表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
41/61

ウインダリナ16

第一話に元になった短編を

第二話に人物紹介を

2020.9.9に挿入しましたm(__)m

「グレン陛下、先程は見苦しいものをお見せして申し訳なく、また、助けていただいたことお礼を申し上げます」


 黒髪の青年はスッと頭を下げた。この国の醜態をこともあろうか貴賓を巻き込み晒した、その責は全て貴賓の接待を任された黒髪の青年にあった。今頃は、シーシリン侯爵を唆した黒幕も旨くいったとほくそ笑んでいることだろう。

 そして、こうして黒髪の青年が頭を下げたことも責める材料となる。謝罪しなければ、それはそれで責めることが出来る。黒幕の笑みが止まることはない。

 

「貴殿が気にされることではない。だが…」


 イーダマス国王は笑って流した。そして、少し考える素振りをみせるとテーブルを挟んである椅子を指差した。


「そうだな。エンドール殿下、少し付き合ってもらおう」


 柔らかく言われたが、それを断ることは出来ない。


「私でよければ」


 イーダマス国王が指した対面の椅子に座る。

 寛げるようにと職人たちと試行錯誤を繰り返して作られた椅子。準備は大変だったが楽しそうにやっていたのを思い出す。

 適度にしなる背凭れ、ほどよくしずむ座面、体を預けるのにちょどよい。拘っていた成果が出ている。

 良い椅子だ。 

 黒髪の青年は素直にそう思った。


 イーダマス国王の従者が淹れたお茶が置かれる。

 この花の香りがする黄色いお茶は原産地でもあるイーダマス国でも収穫量が少ないためとても貴重とされている。とても甘い花の香りがするのに甘味など全くなくコクのある苦味があるお茶。それを知っている者でも甘い匂いに惑わされて口にすると噎せる者が多い。


「ほう、飲んだことがあるのか」


 イーダマス国王が感心した声をあげる。

 黒髪の青年が粗相もせずにお茶を飲んだからだ。


「冬になると妹が…」



 最初に口にしたのは、まだ黒髪の青年が学園に通っていた頃のだった。

 学園が休みの日、本を読んでいたら部屋から庭に連れ出され、兄妹だけのお茶会で飲まされたのがこのお茶だった。

 甘い花の匂いが甘い味を想像させ黒髪の青年は飲みたくなかったが、目の前の期待に満ちた顔に負けて軽く一口。


『よかった。お兄様でもこうなるんだから』


 ゴホゴホとハンカチで口を押さえながら噎せる黒髪の青年にホッとした少女の声が聞こえてくる。


『私、吹き出してしまって、モイヤ様にかけてしまったから』

『そっ、それ、は、たい、へん、しつ、れいな、こと、を、したな』


 少女は甘いお茶だと思って、普通に飲んだのであろう。

 けれど、少女の友人である深緑の髪の少年がこんなお茶を何も言わずに少女に勧めるはずがない。


『モイヤ様から匂いと味は関係ないので気を付けて。と言われてもそうだったのに…。何も知らなかったお兄様は軽く噎せるだけなんて! さすがお兄様だわ』


 キラキラした目で見詰めてくる少女の視線に兄としての威厳は守れたのは分かったが…。


『ウ、ウイン、それは口にする前に教えてほしい』


 お兄様、凄い、凄いわと誉めてくる声に悪い気はしないが黒髪の青年は思わずそう言ってしまった。



「そうか、妹君が…」

「ええ、さすがに初めて口にした時は匂いと味の違いにとても驚きました」

「では、このお茶に纏わる話は知っているか?」


 話は知らない。知っているのは、こんなお茶なのに薬茶としての効果が高く、収穫量も少ないため高価で取引されいることくらいだ。



 むかし…、一人の男がいた。

 その男はとても物知りだった。

 誰もが物知りの男を頼った。

 多くの者に頼られて、物知りの男は傲慢になっていった。

 それでも人々は物知りの男に頼った。

 物知りの男は自分以外の者を見下すようになった。

 人々は物知りの男が望む物を与え、男に従うようになった。

 物知りの男はどんどん傍若無人な態度をとるようになった。

 ある日、一人の女が物知りの男にお茶を差し出した。

 女の村では冬の季節になると当たり前に飲んでいるお茶だった。

 とても甘い匂いがする花で作ったお茶。

 物知りの男も当然その花を知っていた。

 その甘い匂いがする花は根が甘い薬になるのを知っていた。

 茎も葉も甘い味がするのを知っていた。

 女は苦いので気を付けてお飲み下さいと言った。

 甘い花の香りのするお茶を物知りの男は笑いながら飲んだ。

 物知りの男は自分の知らないことがまだあることを知った。

 


