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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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ウインダリナ21

 屋根が雨を弾く音や車輪が水を跳ねる音を聞きながら、黒髪の青年は馬車に揺られていた。静かに雨は降っていたのに馬車に乗ると賑やかになるようだ。

 黒髪の青年がサーチアス侯爵を訪ねるにはまだ早い時間だった。既に公爵家や個人としての花は贈ってあるが、この小さな花束を深緑の髪の青年に渡してやりたかった。


「早くに申し訳ない」


 教会にある狭い部屋に現れたサーチアス侯爵に黒髪の青年は軽く頭を下げる。粗方葬の準備は終わっているたろうが、それでも喪主として忙しないに違いない。


「この花をモイヤ殿に」


 黒髪の青年は小さな花束をサーチアス侯爵に差し出す。サーチアス侯爵が不思議そうに小さな花束を見ている。既にフアマサスタ公爵家からも黒髪の青年からも供える立派な花は届いている。


「こちらは?」

「ウインダリナが育てていた花で作らせました」


 サーチアス侯爵は目を見開いて顔をくしゃりと歪ませた。

 やはり死者が育てていた花は厭われるか…。仕方がないと黒髪の青年は思った。だが、赤い髪の女性のためにもこの花束を深緑の髪の青年に贈りたかった。


「ウインダリナ様の花…」


 サーチアス侯爵は声を震わせて、その小さな花束を凝視していた。

 今の黒髪の青年ならサーチアス侯爵に命じることは出来るが、赤い髪の女性のためにも無理強いはしたくない。断られたら葬が終わった後に墓碑に供えたらいいだろう。


「で、出来ましたら、殿下からモイヤに渡していただけないでしょうか」


 きっとモイヤも喜びます。

 その言葉に黒髪の青年はホッと息を吐く。

 そうだといい。そうであってほしい。

 それは残された者の自己満足かもしれない。だが、優しい二人は笑って許してくれるだろう。

 黒髪の青年はサーチアス侯爵と共に深緑の髪の青年が眠る場所に向かった。



『どうした? ウイン』


 花壇の前で膝を折り茶色くなった草を見ている姿に黒髪の青年は声をかける。


『モイヤ様にいただいた花を枯らせてしまったみたいで』


 明らかに気落ちした声にどう言葉をかけたらよいのか分からない。そんな花くらいでと思ってしまったからだ。


『種はまだ残っているのだろう?』

『はい。土が合わなかったのかもしれませんわ』


 立ち上り残念そうに下を向いている頭をそっと撫でる。


『お兄様、お茶を一緒に』


 まだ落ち込んでいる声に黒髪の青年は頷いた。少しでも気が晴れるのなら付き合おう。ちょうど美味しいと評判の菓子も手に入ったことだし。


『ウインダリナ様、サーチマア侯爵令息様がお見えになりました』


 侍女が現れて来訪者を告げた。


『こちらにお通しして。お兄様、モイヤ様もいいでしょう?』


 見上げてくる目は枯らせてしまったことを一緒に謝ってと訴えてくる。


『ああ』


 それで元気になるのなら幾らでも頭くらい下げてやろう。だが、あの深緑の髪の青年なら花のことを知ったら反対に自分の失態として恐縮し謝罪してくるだろう。


『ウインダリナ様!』


 慌てた様子の深緑の髪の青年は現れてすぐに頭を下げてきた。その手にはクシャクシャになった紙が握られている。


『申し訳ありません、花のことで伝え忘れたことがあって』

『モイヤ様、その花なのですが、枯らせてしまって……』


 赤い髪の女性は悲しそうに枯れた草を深緑の髪の青年に見せた。


『いえ、それで正解のようです。一旦枯れたようになって、新芽が生えてきて花の茎になるようです』

『そうですの?』

『はい、今日届いた手紙にそう書いてあって。もうそろそろその状態になるから注意したほうがいいっと』


 本当に申し訳ありません。と頭を下げる深緑の青年に黒髪の青年は小さく嘆息した。深緑の髪の青年も今日知ったのだ。彼の責任ではないのだから謝る必要などないのに。とても奇特な性格をしていると思う。


『モイヤ殿、ありがとう。他に注意するようなことは?』

『はい、今からは乾燥を苦手とするので水は十分に、と』


 深緑の髪の青年は手にしていたクシャクシャの紙を広げるとそうだったよね。と読み直して頷いていた。


『お水、ね』


 黒髪の青年は慌てた。隣から魔法を使う気配がする。


『ウイン、魔法を使うな。花壇を池にするつもりか!』


 急いで発動した魔法の軌道を変える。滝のような水が近くの木に降り注ぐ。黒髪の青年たちの所にも激しい水飛沫が飛んでくるが風で花壇方に飛ばす。花壇が適度に湿った頃にやっと水は消えた。


