藤色の髪の女性
「また来たわよ、ウイン」
藤色の髪の女性は、真新しい墓標に元気よく話し掛けた。
「ウイン、嬉しい報告よ」
声を弾ませて、卒業してそれぞれの道を歩み出した学友たちの近状を話していく。
「エドとリズの婚姻式が決まったの。二人ともとっても慌ててるわ。ウインの式を真似る予定だったから、何も考えてなくて」
クスクスと女性は笑う。
「ええ、おかげでリズに引っ張り回されているわ。ウインに誉めて貰える婚姻式にしたいと頑張っているのですもの。協力するに決まっているでしょ」
まるで、そこに相槌をする者がいるかのように藤色の髪の女性は話している。
「あっ、戦は回避出来そうって噂よ。詳細は分からないから、それはご自慢のお兄様に聞いてね」
藤色の髪の女性は小さな花束を墓標に供える。その時だけ顔が悲痛に歪んでいる。
「また来るわね」
ヒラヒラと笑顔で墓標に手を振り、藤色の髪の女性は帰っていく。
黒髪の青年は木の影からその様子を聞いていた。藤色の髪の女性の姿が完全に見えなくなってから、墓標の前に立つ。
「ウイン、お前の友達はいつも騒がしいな」
どこか呆れたようなそれでも誇らしげに黒髪の青年は呟く。
屋敷で行われていた仲の良い令嬢だけのお茶会はいつも楽しそうな笑い声が聞こえていた。黒髪の青年も何回かは挨拶をしたことがあり、さっきの令嬢とも面識はある。だが、声をかけようとは思わない。せっかくの時間を邪魔をしたくないし、されたくない。今回は偶然が重なっただけだ。もう藤色の髪の女性と会うこともないだろう。
「良い友達を持ったな」
墓標の前を埋め尽くす花束が風に揺れていた。
「ご機嫌よう」
藤色の髪の女性は小さな花束を二つ持っている。
「エドとリズがまた揉めているのよ、今度は飾る花で」
クスクス笑いながらとても楽しそうに話している。
「それから、レイ、レイリナなんだけど…」
ふう、と藤色の髪の女性は困ったように息を吐く。
「ウイン、あなたがいないから最悪になってきてるわ。あの婚約者、公爵家の令息でなければケチョンケチョンにしてやるのに」
花束を持っていない手をググッと悔しそうに握り締めている。
「あの阿婆擦れと一緒になりたいのなら、婚約を解消したらいいのに。それもせず阿婆擦れと一緒にレイを虐めているようなの」
ふうと息を吐くと藤色の髪の女性は、小さな花束を一つずつまだ新しい墓標の前に供えていく。
「どうしようもない時は恥を忍んで、レイを連れてウインの実家に駆け込むわ」
その時は雇ってね。首を傾げて軽く言っているが、死んだ者を頼るなどよほど切羽詰まった状態になっているのだろう。
「そうならないよう頑張るわ。では、また来ます」
藤色の髪の女性は、二つの墓標に軽く手を振って帰っていく。
木陰で順番待ちをしていた黒髪の青年は、口許に手を当てて出てきた名前に反芻した。
「レイ、レイリナ。レイリナ・カータルヤ?」
屋敷によく来ていた令嬢の一人だ。大人しく聞き手に徹していた従順そうな女性。だか、学園では言葉よりも行動の赤い髪の女性と先ほどの藤色の髪の女性をいつも諌め暴走を止めていたと聞いている。あの二人の友人をしているのだ、芯のある女性であることは間違いない。
「調べてみるか…」
友人が悲しむ姿を見たくはないだろう。そう答えるはずのない墓標に話しかけていた。
「ハラルド殿下、ウイン、ご機嫌よう」
嬉しそうに藤色の髪の女性は声を弾ませている。
「レイとあの公爵令息との婚約がなくなったのよ」
その場で踊りだしそうな勢いだ。
「おまけにレイを虐げていた家族、ん? あんな人たち家族じゃないわね。阿婆擦れ親子が屋敷も追い出されたの」
もう最高! と手を叩いて喜んでいる。
「ウイン、あなたのお兄様よ。カータルヤ家のことを調べてくれて、あいつらを大勢の前でギャフンとやっつけてくれたのよ」
墓標の前で身ぶり手振りで楽しそうに話す姿は、他者から見たら異様に見えることを藤色の髪の女性は気にしていない。
「うん? レイ? レイはね、私が至らなかったからと言っているけど、レイが至らなかったら、私やウインはどうなるのと思わない?」
同意を求めるように力強く墓標に話しかけている。
「ウイン! あなた、淑女の鑑と言われているけど、ハラルド殿下の前や私たちの前の態度、絶対淑女じゃないからね!」
ムッと唇を尖らせて、藤色の髪の女性は墓標に本気で抗議している。
近くの木陰で『私の前でもそうだ』と思っている者がいるなんて藤色の髪の女性は気付いていない。
「ハラルド殿下の仰有る通り、是非ともディービッドには頑張って貰わないと」
うんうん、と力強く藤色の髪の女性は頷いている。
「ええ、エドが今鍛えているわ。婚姻式の手伝いをさせつつ」
ウフフ、と吹き出しながら、そこに応える相手がいるかのように話している。
「そうよ、鍛えてるんじゃなくて、都合よく扱き使っているの」
だが、楽しそうな顔も花を供える時だけ泣きそうに歪む。
「では、ハラルド殿下、ウイン、また来ます」
軽やかな足取りで帰っていったのを見届けてから、黒髪の青年は墓標の前に立った。
「ったく、相変わらず賑やかな令嬢だ」
呆れた声で黒髪の青年は呟く。その顔が楽しそうに笑っているのを小鳥だけが見ていた。
「ハラルド殿下、ウイン、ご機嫌よう」
墓標の前で藤色の髪の女性は元気よく話し出す。
「エドとリズが婚姻したわよ。式は質素なものだったけど、とても綺麗だったわ」
友人の婚姻式を事細かに話していく。誰がどう笑いをとったか、何本酒樽が空になったか、面白可笑しく話していく。
「じゃあ、また来るから」
花で溢れた墓標に小さな花束を一つずつ加えると女性は手を振って帰っていった。
少しして、歩いてきた黒髪の青年が墓標の前に立った。墓標の前に小さな花束を見つけて、藤色の髪の女性がここに来ていたことを知る。
実際はこんな時の方が多い。いや、黒髪の青年が来た時に花束が無いことの方が多い。
黒髪の青年が藤色の髪の女性の話が聞けるのは本当に偶然に偶然が重なった時だけだ。
花束を見つめる黒髪の青年の顔が残念そうだったのは小鳥たちだけが知っていた。
あと数話で完結しますm(__)m
よろしければお付き合い下さいませ、
誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m