「物知りの男は態度を改め人々に尽くした…。どこにでもある話だ」


 イーダマス国王はそう締め括った。

 確かにと黒髪の青年は思った。この国では驕った魔法使いが小さな子供に諌められる話が、グラシーアナタ国では最強武器を身に付けた戦士が木の棒の若者と戦いコテンパンにやっつけられる話がある。

 どちらの話をよく読んだだろうか? 小さな体が半分以上隠れる絵本を抱きかかえ、読んでと持ってきた少女の姿が頭に浮かぶ。


「私に姉がよく話してくれたのだが、姉にこの話を教えたのは簒奪王と呼ばれた叔父なのだよ」


 自嘲の笑みを浮かべてイーダマス国王は言った。

 王座(ちから)を手に入れた簒奪王は暴虐非道の限りを尽くした。戒めにもなるこの話を知っていたのなら、何故そんなことをしたのか…、そんな思いもあるのだろう。


「さて、この国の物知りたちは態度を改められるのか…」


 嘲笑うように呟かれた言葉に黒髪の青年は口を噤む。

 王族を祖としない公爵家だから、王太子の花を贈られた妃の血ではないからと蔑んでいるが、黒髪の青年の後ろには祖母の母国グラシーアナタがある。グラシーアナタ国だけなら、この国にも被害は出るが対抗出来る。だが、今は様々な思惑でグラシーアナタに加勢する国が何ヵ国あるか分からない。黒髪の青年はこの国を滅ぼす火種にもなることに彼らは気付こうとしない。


「エンドール殿下、貴殿と妹君には恩がある。とくに妹君には返しきれぬ恩があったのだが…。その分も貴殿に返そうと決めた」


 身に覚えのない話に黒髪の青年は驚きを隠しきれなかった。目を見開いて固まってしまう。

 イーダマス国王と会うのはこれが初めてだ。黒髪の青年がイーダマス国に何かした覚えもない。赤い髪の女性が知らずとしてイーダマス国王の縁の者を助けでもしたのだろうか? それなら、巻き込まれて黒髪の青年が手を貸した可能性もある。だが、誰を?


「私のとても大切な者を救ってくれたのだよ」


 笑うイーダマス国王は何度問いかけてもそれが誰なのかは口にしなかった。



 疑問を残したままイーダマス国王の前を辞して、黒髪の青年は用意された執務室に向かう。

 王太子として仕事をしなければならない。今まではまだ学生であった金髪の青年の代わりとして緊急のものだけ手伝ってきたが、これからは全てが黒髪の青年の仕事となる。


 机の上に幾つかの山に積み上げられた書類を見て、ため息を溢す。公爵家から連れてきた従者たちが仕分けしてくれたが、いずれは城の文官たちに任せなければいけないだろう。だが、誰が好んで黒髪の青年の下につこうと思うだろうか。


「エンドール様、お目通りを望む者たちが来ております」


 書類に目を通していると、従者が来訪者がいることを伝えてくる。シーシリン侯爵のような者かと思うと気が重いが会わないわけにはいかない。


「通せ」


 入って来たのは、二人の若者だった。赤い髪の女性の同級生で一度紹介された覚えがある。

 確か…、橙色の髪の青年は、エドガー。クッマイヤ伯爵家の嫡男。

 赤茶色の髪の青年はディービッド。マクライン子爵家の次男。

 二人とも城の文官を目指していると聞いていた。

 ぎこちない動きで入ってきた二人は、あの時と同じように緊張で顔を強張らせながら黒髪の青年の前に立った。



『お兄様、二人が学園を卒業したら、しばらくお兄様の下で使っていただけないかしら』


 赤い髪の女性の側には橙色の髪の青年と赤茶色の髪の青年が緊張で強張った顔をして立っている。


『エ、エドガー・クッマイヤです』

『ディービッド・マクラインと申します』

『ゆくゆくゆくはウインダリナ様をおおお助けしたく、エンドール様にはごごご教授いただだけたたらと』


 黒髪の青年は赤い髪の女性が連れてきた二人を一瞥する。ガチガチになっている二人は視線を感じてビクッと体を震わせていた。

 王太子妃となり王妃となる赤い髪の女性には、政務を手伝う文官も必要になる。少しでも赤い髪の女性の負担が軽くなるのなら面倒を見るのもいいだろう。


『厳しくいくぞ』

『『は、はいっ』』

『仕事には厳しいけれど、お兄様は本当に優しいのよ』


 嬉しそうに笑う赤い髪の女性の姿があった。

誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