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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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緑の髪の家族

本当なら『榛色の髪の女性』ですが、ちょうど場面なのでこの話を入れますm(__)m

「な、なんてこと……」


 馬車の準備が出来るまでと押し込められた部屋でブランシュ夫人は崩れ落ちるようにソファーに座り両手で顔を覆った。可愛い末息子の将来を思うと悲しくて堪らない。


「あ、あの子が何をしたというの」


 ほとんどの者が痛ましそうに夫人を見ていたが、三男だけが睨み付けていた。その視線に気づいた長女の夫ウヨムミナ伯爵が宥めるようにその肩に手を置いた。


「ヤキュルは調べさせた物には何も入ってなかったと言っていたじゃない。それにたかが平民を殺しただけで」


 その場の空気が一変する。それに気づかずブランシュ夫人は続ける。


「負傷した騎士見習いも平民がほとんどなのでしょう。ウインダリナ様も所詮あの公爵家の者、刑が重すぎるわ」

「母上!!」


 咎める長男の声と共に鈍い音が部屋に響いた。音源に視線を向けた夫人は息を飲んだ。鋭く睨む()()()()が自分に向いている。


「い、言い過ぎたわ……、けれど、貴族籍も抜いて国境になんて!」


 嗚咽を大きくし、夫人はあんまりだと嘆き悲しんだ。


「……、自業自得だ。それより平民を一人殺したって」

「デルタート! あなたはなぜヤキュルにそう冷たいの!」


 金切声で責められた三男はふんと鼻を鳴らした。


「あいつも俺と同じ騎士を目指せば良かったのさ。歪んだ差別意識も無くなりこんなことも起こさなかった」


 三男は苛立ちながら口を開く。


「そんな危ないことを何故させなければならないの。あなたの時も私は反対したわ」

「あぁ、反対し甘やかすだけ甘やかせて、勝っていないのにモイヤより上だと思い込ませた。その結果だ!」


 息子に責められるとは思ってもみなかったのだろう。夫人は一瞬呆然としたがキッと目を吊り上げた。


「娼婦がイーダマスの王女だったなんて知るわけないじゃない!」

「そうさ、誰も知らなかった。たから、母親が娼婦だからと見下し、そう教え込んだからこうなった。血筋で勝っているからモイヤより上? 結局、学力も人脈も勝ってたはずの血筋さえもモイヤの方が上だったじゃないか」


 正論とはいえ責められる母親の姿を見かねたのは長男だった。


「デル、いい加減にしろ。お前も昔はモイヤを馬鹿にしていただろうが」

「だから、あのままじゃあダメだと思ったんだ。継ぐ爵位がないアイツは貴族の血を引いているだけの平民になるだけだった」


 咎める長男に三男は現実を突き付けた。継ぐ爵位のない自分や弟は貴族籍はあっても平民と同じ立場だと。いや、三男は武運を挙げれば一代限りの騎士爵を授かれるかもしれない。でも文官の緑の髪の青年は? 今はブランシュ伯爵の息子、次からはブランシュ伯爵の弟、その先は? いつまで貴族にしがみつく? しがみついていられる?


「あの子は優秀な子よ。功績を上げて自分の力で爵位を……」

「誰が下につく? 見下し馬鹿にしてくる者のために誰が一生懸命働く? 領民なら自分達の暮らしが良くなると聞かされたら動くさ。同じ賃金で上司を選べるのなら認めてくれる者の下に付く。そもそも功績をあげられるような仕事が回ってくるかさえ怪しい。いいように使われ責任押し付けられて終わりさ」



 母親の言葉を三男は冷たく切り捨てる。夫人がそんなことはない! と叫ぶがそれに賛同する者は誰もいない。


「止めろ、デルタート。

 それよりもヤキュルは誰かを殺したんだな」


 疲れはてた顔でソファーに体を沈めていたブランシュ伯爵が口を開いた。


「誘われて如何わしい店に行ったことを脅されたって聞かされて、人を手配したわ。年頃の男の子よ、そんなことあるでしょ。貴族を脅すような者、()されて当たり前だわ」

「なんてことだ……」


 ブランシュ伯爵は額に手を当てた。


「ヤキュルが依頼した物には本当に薬が入っていたのだな」


 夫の言葉に夫人は直ぐ様反論する。


「薬なんて入っていなかった、と言っていたじゃない」

「じゃあ、何故殺した? 何故、ヤキュルが依頼した物の資料だけ綺麗に無くなってる? 何もなかったのなら残っているのが普通じゃないか!」


 三男の言葉に夫人は声を震わせて反論する。


「そ、そんなことは知らないわ。家族なら何故ヤキュルを信じないの?」


 夫人も分かっていた。研究所で調べた結果が息子にとって不都合なものだったことくらい。認めてしまえば息子の罪も認めてしまうことになる。母親として愛する息子を守りたかった。


「もう覆らん。私とヤキュルでお前たちも肩身の狭い思いをするだろう。すまぬ」


 ブランシュ伯爵は子供たちに深々と頭を下げた。ヤキュルの廃籍、急な当主交代、いいように噂されるだろう。貴族社会なんて足の引っ張りあいだ。矢面に立つのは新しく当主になった長男、サーチマア侯爵家の後ろ楯も当てに出来ない状態で耐えて跳ね返していかなければならない。


「お前も領地ですごそう。二度と社交界に出ることは許さん」

「嫌よ、私はヤキュルを助けるためにお手伝いしてくださる方を探すわ。あなたたちも手伝ってくれるでしょう?」


 夫人は長女や息子の嫁たちに声をかけた。彼女たちは夫人に痛ましい視線を向けていたが協力出来ないというかのように視線を逸らせた。


「あ、あなたたち………」

「ブランシュ夫人。先程、騎士見習いは平民がほとんどだからと仰いましたね。子爵家に嫁いだ叔母の息子、私の従兄弟は片足で戻ってきました」


 夫人は娘の夫を見た。義理の息子にこんな冷たい目で見られるのは初めてだった。そして負傷した者たちの家族にどれだけ失礼なことを言ってしまったのかやっと気が付いた。


「従兄弟がね、見舞いに行くとどれだけウインダリナ様が素晴らしいお方だったのか話すのです。今生きているのはウインダリナ様のお陰だと。だから、私たち一族は従兄弟の命の恩人であるウインダリナ様の回復を祈っていました」


 夫人は体が震えるのを止められない。末息子可愛さにとんでもないことを言ってしまった。


「あなたがヤキュル殿を助けようとされるのなら、妻の母だろうが全力で潰させていただきます。ゼラヘル伯爵家のご子息もあの時片腕を失ったそうです。きっとご協力いただけるでしょう」


 自分に向けられた笑みに恐怖を感じながら、夫人は領地で大人しく隠居することを囁く声で同意した。


「わ、わたしも領地で、領地で毎日祈っているわ。ヤキュル、いいえ、この国が平和であるように…」

お読みいただきありがとうございます。


誤字脱字報告、ありがとうございます。


ヤキュルに手を貸していたのはやはり母親でした。

デルタートは騎士見習いの時にしごかれ、選民意思を粉々に砕かれています。貴族だから、と特権を行使しようとしたら独房で反省が待ってました。あの母親の子供なので独房入りの回数は歴代に入っています。

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