榛色の髪をした女性7
私は授業が終わると人から逃げるように教室から出ていた。誰からも見られたくなくて、誰からも話しかけられたくなくて。自意識過剰と言われたら、そうと答えるしかないのだけど本当に誰とも関わりたくなかった。
彼女はそんな私を見ると困ったように笑い、それを許してくれている。何故そんなに寛容なの? 早く見限ってくれたらいいのに。
メイリは相変わらず睨み付けてくるけれど、前みたいに私を詰って来なくなった。
リゾベット様たちが私を見かけると話しかけるようになってきた。それも鬱陶しい。今、私は誰とも話したくないのに。
中庭の少し外れた場所に木に囲まれた目立たない場所を見つけた。昼休みや放課後はここに逃げ込むようになった。
いつものように昼休みにそこに行ったら、先客がいた。思わず睨み付けてしまう。やっと落ち着ける場所を見つけたのに。また探さなければならない。
「…悪い」
ディービット様は腰を上げて、その空間から出ていこうとしてくれた。けど、その動きが止まる。
話し声が聞こえ、こちらに来る人の気配がした。
「だから、ほっといてくれと言っているだろ!」
エドガー様の声だ。そういえばディービット様はいつもエドガー様と一緒にいるのに何故今は?
「……エドの目標はエンドール様の力になることなんだ」
小声でそう呟いてディービット様は顔をしかめてその場に座り込んだ。
「……それを隠そうとしない。……だから…反フアマサタ派に睨まれている」
「助けないの?」
ディービット様は悔しそうに首を横に振った。
「……俺が行ったらエドが余計に責められる」
「そんなこと…」
生い茂る葉の隙間から覗いて見えたのは伯爵位以上の令息たちの姿。それも年上が多い。子爵令息では敵わないのは確かだ。それでも助けないのはおかしいと思う。
「……マクライン家は数少ないフアマサタ派なんだ」
あっ! エドガー様を囲んでいるのは王族派。エンドール様を王族と認めていない、王太子の花の妃から生れた者のみを王族と認める派閥。
「……俺だけが標的になればいいが、エドが俺を守ろうとする。……エドに怪我をさせられない」
つまり暴力を? 学園で? 同じ王族派のクッマイヤ伯爵の嫡男にも? するかもしれない過激な人たちは。お祖父様もよく怒っていた。同じ王族派としてその行為は恥じることだと。
「あの単語しか言わない腰巾着はいないのか?」
ディービット様の体が揺れた。手をギュッと握りしめて堪えている。
「ディービットの悪口を言うな。あいつは凄い奴なんだ」
「凄いねぇ」
「確かに凄いよな」
「エドガーがいなきゃ何言っているのか分からないポンコツだけどな」
「で、あの単語帳がいなきゃあ、こいつもポンコツだけどな」
「ああ、あんな黒を一番って言っているんだからな」
「うるさい! お前らごときにエンドール様の素晴しさが分かるはずないだろう」
「素晴らしい、だって?」
「出来損ないの王女の子が?」
「魔力が多いだけじゃないか」
下品な嗤い声が聞こえる。嗤っている顔は声と同じで下品なのだろう。
「あら、お兄様の名前が聞こえたのだけど」
聞き慣れた声がした。彼女だ。
「ウインダリナ様!!」
焦った声が聞こえた。学年は一番下だけど、この中で彼女が一番の権力者。公爵令嬢という地位より、王太子の婚約者だから。
「池はどちらだったかしら?」
楽しそうに笑う彼女の声。何故、池の場所?
「いえ、わたしたちは…そろそろ…きょうしつに…」
「少し肌寒くなりましたが、まだ水遊びをされたいのかと思いまして。喜んでお手伝いしますわ」
水遊び? 誰が? まさか? 聞いたことがあるわ。エンドール様の悪口を言った者たちを彼女が魔法で拘束して水の中に落とした話。
「うん、水遊びは楽しいね。池の住人も遊び相手が出来て喜ぶんじゃない」
メイリ、そこは煽ってはいけないと思うの! 相手が悪くてもそんなことしたら、いくら格上でも彼女の家が謝らないといけなくなるかもしれなくなるから! だから止めなさい!
「わ、わたしたちは…、これで…」
足早に去っていく複数の足音。あーゆー人たちって逃げ足だけは速いから。
「ウイン、やっちゃったらよかったのに」
メイリ、煽らない! 王太子殿下の評判にも関わるからね。
「そうしたいのは山々だけど…、知ったお兄様が謝りに行かれるのよ。あんな奴等にお兄様が頭を下げるなんてさせたくないわ」
私はびっくりした。公爵家で王太子の婚約者、格下ばかりだったから不問にも出来るのにちゃんと家に謝罪に行かれているなんて。
「エンドール様があんな奴等に謝られるのか! そんなの許されねぇ」
エドガー様、それを決めるのはあなたじゃありません。
「でしょ、だから我慢しているわ。小賢しいのがいたから難癖をつけてきそうだけど」
彼女は悩ましげにため息を吐いている。エンドール様のために怒ってもそのエンドール様が相手に謝りに行かれたらエンドール様に迷惑だけかけたことになる。
「カータルヤ侯爵がいらっしゃったら、あんな愚者はもっと少なかったのに」
彼女がポツリと呟いた言葉にドキっとした。
「前侯爵も今の愚爵も王族派だろ」
エドガー様、私の父親を愚爵と言いませんでした? そうだけど、否定はしないけれど、人から言われると衝撃だわ。
「前侯爵様は実力派よ。お父様やお兄様の実力は認めてみえたわ。だから、私が感情に任せて仕返しをするのをその功績に泥を付けるのかと叱って下さったの」
彼女の言葉に私は目を見張った。お祖父様がそんなことをされたなんて。
「だから、あの女を選んだのか?」
エドガー様の冷たい声。どうせ私は彼女のご学友なんて相応しくないわよ。
「…そうね、前侯爵様と同じ強い瞳をしてみえたから……。前侯爵様と同じように間違ったことをしたら正してもらえると彼女に縋っていたのかもしれないわ」
彼女の弱音みたいな言葉に何も言えなかった。
だって、彼女はいつも人に囲まれていて、綺麗に着飾って、王太子殿下の婚約者という地位にいて、恵まれているはずだから…。
「私がそれはしてあげるから」
あっ、メイリが胸を張って言っているのが見てなくても分かる。
メイリ、あなたには無理だから。さっきも止めなかったでしょ。あなたじゃ穏便にすませられないわ。
「ウインダリナ様!」
誰かが彼女を呼ぶ声がした。足音が遠ざかっていく。
私はどうしたらいいのか分からなかった。
「……自分がどうしたいのかよく考えたらいい。……ウインダリナ様は待っていてくれる」
ディービット様はそう言って茂みから出ていった。
よく考える……。
あれ? ディービット様、間はあったけど普通に喋っていなかった?
遅くなっていますm(__)m
今月中にウインダリナ22を投稿します
誤字脱字報告、ありがとうございます