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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
39/61

ウインダリナ15

 黒髪の青年専用の部屋が城に作られることになった。

 王太子の部屋はまだ金髪の青年が使っているため、使用出来ないからだ。

 フアマサタ公爵家の者たちが、忙しなく客室を整えている。

 王太子の部屋など永遠に使用出来なければいい。

 黒髪の青年はそう思う。


「フア…、エンドール…でんか、もうすぐお着きになられるようです」


 いつも通り、フアマサタ公爵令息と言いそうになったのだろう。城に古くから仕えている従僕が呼び名にまごつきながら報告(しらせ)てくる。


「分かった」


 そう答えながら、黒髪の青年の口元には自嘲の笑みが浮かぶ。

 城に仕える者でもそうなのだ。誰も彼を認めない。


 質素な馬車から降りてきたのは、水色の長い髪をした優しそうな男だった。とても簒奪者であった叔父を殺し王位についたように見えない。人は見かけによらないということか。


「ようこそ、イーマダス国王グラン様」


 黒髪の青年は歓迎を表すため、胸に手を当て最高礼をする。


「急な訪問を快諾頂き、感謝する」


 落ち着いた声で応えが返ってくるが、その視線は値踏みするように鋭い。そして納得するように頷くとその眼差しを和らげた。


「貴殿は、エンドール殿下でお間違いないか?」

 

 殿下と言われるのは抵抗があるが、そうなのだから仕方がないと黒髪の青年は御意と頷く。


「まずは、長旅の疲れをお取りください」


 国王が議会に出ているため、謁見は夕刻からとなっている。

 その議会で何を言われていることやら。その様子を想像し、黒髪の青年はイーマダス国王に気付かれないように小さく嘆息する。


 客間は申し分なく整えられていた。黒髪の青年が確認した時には。

 先導していた客室長が止まる。扉の前に控えていた部屋付きの侍女たちが左右に分かれ扉が開かれた。扉の向こうに見えたのは…、切り刻まれたカーテン、ぐっしょり濡れた絨毯、その上に散らばる花瓶だった物の欠片と花。

 到底、客を招き入れるとは思えない部屋であった。

 クスクスクスと隠れて嗤う声がする。


「イーマダス国王陛下、申し訳ございません」


 黒髪の青年は部屋係となった者たちを思い浮かべる。

 あの侍女の親家となるのはどこだった?

 それよりも先にしなければならない()()がある。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 嗤う声が止んだ。


「で、ですか、他の部屋は…」


 客室長が慌てた声を出す。

 城のほとんどの客室はすぐに使えるように整備されているが、他国の王族が泊まる用には整えられていない。


「何事かあったのかな?」


 恰幅のよい体を揺らしてきたのはシーシリン侯爵だった。まだ議会中のはずだ。それを抜け出して来たということは…。


「エンドール殿、これは()()()()()()()()()?」


 シーシリン侯爵は部屋を見ると、黒髪の青年を問い詰めるように声を荒たげた。顔を真っ赤にして怒っているように見えるが、目が優越で歪んでいる。してやったりということなのだろう。


「イーマダス国王陛下、大変な失礼をいたしました。すぐにお部屋を整えますので、とりあえずはこちらへ」


 シーシリン侯爵は側にいた己の従者に指示を出し、イーマダス国王に頭を下げ、己の従者の後に続くよう促している。

 黒髪の青年はシーシリン侯爵を叱責しようとしたが、それをイーマダス国王陛下の視線で止められた。


「そなたは?」

「ラマタ・シーシリンと申します。侯爵位を賜っております」

「シーシリン侯爵、国王陛下にお会いしたらそなたのことは()()()()()()()()

「光栄に存じます」

「それから、部屋の準備は不要だ。エンドール殿()()がこれから案内してくださる」


 イーマダス国王の言葉にシーシリン侯爵の動きが固まった。


「国王陛下から私の世話を任された()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことをよくお伝えしておく。()()()()()()()()()()()()()()()()


 言われた意味が分からなかったのであろう。シーシリン侯爵は不思議そうな顔をして首を傾げ、はっとした表情になると顔色を変えた。己の発言が行動が自国の王族に対して不敬を働いていたことにやっと気が付いたようだ。

 目の前にいる黒髪の青年は、もう公爵家の若造ではなく王族として敬い支えるべき相手だということに。


「イーマダス国王陛下、わ、わたしは…」


 シーシリン侯爵が弱々しい声で言葉を探すが、何を言っても黒髪の青年への不敬になってしまう。最初に臣下として礼を執らなかったことをどうやっても言い繕えない。


 成り行きを見守っていた客室頭や侍女たちも自分たちにも処罰を受けるのかと怯えを見せ出した。


「わ、わたしたちは…」


 客室長が不安そうに黒髪の青年が連れてきた従者に小声で問いかけている。

 黒髪の青年は分からないように息を吐く。黒髪の青年が庇える段階はすぎてしまった。

『部屋を間違えた』

 それに従ってくれていたら…。


「こんな部屋に案内するということはイーマダス国王陛下とエンドール様、エンドール様に命を下した国王陛下を侮辱したのと同じ。沙汰が下るまで皆大人しくするように」

「そ、そんな! わ、わたし…たち…」

「イーマダス国王陛下の御前だ。これ以上、国の″()″を曝すな」


 従者の言葉に自分たちが何を仕出かしたのか、彼らもやっと理解できたようだ。仕えるべき主を勘違いし(まちがい)、従うべき命令を選ばなかった(きかなかった)彼らをもう城で見ることはないだろう。


