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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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ウインダリナ23

緑の髪の青年の完全退場です。

 息子と同じ緑の髪をしたブランシュ伯爵は一礼すると座り込んだまま動かないその者ー緑の髪の青年の元へ歩み寄った。項垂れた頭に気遣うようにそっと手を置く。


「ヤキュル、お前を廃籍としブランシュから追放する」


 慰めるように優しく頭を撫でているのにかけられた言葉は息子に別れを告げるものだった。ブランシュ夫人は息を呑み、ふらつく体を長男が慌てて支えていた。


「とうさま、いま、なんて?」

()()となり国のために働き罪を償いなさい」


 優しく言われた言葉に緑の髪の青年は手を振り払うと父親のブランシュ伯爵を信じられないと言うように見た。


「おれが…へいみん? そんなおかしいだろ! たかが報告しなかったくらいで!」


 スッと動いたのは緑の髪の青年のすぐ上の兄、騎士である三男だった。緑の髪の青年の胸倉を掴むと手を振り上げて頬を叩いた。

 乾いた音が部屋に響く。


「ヤキュル!」


 痛みに顔を歪めながら緑の髪の青年は兄を睨み付ける。


「デルあに、さま……」

「お前は何をしたのか分かってないのか?」


 何を言われたのか分からない緑の髪の青年は三男の怒りに怯えながら口を開く。


「な、なにをって、大したことじゃないじゃないか!」


 再び頬を叩く音が響く。


「大したことじゃない! だと!!」


 三男は掴んだ胸倉に力を入れた。緑の髪の青年が息苦しそうに顔を歪める。


「それでどれだけのことが起きたと思うんだ! マダラカ公との交渉は失敗し、騎士見習いたちは騎士になること(しょうらい)を断たれ、ウインダリナ様は亡くなられた。ナルニアマルシタ国との開戦は確実となった」


 黒髪の青年は上がった名前に目を伏せた。その通りだ、と罵りたくなるのをグッと堪える。


「ヤキュル、お前のせいで!」


 三度目の音が響く。


「そ、そ、それはクラチカ伯爵令嬢が悪くて、俺のせい…じゃあ…」

「お前がちゃんと報告をあげていればあれは起こらなかっただろうが! 王太子殿下の体調も芳しくないと聞く。全てお前のせいだ!」


 騎士の握った拳は緑の髪の青年の頬ではなく空を切った。騎士はその者の胸座を掴んだまま俯き動きを止めた。その肩が大きく揺れている。


「だ、だから、俺のせいじゃない。悪いのはクラチカ伯爵じゃないか!」


 緑の髪の青年は三男の手から必死に逃げ出すとそう叫んだ。自分は悪くないんだと。


「ヤキュル」


 ブランシュ伯爵が慈しむように緑の髪の青年の名を呼ぶ。緑の髪の青年はその声に宿る思いに期待を込めて縋るように目を向ける。


「お前がしたことは()()()()()()()()()()()()()()()()()殿()()()()()()()()()、と考えることが出来るのだよ」

「そ、そんなこと、俺は考えていなかった! 父様、そんな穿った見方しないでくれよ」


 緑の髪の青年は違う、そんなつもりはなかったと必死に(かぶり)振る。


「個人の考えなど関係ない。重要なのはそれがそう取ることが出来るか、が問題になるんだよ」


 ブランシュ伯爵か諭すように告げる。それが貴族社会の駆け引き(じょうしき)だと。


「ち、違う、俺はそんな…、ただ、モイヤさえ…」


 顔を顰め頭を振りサーチマア侯爵がパンと手を叩いた。厳しい声で告げる。


「お前たちはもう下がれ。殿()()や陛下の前でこれ以上の醜態は許さぬ」


 ブランシュ伯爵は慌てて頭を下げ、謝罪と暇を告げた。長男夫婦がブランシュ伯爵夫人を支えて扉に向かうと次男夫婦、長女夫婦が後に続く。


「見苦しい姿をお見せして申し訳ございませんでした」


 三男はそう言葉にすると父親のブランシュ伯爵に廃籍しないでと縋る弟の頭を鷲掴みすると黒髪の青年の前に立たせ無理やり頭を下げさせた。


「謝罪しろ。誠心誠意こめて」


 苛立った声で三男が弟に言うが緑の髪の青年は身を捩って逃げ出し父親の背に隠れてしまった。


「お、おれは悪くない」

「ヤキュル!」


 三男が手を伸ばし緑の髪の青年を再度引き摺り出そうとするが、二人の父親ブランシュ伯爵がやんわりと止めた。


「デルタート、ヤキュルは罰を受ける。それでいいではないか」

「父上!」


 三男の信じられないと言いたげな声を聞き、黒髪の青年はサーチマア侯爵を見た。サーチマア侯爵は射殺さん眼光で緑の髪の青年たちを睨み付けていたが、黒髪の青年の視線に気がつくと頷いた。


