榛色の髪の女性2
思ったより長くなりました(汗)
2021.01.25
タイトルを中編→2に変更しました
なにこれ?
私はなんの罰をうけているのだろう?
見たくないものを見て、聞きたくない会話を聞く。
これは新しい拷問のやり方なの?
初めて入った学園の王族専用のサロンは華美ではないけれど上質な物で整えられていた。
手を引かれ、コの字に置かれたソファーに座らされる。
中央には、王太子殿下とその婚約者の彼女。私の向かい側には、モイヤ様とトータス様。私の隣には、メイリとかいう子爵家令嬢。メイリに奥へと押しやられたから、私の斜め隣は彼女だ。ただでさえ、狭い部屋。嫌でも王太子殿下と彼女の会話が耳に入ってくる。
「ウイン、痛くない?」
「ハラルド様、大丈夫ですわ」
「お茶は飲める?熱くない?」
「ハラルド様も一緒にお茶をいただきましょう?」
「クッキーは食べられる?」
「美味しいですわ。けれど、自分で食べれますわ」
顔を背けていても甲斐甲斐しく世話をする王太子殿下の姿が目の端に入る。ついでに大丈夫だからと苦笑を浮かべて断る姿。そして、何かする度に頬を染めて照れ合う姿。そんなに照れるならしなければいいのに。
本当に一体何を見せられ聞かされているのだろう。初々しくて見せられているこちらが恥ずかしい。それに比べて…。
『…でね、転びそうになってしまって』
『まったく慌てることないのに』
『だって…、早く会いたかったのですもの』
『○○○はかわいいなー』
『もう○○○様ったら』
急に言いつけられた庭の掃除。花壇近くから聞こえた話し声。木々の隙間から見えたのは、来ていると聞いていない婚約者と異母妹の寄り添う姿。
私がいることを知っているのだろう、クスクスと嗤い声が聞こえる。
「今日はそういう風に攻めますか」
隣からバリバリとクッキーを食べる音と呑気な声が聞こえ、私を正気に戻す。
それって口に出していいの?
「うーん、ぎこちないですね」
「今日はエンダリオもいないからな。出来なかったこと試したいんだろ」
前からも聞こえてくる!
「今日は膝乗せしないのかな?」
「足が痺れてエンドール様に呆れられたから、やらないのでは?」
「時間ギリギリまでいるつもりだから、動けなくなると困るなー」
メイリ、モイヤ様、トータス様。
聞こえてる、聞こえてる、全部…。いいの?
不敬罪が頭に浮かび、体が震えだす。
私は言っていない、私は無関係。
「期待されているみたいだから」
「ハラルド様!」
真っ赤になりながらも王太子殿下がヒョイと彼女を引き寄せて膝に乗せている。
膝に引き上げられた彼女は恥ずかしそうに王太子殿下の胸に顔を埋めている。ふーん、こんな表情もするんだ。
「ウイン、口を開けて」
「自分で食べられます」
真っ赤になりながらも押し問答している二人から視線を逸らす。
見ているほうがほんと恥ずかしい。
けど、その幸せな姿が妬ましい。私は…。
「はい」
メイリが新しいお菓子を渡してくる。
「ウインを甘やかせる場所が少ないから。これからはレイも協力してね」
何故私がそんなことをしなければいけないの? それにあなたに名前を、ましてや愛称呼びを許した覚えはないわよ!
抗議しようと口を開こうとした時、サロンの扉が叩かれた。
「ハラルド殿下、時間です」
扉のノックに合わせて、トータス様が声をかける。
ホッと息が出てしまった。
「ウイン」
「ハラルド様、ありがとうございます」
見てはいけない。額をくっ付けて囁きあっているなんて見たくもない。
茶色の髪の婚約者と桃色の髪の異母妹が顔を寄せあっている姿なんて、私は見ていない。
「お気をつけて」
「ウインもね」
王太子殿下は壊れ物を扱うみたいにそっと彼女をソファーに降ろすと哀愁漂うため息を吐いて立ち上がった。
「モイヤ、後は頼む。レイリア嬢、メイリ嬢もゆっくりしていってくれ」
「お任せください」
「(手を上げて)はーい」
「……はい」
王太子殿下に言われて『はい』以外を口に出来る人が何人いるだろう。私は言えない。長い物には巻かれよ、逆らって勝てる力もないのだから。
「ウイン、また明日」
「ハラルド様も」
「ではみな」
彼女の髪に唇を落として、やっと王太子殿下はトータス様を連れて部屋を出ていった。
はぁー、疲れた。ほんとに疲れた。
私は体から力を抜いた。一番爵位が高いのは彼女だけど、どう思われようがどうでもいい。それに彼女なら不敬罪にしないはずだ。
「お疲れ様です」
モイヤ様、本当にそう思っています?
「慣れ、だから」
いえ、私は慣れたくない。それよりもメイリ、あなたに言っておきたいんだけど…。
口を開こうとしたら、また邪魔が入った。
「まったくもう」
困りきった声で恥ずかしそうに彼女が赤い顔を手で扇いでいた。
「レイリア様がいらっしゃるから、少し自重していただけると…」
「無理! 殿下はウインを甘やかしたいんだから」
悩ましげに息を吐いて呟いた彼女の言葉をメイリが一刀両断している。
つまり私は、王太子殿下の暴走を止めるためにここに連れて来られたと? 違う。私を連れてきたのはメイリだ。
「楽しみにしていらっしゃいましたからね。学園に入学したら、個室で十分に甘やかす、と。それに今日は…」
「ウインがずっと医務室だったから、殿下もウインを補充したかったんじゃない」
そっか、そんな頬をしているから今日は医務室にいたんだ。その顔で普通に授業を受けていたら、令嬢たちに何を言われるか。彼女たちはいつも人を貶めることを探している。
「さっ、メイリ、勉強するわよ」
彼女の言葉にドサッとモイヤ様が机に本を並べる。どれもこの先に習うものばかりだ。
成績は中の中ぐらいしか思えないメイリがこれを覚えようとしているの?
