金褐色の髪の王
男は座りなれた椅子に体を預けた。
出るのはため息ばかりだ。
ふと、外を見ると空が真っ赤に染まっていた。夕暮れだ。今日という日が終わりに近づいている。
綺麗過ぎる空の赤に面影が重なる。やるせない思いが強くなる。
…、何故こうなってしまったのか…
男は終わってからいつも思う。腹違いの姉が死んだ時もそうだった。やっと幸せを掴んだ姉はその幸せを十二分に味わうことなくその命を散らした。
姉が生んだのが父が望んだ女児ではなく、降嫁先の夫の容姿を色濃く受け継いだ男児だったのは僥倖だと思っていた。いずれ生まれてくる王太子に花を贈られる娘ではなかったことで、姉もその子供も幸せになると信じていた。あの凶行を報告されるまでは。
姉の降嫁先を決める時、有力な貴族たちは挙って自分の息子を推薦してきた。
男はそのことを思い出すと今でも強い憤りを感じる。それまで散々役立たずの王女と蔑んでおきながら、王族の血欲しさに群がるさまはとても醜く滑稽であった。
だが、父が選んだ降嫁先は男も驚愕を隠せず何度もその真意を問う家だった。そこは確かに家柄も人柄も申し分なかった。むしろ男も出来るなら率先して推薦したい者だった。だが、その家、フアマサタ家は、姉が相応しくない降嫁先であった。
ほとんど魔力のない国から来た母を持つ姉は強い魔力を持つ王家の血が交ざっても人並みの魔力さえ持っていなかった。フアマサタ家は国内でも強く多い魔力を持つ家で、そのためその伴侶となる者には条件があった。人並み以上の魔力を持つ者でないと子が生まれにくいのだ。だから、誰もがフアマサタ家を王女の降嫁先から除外していたし、当のフアマサタ家からも名乗りは無かった。
父は反対する貴族たちを黙らせて、フアマサタ家に姉を嫁がせた。それは、今でも正しかったと男も思う。あの家以外の貴族は姉に相応しくなかった。
フアマサタ家は高位貴族の中でも特殊だった。この国のほとんどの公爵家は臣籍降下した王族を祖としており、侯爵家は公爵家の跡を継げなかった子や孫を祖としている。フアマサタ家だけが王族を祖としとおらず、その実力だけで公爵位を賜った家であった。そのため、王族を祖とする高位貴族たちからは軽んじられていた。軽んじていても、フアマサタ家の実力には高位貴族たちも一目置かねばならず、その家に役立たずの王女でも降嫁させたくなかった。
父は姉が無事嫁いだのを見届けると、王位を男に譲った。
王となった男は、姉が幸せになるのを助け見守るつもりだった。
高位貴族たちの思惑はどうあれ、フアマサタ家に嫁いだ姉は幸せそうだった。
父の見立て通り、男の願い通り、夫となった者は姉を大切に扱った。後継者のために婚姻一年後には第二夫人を娶ることを許されていても相手を探そうともせず、姉に連れ添っていた。
嫁いで数年後、姉は懐妊しフアマサタ家の特徴を色濃く受け継いだ男児を産み落とした。王家の血が助けたのか、フアマサタ家の跡継ぎに相応しい魔力の強い子だった。だが、姉は強すぎる子供の魔力に当てられ二人目が難しい体になってしまった。魔力の弱い者が魔力の強すぎる子を生むとよく起こる症状だった。
姉は跡継ぎの誕生と共に公爵位を継いだ夫に第二夫人を娶るように勧めたらしいが、跡継ぎはもういるからと夫は取り合わなかったらしい。男が忍んで屋敷を訪ねた時、家のためなのに。と怒りながらも嬉しそうに教えてくれた姉の姿はとても幸せそうだった。
男は、姉はそのまま親子三人幸せに暮らしていけると思っていた。
小競合いが続いていた隣国が大きく動いた。男も姉の夫もその対応に忙しくなった。
その隙を狙われた。
甥を狙った侍女は王家が紹介した者だった。父の母、男の祖母の末端親族の者だった。祖母の生家である侯爵家と生家の親家となる公爵家からの強いごり押しもあり、男も姉の夫もその者を起用することを断ることが出来なかった。
彼らは、姉が万が一に女児を生むことを恐れていた。二人目が難しいと言われているだけで、不可能ではない。現に姉の魔力が少ないから子は出来ぬであろうと思われていたのに甥が存在している。そして、その甥は父の希望で王位継承権を保持している。姉もその子供も彼らには邪魔であった。自分達の元に嫁がなかった姉、自分達の血族ではないのに王位継承権を持つその子供。邪魔者でしかなかった。
