榛色の髪の女性1
長くなりましたので、きりました。
2021.01.25
タイトルを前編→1に変更しました
私は彼女が嫌いだった。
一人では着られない綺麗なドレスを着て、幸せそうに笑い、いつも人々の中心にいる彼女が大嫌いだった。
それに比べて私は…。
一人で着られるドレス、手入れがされていないバシバシの髪、傷だらけの荒れた手。人目につかないように部屋の隅でこそこそしている。彼女とすごい違いだ。泣きたくなる。
母が亡くなったと同時に不幸が押し寄せてきた。
母の葬儀が終わると留守が多かった父は、知らない女性と私とそう歳が変わらない女の子を屋敷に連れてきた。
新しい継母と異母妹だと言われた。
新しい継母は美しかったがどこか冷たい感じがした。いきなり出来た異母妹は可愛い容姿をしていたが意地悪な目をしていた。
まだ祖父が元気なうちは大丈夫だった。多少の不便は出てきたが専任の侍女もいて貴族の令嬢らしく暮らせた。
けれども祖父が体を壊し寝たきりになるようになると地獄が始まった。
専任の侍女はいなくなり、私のことは自分でしなければいけなくなった。食事は一人、部屋で取るように言われた。そのことは良かった、父やあの親子と一緒に食べなくてすむことは。けれど、食事を私が部屋まで運ばねばならず、必ずあの親子のどちらか、または二人ともが廊下に立っていて邪魔をしてきた。汚れた廊下は綺麗になるまで掃除させられ、冷えきって少なくなった食事を食べるのが当たり前になった。
父は見て見ぬふりをして、二人を咎めることは決してなかった。
祖父が亡くなると、侯爵夫人となった継母と異母妹からは完全に使用人扱いされた。屋敷に元から仕えている者たちが庇ってくれていたが、庇われたら庇われたで、私とその者たちの扱いが更に悪くなった。なので、誰も庇わなくなったし、誰にも庇われたくなかった。おまけに私の失敗を報告すると褒美を貰えるようになり、誰も彼も自分の失敗を私のせいにして、私は毎日誰かの失敗の罰を受けるようになった。
そんな私にも学園入学一年前に婚約者が決まった。親家であった公爵家の者と。疎遠になっていた親家と父が絆を結び直そうと結んだ縁だった。
私は婚約者が今の状態から救いだしてくれると期待した。それはすぐに裏切られることになった。
婚約者は私より異母妹を選んでいた。
婚約者が来ていると知り、急いで小綺麗にして婚約者のいる庭に向かうと異母妹と親密そうにお茶をしていた。現れた私を見て、眉を寄せた婚約者。異母妹はキツイ言葉で邪魔をするなと私を責めた。それを止めないばかりか、異母妹と一緒になって早く立ち去れと言う婚約者。
私を救いだしてくれる人はもう誰もいない…。
慰めてくれる者ももちろんいなかった。
学園に入学すると人目に触れるからか屋敷での扱いが少しましになった。体に跡がつく仕事や怪我をしやすい仕事をしなくてよくなった。使用人と同じものだけど、食事はある程度食べられるようになり、ドレスも少しだけ買ってもらえた。一人で脱ぎ着できる簡単なドレスを。
屋敷にいるのは地獄だった。継母と異母妹にこき使われ、誰の失敗か分からない罰を受ける毎日。
だから、入学前は学園が天国のような場所に思えていた。虐げる継母と異母妹と離れられ、自由に出来る場所だと。
けれど、学園も天国ではなかった。
通い始めて感じる差。
艶のある髪、一人では着られないドレス、白魚のような綺麗な手。誰も彼も私と違った。