『ウイン、お前が魔法を使う時は広い場所で広範囲にしてくれ』


 黒髪の青年はホッと息を吐くと被害にあった木を見た。木の下に葉が浮かんだ大きな水溜まりが出来ていた。庭師に綺麗に剪定を頼む必要がある状態にはなっているが、幸いにも木は折れては無さそうだった。

 隣で再び落ち込んでいる赤い頭に手を置いた。お茶にするのだろう。と声をかけると拗ねていじけた目が少し緩む。あの菓子で機嫌が戻るといいが。

 数日後、薄紫色の小さな花が咲き乱れる側でお茶を楽しむ姿があった。



 祭壇の前に置かれた棺の側には当然のように水色の髪をした男性が立っていた。棺の中を愛しそうに見つめている。


「…、グレン陛下」


 黒髪の青年が挨拶をしようとするがイーマダス国王に不要だと制されてしまう。


「エンドール殿下、それは?」


 イーマダス国王の目が黒髪の青年が持つ小さな花束に移る。


「妹君の花かい」


 説明するより早く言い当てられたことにやはりとしか思えない。


「大輪の花のような人なのに道端に咲くような小さな可憐な花を好んでいる、と手紙に書いてあったからね」


 しげしげと見つめた花にイーマダス国王の口元が緩んでいく。


「上手に育てられたみたいだね」


 イーマダス国王の視線は花束にある薄紫の花に向けられていた。


 棺の側に行き中を覗き込む。穏やかな顔をした深緑の髪の青年が横たわっていた。

 黒髪の青年は深緑の髪の青年の胸元に小さな花束を置く。


 どうか安らかに



 葬儀は厳粛に行われた。

 静かに降る雨が参列者の外套を濡らす。

 深く掘られた穴がゆっくりと塞がれていく。

 黒髪の青年はその者を視界に入れないようにしていた。愁哀な表情をしている化けの皮を剥がしたい。が、今は静かに深緑の髪の青年を送りたい。


 弔問客も帰り、案内された部屋で一息ついたところでサーチマア侯爵に呼ばれた。

 深呼吸をして感情を抑え込む。

 出来たら今すぐにでも殺してやりたい。だが、それは一瞬で終わってしまう。一瞬では足りない、一回でも足りない。それだけのことをあの者はした。


「指示をしたら、その者を連れてきてくれ」


 従者に指示をして部屋を出る。

 あの薬を調べた研究員は見つかっていない。だが、研究所であの者が行方不明の研究員に会っていたのを見た者をどうにか探し出すことが出来た。無論、言い逃れは出来る。行方不明の研究員が何を調べ、どのような結果が出たのかは正解に近いだろう推論だからだ。違うと言い張ることは出来る。それだけの図太さがあの者にあれば。


 案内された部屋には当然のようにイーマダス国王がいた。サーチマア侯爵は憔悴した顔をしながらも目には鋭い光を宿して執務机の前に立っていた。

 薦められたままにイーマダス国王の隣に座る。


「私も同席させてもらうよ。どんな人物か楽しみだ」


 笑って言われた言葉なのに黒髪の青年の背中が寒くなる。イーマダス国王はそんな様子に眦を少し下げると何事もなかったようにサーチマア侯爵に話しかけ談笑を始めていた。


「ブランシェ家の方々がお見えになりました」


 ノックの音と共にどことなく緊張した執事の声が響いた。


 サーチマア侯爵の弟であるブランシェ伯爵は沈痛な表情をしていた。彼にだけ事前に話をしてあるのかもしれない。

 ブランシェ伯爵家を継ぐ長男夫妻、婿養子となり他家の伯爵位を継ぐ次男夫妻、三男は騎士として地盤を固めており、ウヨムミナ伯爵に嫁いだ長女夫妻と幼い息子たち、そして文官として働くことが決まっている四男。一人を除いて強張った顔をしていた。

お読みいただきありがとうございますm(__)m


誤字脱字報告、ありがとうございます。

65行と74行の深緑の髪の青年モイヤのセリフを『すいません』から『申し訳ありません』に変更しました。

誤字脱字報告にて『すいません』➡『すみません』とご指摘を受け、『すいません』は『すみません』が言いやすいように変化したものと知りました(ご指摘ありがとうございます)深緑の髪の青年は礼儀正しすぎる子の設定なので『すみません』より『申し訳ありません』に変更しました。(2022.06.24)


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