「止めよ。デルタート。

 至急、国境に送る馬車の準備をするように」


 サーチマア侯爵は控えていた従者に指示を出す。部屋を出ていく者たちのために扉を開けようとしていた従者はそのまま自身が扉の外に出ていく。


「あ、兄上」


 慌てたブランシュ伯爵がサーチマア侯爵に声をかける。平民となる息子とは手続きがすむまでは一緒に暮らせるはずだった。それまでに少しでも刑が軽くなるよう掛け合うつもりだった。


「ブランシュ伯爵、譲位の書類は揃えておく。領地に蟄居し、二度と王都に来ることは許さん。

 ヤキュルのしたことは国王陛下もご存知だ。お咎めがなかったのはサーチマア侯爵の後継者の祖父ということで恩情をいただいたにすぎん」


 ブランシュ伯爵は目を瞬いて兄であるサーチマア侯爵を見つめていた。譲位ということは、自分が伯爵位を退き息子に爵位を譲るということだ。息子である緑の髪の青年がしたことを考えると妥当とも取れる処分だ。だが、二度と王都に来れないほどの罪を自分が犯した覚えがなかった。


「お前はヤキュルの罪を軽んじている。あの時報告がなされていれば、ウインダリナ様は襲われることなくご存命だっただろう。今薬に蝕まれているハラルド王太子殿下も治療を受けられ回復されていたかもしれぬ」

「おれのせいじゃない」


 緑の髪の青年が違う、悪くないと叫ぶが誰も聞く者はいない。


「それなのにお前は妹君を亡くされたエンドール殿下の前でヤキュルの起こしたことの謝罪もせず、醜態をさらしたことを諌めることもせぬ。それどころか庇ってみせた」


 ブランシュ伯爵は名前を呼ばれ困った表情をしている黒髪の青年に視線を移した。今までと同じように扱ってしまった。公爵家の息子だが本人は子爵位だからと彼だけ軽んじていた。

 いや、違う。そうではない。人として家族を喪ってしまった者への配慮が出来ていなかった。息子が黙っていたために大切な者を喪ったかもしれないのに。息子の罪がそれだけ重たかったとは微塵も思ってもいなかった。

 扉の前にいたブランシュ伯爵家縁の者たちも真っ青になっていた。


「エン…」

「もう遅いわ! 二度と陛下や殿下の御前に姿を出すことを許さん」


 ブランシュ伯爵がぎこちなく黒髪の青年の方に体を向け頭を下げた途端、サーチマア侯爵の怒声が飛ぶ。

 ブランシュ伯爵は息子と同じように縋る視線をサーチマア侯爵に向けるが氷より冷たい視線を返されるだけであった。


「で、殿下……」

「デルタート殿、もう良い。それよりデルタート殿は負傷した騎士見習いたちを王都に運ぶ任に就いていると聞いている。彼らの容態はどうだ?」


 マダラカ公領訪問に従事した騎士見習いたちの重傷者たちは近隣の病院で今も治療を受けている。移送出来るまで快復したら、王都にある騎士宿舎内の病室に転院していた。

 黒髪の青年の元には赤い髪の女性の死を知り治療を拒む騎士見習いたちがいると報告が来ていた。赤い髪の女性が守った命、一つでも取り零したくない。


「容態は快復に向かっております。次の便で王都に全員移送出来る予定です」

「そうか。治療に専念するように伝えてほしい。ウインダリナもそれを望んでいる」


 赤い髪の女性に殉じることは許さないと暗に言葉に含ませる。


「はっ! 殿下のお言葉、必ずお伝えいたします」

「よろしく頼む」


 黒髪の青年が再びサーチマア侯爵を見ると頷き指示を飛ばす。


「下がらせろ。ヤキュルは監視を付け別室に。馬車の準備が出来次第出発させろ」


 ブランシュ伯爵夫人が悲鳴を上げ、こちらに戻って来ようとしていたが、従者に止められ追い出されるように扉の向こうに消えていった。

 嫌だ。と叫ぶ緑の髪の青年はイーダマス国王の護衛に気絶させられ担がれて連れていかれた。僅かしか居られない牢獄に。

 全員が出ていき、パタンと従者が扉を閉める。


 これで緑の髪の青年の処遇がやっと終わった。

ブランシュ伯爵ー父親は領地に追いやられ、爵位を継いだ長男は閑職に回されました。挽回できなけれはま閑職のままです。


誤字脱字報告、ありがとうございます

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― 新着の感想 ―
[一言] ブランシュ伯爵一家の中で、三男のデルタートだけが事の重大さを理解してたんですね。 父親が優しく声をかける、という場面の度に『は? この親にしてこの子ありか⁈』とモヤモヤしてたのですが、 四男…
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