そして、彼女に会った。人々の中で大輪の花のように輝く彼女に。
公爵家の一人娘で王太子殿下の婚約者。
羨ましい生活をしていて、羨ましい未来が待っている。
そんな彼女が妬ましく憎らしかった。
私は人見知りをする大人しい子供だった。何かがあっても母や祖父の背中に隠れ、その何かが過ぎ去るのを待つだけだった。その何かを知ろうとすることもなく、どうにかしようとする気もなく、ただ守られるだけを当たり前としていた。
だから、母が亡くなり、新しい継母と異母妹を父が連れてきても何も言えず、そうなってしまったことをただ受け入れた。祖父が病に倒れ侍女を取り上げられたことも、自分のことは自分ですることも、食事を運ぶことも、汚れた床を掃除することも同じように受け入れることしか出来なかった。
悔しい思いを持たなかったわけではない。可笑しいとも嫌だとも思ったけれど、父や継母と異母妹に何をどう言ったらいいのか分からなかったし、言ったところで何も変わらないどころかますます酷い仕打ちが待っているのが分かっていた。
今思うと甚だしいほどの八つ当たりだ。
彼女のことをよく知らないのに、知ろうともしなかったのに、勝手に恵まれていると思い、嫉妬し、妬み、憎み、嫌っていたのだから。
父に、継母に、異母妹にぶつけられない苛立ちを彼女にぶつけていただけだった。
屋敷に帰りたくなくて、授業が終わると図書室に入り浸った。図書室が閉まる時間ギリギリまで本を読む。一番心が休まる時間だった。
父や継母には授業についていけず、補習を受けていると嘘をついていた。私が出来損ないだと喜ぶ継母は、その嘘をすんなり信じた。侯爵家の人間として恥ずかしい点数を取らないように! と言いながらも屋敷の仕事を減らすことはしてくれなかった。むしろ雑用を増やされた。
図書室にはサーチモア侯爵令息モイヤ様がよく来ていた。図書室の奥の席でいつも難しそうな本を読んでいる。
モイヤ様のお母様はもう亡くなられているが、高級娼婦をしていた。モイヤ様のお父様が見初められ、親家の公爵家との縁を切って妻と迎えられた。だから、縁を切られた親家とその子家の子女からは、娼婦の子供と蔑まれていた。
モイヤ様はどれだけ蔑まれても凛としていた。蔑む者たちを憐れむように見ることはあるが、相手にされることはなかった。
そんなモイヤ様に人として憧れていたが、モイヤ様も彼女の取り巻きの一人だと分かるとますます彼女が嫌いになった。
ある日のことだった。
私は人目のつかない茂みに隠れて長い休み時間を潰していた。
複数の足音が聞こえた。
「ウインダリナ様の右頬は…」
モイヤ様の声だ。心配そうな気遣う声。
「エンダリオが休みだろう」
これは王太子殿下の声。少し苛ついている?
エンダリオは彼女の双子の弟だ。私の大嫌いな彼女の弟。
「エンダリオは自業自得だろう。自分から風邪をひきにいったものだ」
トータス様、騎士であるゼラヘル伯爵令息の声。
昨日、男子生徒が水魔法で遊んでいて、調子にのった者が氷魔法も使い、何人かがびしょ濡れの霜だらけになっていた。その中に彼女の弟もいたようだ。
「それが、フーラル夫人、ウインの母親には通用しない。エンドールは言わなかったが、たぶん責められ頬を叩かれたようだ」
怒気を含んだ王太子殿下の言葉に私は息を呑んだ。
母親に叩かれた? 弟が馬鹿をしたことで? そんな理由で?
