ウインダリナ14
短いです。
黒髪の青年が牢のある塔から出てくると父であるフアマサタ公爵が待っていた。
「父上?」
まだ国王陛下たちと話しているか、王宮にあるサロンで待っているだろうと思っていた相手に黒髪の青年は走り寄った。
「モイヤ殿に会いに行くがどうする?」
そう聞かれ、黒髪の青年は一瞬迷ったがフアマサタ公爵と一緒に行くことにした。サロンにはまだ残っている貴族もいるだろう。その中でフアマサタ公爵を待っているのは今は精神的に辛かった。
「エンドール、お前はモイヤ殿を恨むか?」
その問いに黒髪の青年はどう答えて良いのか分からない。
悪く思う気持ちは…、ある。件の令嬢のお茶会に彼が参加しなければ…、もっと早くに動いてくれさえいれば…。いや、違う者たちから茶会に誘われ、もっと最悪の結果になっていたかもしれない。それが分かっていても悪く思ってしまう。
けれども、一番薬に侵されていたのにそれに抗っていたことに、その強い精神に感服している。
「父上はどうですか?」
「意地の悪いことを聞いたな。私もどう言ってよいか分からぬ」
黒髪の青年にフアマサタ公爵は自嘲の笑みを浮かべていた。
「申しわけなかった」
サーチマア侯爵は二人に深々と頭を下げてきた。
「いや、お互い様だ。お互い加害者の親であり、被害者の親でもある」
頭を上げたサーチマア侯爵は、それでも眉を寄せ苦しそうに顔を歪ませている。
「それでも愚息がもっとしっかりしておれば…」
「それはこちらも同じだ。そして、若気の至りだと動かなかった我々も」
フアマサタ公爵の言葉に言葉がストンと胸に落ちてくる。
黒髪の青年が一番許せないのは己自身なのだと。件の令嬢よりもクラチカ伯爵よりもこうなることを止められなかった己を許せない、いや許すことが出来ない。グラシーアナタ国に行く前に何故動かなかったのか。いや、不穏な噂を聞いた時に動いていれば。後悔ばかりが先に立ってしまう。それは目の前にいる二人も同じなのだろう。
「今は、成すことを成さねばならない」
フアマサタ公爵はそう言って黒髪の青年の肩に手を置いたが、その言葉は己に言い聞かせてもいるようだった。
「そう、だな。モイヤに会いに来ていただいたのだったな。こちらへ」
サーチマア侯爵の案内で二人は部屋の奥へ進んだ。
質素なベッドに深緑の髪の青年が横たわっている。
微かに笑みを浮かべたその顔に苦しんだ後は無い。
「良い顔だ」
「ああ、大罪を犯したのだから苦しんで死なねばならぬのに」
それでも大切な息子が苦しまずに死んだことにサーチマア侯爵はほっとしていた。
「モイヤ殿は十分苦しまれた。そして一人戦い抜いた」
フアマサタ公爵は再び自嘲の笑みを浮かべた。彼の息子は赤い髪の青年は、双子の姉だと守るべき相手だと分かっていて殺そうとした。薬で偽者だと思っていた他の者たちとは違う。その後魔法を使っていたのは知らなかったのだから仕方がないとしよう。だが、その愚かな息子は瀕死の姉を心配するふりもせず、罪悪感の欠片も持たず一ヶ月もの間その命が尽きるのを心待ちにしていた。魔力への劣等感があった、誤解があった、薬の影響があった、息子の心情を行動を理解出来なくもないが、それでも彼は許せなかった。どれだけ反省したとしても安らかに死なせることは出来ない。残り少ない命の息子に対して酷い父親だと己でも思う。薬に侵されながらも己を失わなかった息子を持ったサーチマア侯爵が心底羨ましかった。
「エンドール、お前もそう思うだろう?」
黒髪の青年はベッドに横たわる青年を見た。苦しんでいるのではなく安らかに眠る顔を見られて良かったと思う。
「モイヤ殿はウインダリナに花を贈っていただきました。ウインダリナに何かすることは禁じられていたはず。それでも彼だけはウインに花を贈り続けてくれた」
赤い髪の女性の婚約者であった金髪の青年も栗色の髪の青年も赤い髪の女性の双子の弟までも赤い髪の女性に何もしなかった。赤い髪の女性に関わること自体禁止されていたはずだ。それなのに深緑の髪の青年だけが四日も空けずに見舞いの花を贈ってくれていた。誕生日にも立派な花が届いた。その精神力に敬服する。
「モイヤ殿、ウインに花をありがとう」
黒髪の青年の心から出た言葉だった。
サーチマア侯爵は二人に深く頭を下げていた。
「トータス殿は、今日国境に出立ちするそうだ」
馬車のなかでフアマサタ公爵は呟くように言った。
黒髪の青年は、そうと思っただけだった。まだ王都にいたのだと。
「ルミート殿が昨夜暴れたそうだ」
マダラカ公使節団の護衛騎士たちの傷は見える場所だけではなかった。
「医者の見立てでは、ウインダリナが死んだことと、トータス殿に会ったことで発作が再発したらしい」
眠れなくなった者、夜中に叫び出す者、暴れ出す者、泣き出す者、なんらかの心の傷を負っていた。そして、今もその傷で苦しんでいる者が多い。
「トータス殿は別宅に移りウインダリナの葬まではと願ったそうだが、ゼラヘル伯爵は治らない傷を負わせた者の望みなど叶えられぬ、と」
それがいいと黒髪の青年は思った。もし会って頭でも下げられたら殴ってしまうかもしれない。
「トータス殿も夜中に泣き叫び暴れるルミート殿を見て意気阻喪しているらしい」
それには黒髪の青年も少し同情してしまう。
栗色の髪の青年たちも兄弟仲がとてもいいと聞いている。弟が苦しむ姿を見て、その元凶が己だと突き付けられた絶望の深さは測り知れない。だが、二人は生きている。またいつか…と希望がある。もう二度と会えない相手ではない、それが羨ましい。
「エンドール、ハラルド殿下とお会いするか?」
これが本題か。と黒髪の青年は思った。
「それは命令でしょうか?」
出来たら会いたくない。今、会ったら何を言ってしまうか、どんな行動をとってしまうか分からない。
昨夜はまだ目的があり理性も平静も保つことが出来た、だが、今は…。
「違う。だが、陛下も仰られていただろう、ハラルド殿下も何時まで持つが分からない体だと」
時間が無いのは分かる。が、会ってどうなる? 今さら会って何を話せばいい? もう戻らない、戻せない。もう変わらない、変えられない。忌々しいことに。
「よく考えるように」
それは後悔しないようにと言われているようだった。
誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m
※『心服』を『感服』に変更
けれども、一番薬に侵されていたのにそれに抗っていたことに、その強い精神に 『心服』 している。
※『心服』を『敬服』と指摘を受けました。話の後半に『敬服』を使っているので、黒髪が年上ということで『感服』に直しました。もっと合う言葉がみつかりましたら変更します。m(__)m
※『敬服』をそのままにしてある文
赤い髪の女性の婚約者であった金髪の青年も栗色の髪の青年も赤い髪の女性の双子の弟までも赤い髪の女性に何もしなかった。赤い髪の女性に関わること自体禁止されていたはずだ。それなのに深緑の髪の青年だけが四日も空けずに見舞いの花を贈ってくれていた。誕生日にも立派な花が届いた。その精神力に 『敬服』 する。
※ご指摘、ありがとうございます。




