榛色の髪の女性4
長くなりました。
2021.01.25
タイトルを後編2→4に変更しました
私はその誘いに二の句もなく乗った。
今日はとても授業を受けられる状態じゃなかったから。けれど、屋敷にいても休めるわけでもなく、医務室にでも逃げ込もうと学園に無理矢理来た。
あれからは地獄だった。まず、学園に着ていくドレスが問題になった。屋敷に私が着られるドレスがあるわけが無い。ドレスなんて仕立てたのは随分前で、それも浮気男の家に行くための服。学園に着ていくようなドレスじゃない。私に金を使うのが嫌な彼らはそれを数に入れたけど、それだけでは足りない。
継母と異母妹のドレスを着ていくという話になった…。彼らとは全く体型が違う私が少しの手直しで着られるとどうして思えるの…。私の体は簡単に背が縮み横に膨らむとでも? まあ、胸は詰物で誤魔化せそうだけど。
継母は早々に嫌がったてくれた。自分の物を私に見せるのも嫌だと。異母妹は新しいドレスを買って貰えると思って飽きたドレスを次々と押し付けようとしてきた。それもゴテゴテした趣味の悪いパーティードレスばかり。そんなドレスが学園に通うのに相応しくないと言われたのを聞いていなかったのかしら? ようやく私が着られるドレスが無いことが理解出来たら案の定長々と八つ当たり。だから、異母妹には関わりたくない。言葉が本当に通じないから。
やっと解放されたら、継母からいつもの仕事と新たに雑用を言いつけられて…、それらは日付が随分と前に変わった頃にやっと終わらせられた。予習もせずに寝たけれどいつもより早い時間に叩き起こされて…、ほとんど寝れていない…。ちょっとでも気を抜くと立っていても瞼が下がってきてしまう。
だから、まだ頬を腫らした彼女の誘いに簡単に乗ってしまった。
サロンで美味しい紅茶とお菓子を食べたらもう記憶はなかった。
「レイリア様」
優しく呼ぶ声に思わずムッとした。目の前に美味しそうなご飯が並んでいて今まさに食べようとしていた時だったから。
夕食はドレス選びで食べ損ね、朝食も嫌がらせの仕事で食べてないんだから、学食くらいゆっくり食べさせてよ。ほら、こんなにご馳走が目の前に並んでいるのだから。
「レイリア様、起きてください」
グワングワン、体が揺れる。私の学食が遠ざかっていく…。食べたいのに、誰よ!
怒りに目を吊り上げて体を起こすと困り顔をした彼女が目に入った。
何故彼女がここに? それからここは何処?
寝惚けた頭で見慣れない場所に視線を彷徨わせる。
「もう少ししたら、ハラルド様たちがお見えになりますから」
そう言って熱いタオルを渡され、現状をやっと理解出来た。
もう少ししたら誰が来ると言った?
一気に頭の中がはっきりとする。こんな姿は王太子殿下に見せられない。
私は慌ててタオルで顔を拭いて、渡された手鏡で身なりを整える。押し付けられた仕事でギリギリだったから、散々嫌味を言われたけどいつものドレスを着てきて良かったわ。
侍女が置いてくれたお茶に口を付けながら、チラっと彼女を見たけど、何事もなかったように本を読んでくれている。昨日よりはマシになっただけの頬はまだまだ痛々しい。どれだけの力で叩かれたのだろう。
だからといって私が気遣うことでもない。彼女の家庭の問題なのだから。
私の視線に気が付いたのか彼女が顔を上げ視線が合った。
「レイリア様、モイヤ様が私のご学友になっていただいたとお父様である侯爵様に話されたと」
よろしかったのかしら? と躊躇いがちに聞かれても…。もうあの人たち、明後日の方向に舞い上がっているから。あの異母妹は側妃にいえ寵妃になり、最終的には国母になると決めつけている。(そんな国には居たくないけど)そのために王太子殿下に異母妹が見初められるまでは学友の座は死守するようにと呪詛のように言い付けられた。