「モイヤ、エンドールが迎えに来るまでウインに付き添ってほしい。こんな時に限って私は外せない公務がある」
「それは構いませんが、要らぬ噂が立たぬよう女子生徒を誰か」
「メイリに頼んでみる」
「トータス、そうしてくれ。エンドールも急ぐとは言っていたが、今日は遠方に行っているから遅くなると思う」
王太子殿下を呼ぶ声がして、足音が遠退いていく。
私はホッとして、立ち上がった。
いつも通り辛うじてドレスといえる服についた葉っぱ等を払っていた。
視線を感じて顔を上げると、なんともいえない表情をしたモイヤ様が私を見ていた。
「もしかして、聞いていました?」
困った表情で問いかけてくるモイヤ様に私は頷く。
聞きたくなかったけれど、聞こえてきた。
「そう…」
「誰にも言いません」
口止めされるのかな? と思って喋るつもりはないと先に言ってみたけど、モイヤ様に知っている人はもう分かっていると苦笑されただけだった。
「いつも図書室が閉まるまで居ますよね?」
モイヤ様の言葉に素直に頷いてしまったことを、私はすごく後悔した。
そして、その後悔は的中した。
今日は図書室は止めておこうと、けれど何処で時間を潰そうと、学園内をウロウロしていたら彼女を連れた王太子殿下たちとばったり会ってしまった。
「レイリア嬢、今から図書室ですか?」
モイヤ様がにっこり笑って聞いてくる。
「言っていた最後までいつもいる人?」
藤色の髪の女子生徒が目を輝かせて聞いてくる。
藤色の髪の女子生徒はモイヤ様が頷いたのを見た瞬間、パッと私の手を握った。
急いで手を引き抜こうとするが、離してくれない。こんな令嬢らしくない手、誰にも気づかれたくない。
「ご一緒されませんか。ウインとモイヤ様のお話は難しすぎて私の話し相手が欲しいのですの」
「メイリ、いきなりで相手の方が驚いていますわ」
彼女の軽やかな声がした。
苦労など知らない知ろうとしない明るい声。どす黒い何かが胸の奥から迫り上がってくる。
「あ、私、メイリ・ドルナタと申します」
「レイリナ・カータルヤです。
手を離していただけませんか?」
思っていた以上に冷たい声が出た。
手を触られたくない。知られたくない。
彼女たちと一緒に行きたくない。話したくもない。
誰とも関わりたくない。
「えー、どうせ学園にいるのでしょう。一緒に行きましょう」
ドルナタは子爵位だったはずだ。こんな身なりだけど、私のほうが爵位が高い。権威を振り翳すつもりはないけど、簡単に断れる筈だった。
「カータルヤ侯爵家の令嬢か。すまないが、ウインに迎えが来るまで一緒に居てくれないか?」
王太子殿下の言葉に私は天を仰ぎたくなった。
「ハラルド様、大丈夫ですわ」
彼女が過保護な王太子殿下に大丈夫だと安心させるように微笑んでいる。
羨ましい。婚約者にこんなに親身に思われているなんて。
睨み付けるように彼女を見て、不自然な右頬に目がいってしまう。
赤く腫れている? 化粧で赤みは抑えられているけれど…。
彼女は公爵家の令嬢だ。すぐに冷やして手当てを受けているはずなのにここまで跡が残っているなんて…。
「見苦しい姿をお見せして申し訳ないわ」
私の不躾の視線に右頬を隠しながら、申し訳なさそうに笑う彼女の姿が逆に痛々しい。
普通ここまで酷ければ、学園を休むのに何故?
「ハラルド様、やはり帰りますわ」
「駄目だ。公爵もエンドールもいない屋敷に帰すことなど出来ない」
「みながいますわ」
「彼らに危害が及ぶ前に部屋を出てしまうだろう」
真剣に話し合う婚約者同士の会話に明るい声が割り込む。
「はいはい、今からはサロンで美味しいお菓子を食べるの!」
藤色の髪の女子生徒メイリは片手で私の手を握りながら、彼女の手を取って当たり前のように引っ張って歩き出した。
えっ! 何? 手を離して欲しいのに…。
こんなことをされたことがない私は、ただされるがままになってしまっていた。
水色の髪の王とどちらにするか悩みました。あちらも話が長くなりそうで(汗)
ウインダリナの章は、黒髪の青年の立太式で終了する予定です。
2021.01.17 義母→継母に変更しました
誤字脱字報告、ありがとうございます