男も姉の夫も二人の警護は細心の注意をはらっていた。元敵国の王女の娘である姉の方に重きを置いていたのは仕方がなかった。だから、男の甥が狙われた。情報収集目的で送り込んだ年若い侍女によく懐いたから。
そして、凶行は行われた。
侍女の様子がおかしいのに気が付いた姉は、子供に向けられた刃の前にその身を滑り込ませた。
自分に向けられた冷たい輝きを放っていた刃を、ドレスを真っ赤に染めて倒れていく母親を、子供は目を見開いて見ていたと言う。
さっきまで母親の近くで、仲良い侍女と楽しく遊んでいたはずだった。それが一瞬で悪夢に変わったのは幼い子供には受け入れられないことだった。
凶行に及んだ侍女以外、罪を与えられなかった。侍女を取るようごり押しした公爵家や侯爵家はその侍女を指定したわけではないと逃げた。確かに″誰″と指定が彼らからあったわけではない。その侍女しか名乗りがなかっただけだ。侍女とその実家には重い処罰を下したが、推薦した公爵家や侯爵家には罰金程度の軽いものしか出来なかったのが、男には歯痒かった。
甥の顔から表情が抜け落ちた。甥の表情の変わらない冷たい顔、光のない瞳を見ると姉を甥の心を守れなかった己を男は何度も呪った。
病床にあった父が姉の夫に後妻を命じた。兄弟を作り、甥に守る者を作るように、と。
またもや父は正しかった。甥は、母親から見捨てられた異母妹に心を開いていった。
報告を聞く度にその奇跡に感謝した。
赤子を移動させられるようになると、病床の父の元に呼び出した。
まだはっきりと見えていないはずなのに甥の動きを目で追う赤子が面白かった。甥の黒髪に惹かれているのかと思えば、父である姉の夫の黒髪には甥ほども興味を示さない。甥だから、この赤子は目で追うのだ。それが男には有り難かった。
無表情ながらも赤子から見える場所に必ずいる甥は可愛かった。大人しく赤子に指を握らせている甥を意外に思った。いきなり指をしゃぶられてギョッとした甥の両口角が僅かに上がっていく。その姿にホッとした。感情が動いている。
ベッドの上の父も安心した笑みを浮かべていた。
甥の傷ついた心はこの赤子がゆっくりと癒してくれる。
男は生まれていた王太子も連れてきて、二人に会わせた。赤子の赤い髪に王太子は惹かれたようで赤子をじっと見ていた。
男は予感がした。
この赤子は未来の王妃になる。そして、この子たちがこの国を導いていくだろう、と。
そして、その予感は当たり、そして外れた。
王太子に″王太子の花″を贈られた甥の妹は、王太子のつけた傷によってその命を散らした。麻薬に侵された王太子の命の炎も消えかけている。
甥は再び大切な妹を目の前で喪った。そして、王族を抜けたがっていた甥は成りたくもなかった王になることが決まってしまった。
男にあるのは後悔ばかりだ。
何故、あの時、こうしなかったのか?
何故、あの時、もっと考えなかったのか?
何故、あの時、動かなかったのか?
男は甥に償う術を持っていない。
だから、男は祈ることしか出来ない。
甥の幸せを、平穏を、と。
それらと縁遠い地位に追いやっておきながらもそう願ってしまう。
男は息を大きく吐き出すと、椅子に座り直し机に向かい合った。
男が甥のために何が出来るか?
甥の敵となる者の権力を削ぐのはもちろんのことだ。
″王太子の花″
甥が咲かせても咲かせられなくてもいい。甥がこの人ならと共に歩める、そう思える者と出会えることを切に願う。
※補足
高位貴族はほとんどの者が人並み以上の魔力を持っています。魔力が多い家系には、時折、エンダリオのような魔力が極端に少ない者も生まれます。
親家
王族を祖とする公爵家を頂点とした一族の公爵家をさします。今は政略結婚で血が交ざりあっているので、派閥の頂点の意味が強いです。
誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m