「エンドール殿下、出しゃばって申し訳ない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、ね」


 黒髪の青年はイーマダス国王の言葉に納得した。

 簒奪王となった叔父より上なだけでイーマダス国王の王位継承権の順位はかなり下だったと聞いている。もし、簒奪王(おじ)が兄弟たちを虐殺しなければ王になることはなかっただろう。

 確かに、最初から王になることを望まれていなかったところは同じだ。だが、イーマダス国王は簒奪王(おじ)が非道の限りを尽くしたから、王にと望まれた。流れる血の濃さだけで王太子となる黒髪の青年とは全く違う。


「エンドール様」


 荷物を運ぶように馬車に残してきた従者が現れて頭を下げた。完了したようだ。


「イーマダス国王陛下、荷物も運び終えたようです」


 黒髪の青年の言葉に従者が、こちらへと案内を始める。

 青ざめたシーシリン侯爵の前を黒髪の青年はゆっくりと横切った。



『お兄様、イーマダス国のグラン陛下は青色がお好きなのですって』

 パラリと紙を捲る音がする。

『ウイン、行儀が悪い』

 机に向かっていた黒髪の青年は振り向いて呆れた息を吐く。ソファーに寝そべって本を捲っている赤い髪の女性はヒラヒラと手を振るだけだ。

『青色ばかりだと暗くなってしまうかしら』

 王太子の婚姻式には沢山の国賓を招くことになっている。

『配色次第ではないか? 青色ばかりではなく、グラン陛下の水色の髪に合わせたものも入れるとか』

 国賓の部屋を準備することも王太子妃となる婚約者の役目だった。

『白いデージーの花がお好きらしいわ』

 王だから豪華な花が好きだとは限らない。素朴な可憐な花が好きな者も多い。特に血生臭い体験をした者は余計に。

『では、部屋に飾る花は決まりだな』

 青色には白い色はよく映えるだろう。

『そうね、青色を軸にして、白のデージーと水色と緑に深緑』

 水色は分かる。イーマダス国王の髪の色だ。

『緑だけではいけないのか?』

 デージーの花の茎と葉は、鮮やかな緑色だ。

『深緑も必要なの。()()()()()()()

 家族の色? イーマダス国王の家族に深緑の髪はいなかったはずだ。だが、赤い髪の女性が必要だと思うのなら、そうなのだろう。

『ハラルド殿下にも相談しろよ』

 黒髪の青年が赤い頭にポンと手を置くと、その下から『はーい』と間延びした返事が帰ってきた。



「イーマダス国王陛下、こちらにどうぞ」


 朝から急いで準備させた部屋。青色の調度品を置いた。

 イーマダス国王に気に入ってもらえるかどうかは分からない。


「ほう」


 感嘆とも侮蔑ともどちらとも取れる声が上がる。


「エンドール殿下が?」

「いえ、妹がイーマダス国王陛下に考えていた部屋です」


 赤い髪の女性が考えていた案に少し手を加えただけだ。彼女の案では女性向きの部屋になっていた。婚約者の意見を聞いて手直しをするつもりだったのだろう。その機会は件の令嬢に奪われ、案は案のままで終わってしまった。


「妹君? ウインダリナ嬢が?」

「ええ、すこしでもお寛ぎになられる場になれば、と」

 

 青色に白いデージーの花が描かれている。ある物には大輪で、ある物には小さな群生で。


 イーマダス国王は楕円形の小物入れを手に取った。

 内側の底には青色の中に水色に囲まれた白いデージーが一輪描かれている。


「葉や茎の色が濃いね」


 デージーの花から繋がる茎や葉が先の方は緑なのに花に向かうにつれ、濃い、いや、深い緑色になっている。


「妹が拘ったのです。深緑の色も使うように、と」


 まるで()()()()()()のようだ。


「そうか…」


 イーマダス国王は青色のカバーがかかったソファーにドサリと座った。ソファーカバーの裾には小物入れと同じようにデージーが描かれている。


「よい椅子だ」


 イーマダス国王が座り心地を確認するように体を揺らし、カバーを眦を下げて撫でている姿を見て、黒髪の青年はホッと息を吐いた。

 どうやら気に入って貰えたようだ。

 

「妹君にお礼をせねばならぬな。花で良いか?」

「光栄にございます。妹も喜ぶでしょう」


 イーマダス国王の眼差しが哀愁を含んだものに変わる。


「本当に…、妹君とも会って色々話をしたかった…」


 呟かれた叶えることが出来ない要望に黒髪の青年は静かに頭を下げた。

書き方を変えています。

今までのも少しずつ直していく予定です。(話の内容は変わりません)


誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m


下記の部分、『エンドール様、』を書き足しました。


「こんな部屋に案内するということはイーマダス国王陛下と『エンドール様、』エンドール様に命を下した国王陛下を侮辱したのと同じ。沙汰が下るまで皆大人しくするように」



下記の部分を訂正しました。

『満更な表情で』→『眦を下げて』

『ホッとした』→『ホッと息を吐いた』


イーマダス国王が座り心地を確認するように体を揺らし、カバーを『満更な表情で』撫でている姿を見て、黒髪の青年は『ホッとした』。


イーマダス国王が座り心地を確認するように体を揺らし、カバーを『眦を下げて』撫でている姿を見て、黒髪の青年は『ホッと息を吐いた』。



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― 新着の感想 ―
[一言] “王太子の花”に拘る貴族の多いこの国は滅びればいいと思いましたよ。 他国の領土となったら、“王太子の花”は要らなくなりますからね。
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