「えー、今日はレイもいるんだから勉強もナシにしようよ」
私を連れてきた本当の理由は…。
「レイリア嬢もどうぞ」
モイヤ様が本の山から何冊か私の前に差し出してくれる。
ちょうど私が図書室で探していた本だった。
「レイリア様、貴重な時間を潰させてしまって申し訳ないわ」
「大丈夫、大丈夫」
メイリ、何故、あなたが彼女に返事をするの!
本当にそうなのよ! 私の貴重な勉強時間が!
「メイリ、レイリア様が困ってみえますわ」
「えー、どうせ時間潰ししてるのだから、ここでお喋りしてもいいじゃない」
メイリ、只の時間潰しじゃないんだから。屋敷では勉強出来ないから、図書室でしているのよ!
「メイリ嬢、ウインダリナ様付きの女官を目指すのでしょう?」
モイヤ様がニッコリ笑って、メイリの前に一冊の本を開いて置いている。
私はその言葉にメイリを凝視してしまう。
本気? 王太子妃付きの女官を目指しているの? あの態度で?
「私はウインを支えるの」
私に胸を張るメイリにかかさず彼女がニッコリ笑って逃げ口を塞いでいる。
「私もメイリに支えて欲しいわ。だから、しっかり勉強してね。
レイリア様もどうぞ」
その言葉に私は遠慮なく本を受け取り勉強を始めた。図書室でも中々借りられない本だ。この機会に是非読んでしまいたい。
隣でぶつくさ呟く声が聞こえるが、無視して本に集中する。知らなかったことを知るのは面白い。夢中で読んでしまう。書いてある内容が理解出来ず頁を捲る手が止まってしまうとモイヤ様か彼女が気がついて説明してくれる。二人とも説明が凄く解りやすい。
読み終わった本についてモイヤ様と話していたら、彼女が加わった。読んだことがあったのかメイリも入ってきて、四人で色々夢中で話していた。
初めてだった。死んだ母や祖父が私の話を聞いてくれたことはあったが、誰かとこうして一つのことで話し合ったことは。屋敷では、私の言葉など否定されるか無視されたのに聞いてもらえる。意見が違ってもそれについて話し合う。否定されてゴミのように捨てられることがない。私の意見は私の意見で受け入れられる。
嬉しい、楽しい、面白い。他人と話すのがこれほど楽しいなんて知らなかった。
「エンドール様がお見えになりました」
扉を叩く音と共に告げられた言葉に楽しい時間が終わってしまった。
彼女やモイヤ様が本を貸してくれると言ってくれたけど、断った。借りを作りたくない、いいえ、屋敷に持ち帰って父たちに貴重な本を持っていることを知られたら…。返せないかもしれない。だから、借りられない。
馬車止めに向かうと公爵家の馬車の前に黒髪の青年が立っていた。
エンドール様だ。王太子殿下の従兄であり、公爵家の嫡男でありながら、王位第二継承者の王族でもある。社交界で色々と言われている人でもある。
「申し訳ありません、お兄様」
「気にするな、ウイン」
優しい表情で優しい声。
羨ましい。私にも優しい声をかけてくれる家族が昔はいた。それを思い出させる。
やっぱり嫌いだ。沢山の人に大切にされていて。
「モイヤ殿たちにも世話になった」
こちらに向けられた黒い瞳にゾクリとする。怖い。彼女の側にいていい人物かどうか見定められているようだ。
彼女を嫌いだと知られたら…。
「お兄様、カータルヤ侯爵令嬢のレイリア様。とても優秀なお方なのよ」
「レイリア・カータルヤです。お見知りおきを」
彼女がその視線を遮るように間に立ってくれる。冷たい視線が遮られ、ホッとする。
馬車止めに並ぶ馬車を見る。二台しか止まっていない…。一台はフアマサタ公爵家のもの。もう一台はサーチアマ侯爵家のもの。私の屋敷の馬車は帰ってしまっていた。
「では…」
誰かに送ってもらわなければ、私は帰れない。けれど、彼女とエンドール様の馬車には乗りたくなかった。だから、エンドール様の続きの言葉は聞きたくなかった。
「エンドール様、レイリア嬢とメイリ嬢は私がお送りします」
モイヤ様の言葉はとても助かった。
「私もレイともっと話したいし」
鬱陶しいメイリが腕を絡ませながら話してくるのもこの時は有難い。
話を合わせるべく、コクコクと頷く。
「では、失礼する」
彼女とエンドール様は馬車に乗って帰っていった。
私はメイリの腕を振り払った。仲良くするつもりはない。あの時間は楽しかったけど。
「二人とも乗ってください」
帰る手段がないだけで仕方がないから一緒に乗るだけよ!
私は、同じ侯爵家でも明らかに質が良い馬車に乗り込んだ。
馬車の中を沈黙が支配する。あのメイリも何も話さない。
「レイリア嬢、あなたもメイリ嬢と共にウインダリナ様の女官を目指しませんか?」
思いもしなかったモイヤ様の言葉に私は固まってしまった。
学園入学の二・三ヶ月くらいの設定です。
誤字脱字報告 ありがとうございます