならず、今も深緑の髪の青年は生きていたかもしれない。いや、優しい彼のことだ、孤立していた元クラチカ伯爵令嬢を助けようとして同じように被害に遭っていたかもしれない。そうどうなっていたかは誰も分からない。だが残されてしまった者たちは考えてしまう。あの時、こうだったのなら、と。


「グレン陛下!」


 咎めるように名を呼んだサーチマア侯爵に()()もそう思ったことあるでしょう。とイーマダス国王は返していた。


「けれど、妹君に出会わなければ、あの子は自分の才を伸ばすことも出来ず今も小さくなって誰からも隠れて暮らしていただろう。あの子が誇れる者になれたのは貴殿と妹君のおかげだ」

「私は何も…」


 黒髪の青年は(かぶり)振った。自分は何もしていない。妹の友人としてただ接していただけだ。


「いいえ、エンドール殿下。あなた様とウインダリナ様のおかげでモイヤがどれだけ救われたことか…。私は…感謝してもしきれません」


 サーチマア侯爵の言葉に黒髪の青年は困惑しかない。自分と同じように母親を悪く言われている深緑の髪の青年に同情のような気持ちは確かにあった。だが、それを考えずに深緑の髪の青年に接してきたつもりだ。彼には素晴らしい才があった。この国の未来を支える柱の一つになれるほどの才が。埋もれさせるにはとても惜しかった。


「姉との約束で私はあの子と手紙でしか交流出来なかった。報告書のように近状を淡々と書いた消えそうな字がある時から変わったんだよ。

 そう、エンドール殿下と妹君、貴殿たちの名前が手紙に現れるようになってから。

 字が力強くなり喜怒哀楽が感じ取れるようになった。そうだな、色付く、そう白黒だったあの子の世界に様々な色が付いた、そんな感じがした。閉じていたあの子の世界がやっと広がったのが手紙からはっきりと分かった。

 元々手紙は待ち遠しかったがそれが加速した。楽しみで堪らなくなり、今までと違う心配事も出来たがそう思えることもとても好ましく嬉しく思えた」


「けれど、考えてしまうのだよ。あのまま悪意だらけの中にいたら、兄上共々私の元に来てくれたのではないか、と。姉上の意には反してしまうけどね」


 イーマダス国王は膝の上で組んだ手を見つめていた。


「グレン陛下、私は行きませんでしたよ」


 サーチマア侯爵が空かさず呆れた声で答えている。


「どうしようもなくてモイヤをお願いしたかもしれませんが…、モイヤはあなたの元でも居心地は悪かったかもしれませんし」

「そうかもしれないし、そうならなかったかもしれない。可能性は無限だから。だから、もうどうしようもないことだと分かっていてもつい恨み言が出てしまう」


 八つ当たりして悪かったね。と謝られても返答に困ってしまう。気にしていないと黒髪の青年は軽く首を左右に振った。

 生き残った者たちの後悔は尽きることはない。あの時こうしていたら、こうなっていたらと仮定(もしも)想像して(おもって)しまう。それを悪いと言えない。黒髪の青年もそうだから。


「けれど、確かに分かっているのは、あの子はエンドール殿下と妹君に出会えてとても幸せだったということだ」


 それはどうだろう。黒髪の青年はそう思う。もっと良い未来があったのではないか。


「こういう最後を迎えてしまったけれど、それはそれであの子には幸せだったのかもしれない。妹君と同じ日に死ぬことが出来たのだから」


 イーダマス王の言葉にサーチモア侯爵はそうかもしれません。と疲れた表情をしながらも嬉しそうに笑みを浮かべた。


「ウインダリナ様の元に一番に行けたことを喜んでいるでしょうが、それもきっとウインダリナ様に叱られているでしょうな」


 黒髪の青年の脳裏にもその光景が浮かぶ。平頭低身して赤い髪の女性に謝る深緑の髪の青年の姿が。困った表情をしてその姿を見ている妹の姿も。


「ウインが謝りすぎだと怒っていそうですね」


 現実味がある光景に黒髪の青年は思わずため息と共に呟いてしまった。


「謝って怒られる。確かにあの子らしい」


 イーダマス王の顔にも笑みが浮かぶ。安心したようなとても柔らかな笑みだ。


「妹君が一緒なら…、あの子も寂しくないだろう」


 黒髪の青年はその言葉には同意出来なかった。どう考えても赤い髪の女性が深緑の髪の青年を振り回している光景しか思い浮かばない。振り回したことに気が付いた赤い髪の女性が謝り、簡単に深緑の髪の青年が許してしまい、そしてまた赤い髪の女性に振り回されて……。

 黒髪の青年の口角が少し上がる。不謹慎だが、深緑の髪の青年がいることで赤い髪の女性が寂しくないかもしれないと思うと少し心が軽くなった。

深緑の髪の青年の葬の話はこれで終了です。

お読みいただき、ありがとうございます。


誤字脱字報告、ありがとうございます

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