だから、私は嫌でもこう答えるしかない。学友の座から転がり落ちたらあの人たちに何をされるか分からないから。
「光栄に存じます」
うまく笑えて答えられたかは自信はない。望んで手に入れた立場じゃないし、私は彼女が嫌いだから。
それでも彼女は嬉しいと笑ってくれた。ただ彼女が笑っただけなのにその笑顔が凄く眩しくて何故か胸が温かくなった。
「じゃあ、これからはウインと呼んで」
「では、私はレイと」
レイリアと呼び捨てにしてもらってもいいけど、愛称にしたほうが親しく見える。打算だらけでほんの少しだけ申し訳なく思う。けど、私は生活がかかっている。
「じゃあ、私もレイと呼ぶわ」
淑女らしくない扉の開けかたでメイリがサロンに入ってきた。
それにメイリ、私が許す前にもう勝手に愛称呼びしてるじゃない。そう思って睨み付けてもメイリは涼しい顔をしている。
「もう、お腹ペコペコ。早くご飯運んでもらお」
ドスンと音がしそうな勢いでメイリは私の隣に座る。
許さなくても座るのは分かっているけど、一応一言声を掛けて欲しいわ。
うん、このメイリを見ると私でも十分彼女の学友が出来ると思える。そのことにホッとする。お祖父様が亡くなってから家庭教師を付けてもらえなくなったから、礼儀作法にすごく不安があるけれど、淑女らしくない動きをするメイリが一緒なら大人しくしていたらそれなりに出来ているように見てもらえる気がする、きっと。
「ウイン、大丈夫だったかい?」
心配そうな顔で王太子殿下が入ってきた。私は立って慌ててカーテシーをするが、隣のメイリはふん反り返っている。
不敬罪で捕まっても知らないから!
「この中だけはそういうの大丈夫だから」
メイリの言葉に入ってきたモイヤ様が頷いている。
そう言われても…、私は不敬罪で捕まりたくないし…。
「ここにいる者たちだけなら、畏まらなくてもいい」
王太子殿下から直接言われても…。
「まあ、慣れるまでは仕方がないんじゃない」
メイリがお菓子を食べながら手をヒラヒラ振っている。あなたは寛ぎすぎじゃない? それにそれ、私に出された茶菓子なのだけど…。そんなに食べて、今から昼食なのよ?
それに私もここで食べていいのかしら? 食堂に行ったほうがいいのかしら?
侍女が私の前にも料理を並べだしホッとした。食堂で出ているメニューと同じはずなのに目の前に出された料理の方が豪華に見えるのはやはり王族がいるため? 王族と一緒に食事なんて恐縮して食べられないとも思ったけれど、逆に食事に集中しないとここに居られなかった。
腫れた頬のために食べにくそうにしている彼女に王太子殿下が甲斐甲斐しく世話を焼いている。ほんとに見ていられない。聞こえてくるのはひたすら無視する。仲睦まじい二人にモヤモヤした物が形を作りそうになるけど美味しい料理に集中する。
もし…、婚約者がまだ学園に通っていたら…。一緒に昼食を食べてくれたかしら…。その風景を浮かべられず首を小さく横に振る。有り得ないことだと。
「あっ! これ、食べないの?」
メイリのフォークからフルーツを死守し、食堂では付かないデザートを堪能する。
食べるに決まっているでしょ。こんなデザートは久々なのだから。
午後からは授業に出ることにした。残った昼休みでモイヤ様が何処まで進んだのか教えてくれる。授業に出ていたはずのメイリも隣で真剣に聞いている。ちゃんと授業を受けていないの?
「ウイン、また後で」
名残惜しそうに王太子殿下が出て彼女一人となった部屋の扉が閉められる。彼女には城から講師が来て、王太子妃教育の復習だそうだ。午前中もそれをしていたらしい。それを聞いてタラタラ汗が止まらなかった。寝ているのを城で働く人に見られていた。それが父にバレたら…。
よく聞いたら、午前中は課題を王太子殿下が預かってきてここに運んだそうだ。ということは、私の寝顔を王太子殿下に見られたということじゃない! それはそれで大問題よ!
『大丈夫、ウインしか見えてないから』
今はメイリのその言葉に縋りたい。
午後の授業は眠気もなくしっかり受けることが出来た。ただ、教室での居心地は凄く悪い。彼女の学友となったことがもう知れ渡っているようで、刺さるような視線を浴びている。それが嫉妬なのか嘲笑や侮蔑なのかは分からないけど。これが卒業まで続くと思うと憂鬱にはなる。もう決めた(決められた)ことだからと心を奮い立たせた。
今日はドレスのこともあり、早く帰るように言われていた。憂鬱。継母と異母妹が昼間に買いに行ったのを着せられると思うと…。
屋敷に帰ると広い部屋に連れていかれた。そこにいたのは、会ったことがあるカータルヤ侯爵家御用達のドレス工房の店主と従業員たち。既製品でもサイズ直しが必要だから。
「レイリア様、ウインダリナ様のご学友、おめでとうございます」
「ありがとう」
あら、継母と異母妹がものすごく不機嫌な顔をしているわ。父も眉間に青筋が立っているし。
「レイリア様、あちらで採寸いたしますので」
部屋の隅に黒い布で仕切られた場所に連れていかれる。さて、どんなドレスを着せられることやら。似合う…、わけないわよね…、継母と異母妹の見立てで。
「オーダーメイドなどと」
父の怒った声が聞こえる。
えっ、オーダーメイド?
「別に既製品でもよろしいですが…」
店主の声が凄く冷たい。
「じゃあ、今から私のドレスを」
異母妹、また新しいのを作るの?
「私どもは引き上げさせていただきます。他の名だたる工房に声をかけられても同じ結果になると存じますが?」
あの人たち、店主の言った意味分かったかしら? 異母妹は確実に分かっていないと思うけど。
「ねぇ、私のドレスを。今度レースたっぷりなのを」
やっぱり分かっていない。継母が窘めているけど、それも何故そんなことを言われるのか分かっていないでしょうね。
「只でさえ、レイリア様があの服で学園に通われること自体がカータルヤ家の評判を落とされているのに」
「なっ、なんですって!」
継母のヒステリックな声が聞こえた。あなたが選んだドレスですから。買ったのもここではなく違う工房だった。
「カータルヤ侯爵家の令嬢がお召しになる服ではないと申したのです。部屋着でも有り得ない。それを売った工房は格に合わせた服を売ることが出来ない三流以下と潰れてしまいました」
その話に私は申し訳なく思った。家名を聞いた時、確かに店員たちは既製品でももっと良いドレスを薦めてきたのに聞かなかったのは継母だ。その工房の後楯になっていた貴族と揉めないといいのだけど。
「わっ、わかった。任せる」
慌てた父の声が聞こえた。
工房が一つ潰れてしまったことより、カータルヤ侯爵家の評判がこれ以上落ちるのを恐れて。
「ウインダリナ様より目立たず、それでいて品のあるカータルヤ侯爵家令嬢に相応しいものを必ずお届けします」
「えっ、目立ったらダメなの?」
当たり前じゃない。王太子殿下の婚約者の引き立て役なのだから。引き立て役が目立ってしまったら学友から外されるだけよ。
何を考えているのかしら、異母妹は。
「その場その場で相応しいドレスがあります。その人に似合うというのが一番肝心ですが、場に相応しいドレスを着こなすことも淑女として必要なことです」
「じゃあ、私は淑女として出来ているわね。今も似合うものを着ているもの」
私は店主がどう答えるのか、黒い布の内側で耳を澄ませていた。
「……。場に合っているか判断出来るのも淑女の条件です。……ここは夜会が行われている場ではありません」
「なっ! なにを」
「へ、へやに戻るわよ!」
勢いよく扉が開き、ギャアギャアと騒ぎながらドスドスと出ていく音が聞こえる。
「下のお嬢様の普段着三着分でご準備いたします」
「…分かった」
渋々の父の声が聞こえ、扉が閉まる音がした。
異母妹の普段着四着分の金を何処から捻出するか、今から父は頭を抱えなければならないかも。四着目が一番高くつきそうだけど。
寒くなってきました。
皆様、体調に十分お気をつけ下さい。
誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m
2021.01.17 義母→継母 ははおや→はは に変更しました。