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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
3/61

赤い髪の青年

明けましておめでとうございますm(__)m

今年もよろしくお願いいたします



 彼は天井を見ていた。いや、天井しか見られなかった。

 彼は自分の身に何が起こったのか理解したくなかった。


 あの女が死んだから?


 彼はそれが信じられなかった。信じたくなかった。


 彼は一ヶ月ほど前から、魔力が少なくなってきたのを感じていた。それは、彼の姉が彼から魔力を奪っているからだと信じていた。だから、朝の鐘の()を聞いた時、これで()()()()()に戻れるんだと喜んでいた。


『ウインダリナは魔力が少ないの。エンダリオ、あなたの魔力は多いのだからウインダリナに分けてあげてね。本当はあなたがこの国で一番魔力が多いのよ』


 彼の母親は幼い頃から、彼にそう言っていた。

 だから、彼の腹違いの兄が言った言葉は間違いのはずだった。


『妹の魔力が切れただけですよ。エンダリオの骨は軟らか過ぎて自身の体を支えられません。魔力も少ないため、魔力が多かった妹が分け与えていたのです。妹が死に魔力の供給が途絶え、体を支えていた魔法も切れたのでしょう』


 動かない体。声を出すことも指一本動かすことも出来ない。開いたままの口を閉じることさえも出来なかった。

 彼の兄の言う通りの体になってしまった。


 彼は車椅子に身を任せ、その場にいることしか出来なかった。

 何が起こっているのか見ることも出来ない。今はもう僅かな魔力で辛うじてこの状態を保てているだけだ。車椅子の背凭れを上げたら、背骨が体を支えられず肉の重みで内臓が潰れてしまう。それは即ち彼の死を意味している。

 いや、どちらにしろ彼には死しか残されていなかった。この状態では生きるための食事さえすることが出来ない。


 なぜ、なぜ、なぜ!


 彼は自問する。何故こうなってしまったのか。

 動かせない体はもどかしく、見えるのは変化のない天井のみ。


 辛うじて耳だけは、その場の様子を彼に伝えていた。

 耳から入ってくる内容も彼には信じられなかった。

 彼の友であり仲間が兄に責められていた。

 彼の主さえも些細なことで問われている。


 彼らは間違ったことなど何一つしていない。責められる理由など無いはずだ。

 だが、彼の兄が言っていることも正しいように聞こえる。何故だか分からないが。


『エンドール様、わたしは・・・。きゃあ!』


 彼の耳に命より大切な女性(ひと)の悲鳴が聞こえた。同時に聞こえたのは床に何かを押し付ける音。

 動けない体が恨めしい。何が起こったのか分からないが、理不尽な目に遭っているのが分かる。

 彼女を虐げる兄をどうにかしたいが、彼はどうなっているのか見るのさえ出来ない状態だ。


『殿下に次ぐ王位継承権を持つ私に不必要に近付く者を取り押さえた。私の身を守ることは彼らの任務ですから』


 彼の兄の言葉は正しい。兄と彼の主は守られるべき存在だ。

 だから、彼らの安全のために信頼の出来る者でも距離をもって接しなければならない。それは、貴族なら誰でも知っていなければならないこと。


 だが、彼女は違う。あの可憐な貴族令嬢らしくない彼女は主の側にいるべき女性(ひと)。選ばれた者なのだから。


 誰が決めた? そんなこと。


『侮辱されるようなことをなさっているでしょう。作法を覚えようとしないのに次期国王の側にいようとしている。次期国王である殿下の″恥″となっていますし、殿下の品位を落とす存在にしかなっておりませんから』


 兄の声に重なる。


『エンダリオ、殿下の側に置くのなら最低限の礼儀作法を早急に覚えさせなさい。己の恥だけではなく、殿下の恥に、いえ、国の恥になります』


 そう言ったのは、彼と同じ赤い髪をした女性。死んだ彼の姉だ。

 呼び出されそう言われた時は、婚約者に相手にされなくなった嫉妬で貴族らしくない彼女を馬鹿にしていると思っていた。

 けれど・・・、本当にそうだったのか? 嫉妬に狂った醜い女の言葉だったのか?


 分からない、解らない、判らない、何が正しくて何が間違っているのか。


 彼の兄の乾いた笑い声が聞こえる。兄が声を上げて笑うなど、久方ぶりだろうか? その笑い声が哀れみ悲しんでいるように聞こえるのは気のせい?


 彼の兄の声が耳に入ってくる。


『殿下、十日前は妹の誕生日でした』


 彼もその日のことはよく覚えている。

 別荘を貸しきって、彼の主と彼女と彼の仲間たちが盛大に祝ってくれた。楽しい一時を過ごした。

 去年までは、実家の公爵家で姉と共に祝われていたのが、今年は彼一人の誕生日として祝って貰えた。とても嬉しく誇らしく思えた。日付けが変わる少し前までは。


 慌てて彼の主を探した。彼の主も彼を探していた。

 結界が張り巡らされたあの部屋に届ける魔力(ちから)が無かったから、主から預かったモノを公爵家の門番の所に贈った。日付けが変わる直前だった。ホッと胸を撫で下ろしたのは覚えているが、主から何を預り何を贈ったのかは覚えていない。記憶に残らない些細なモノであったはずだ。だが、とても大切なモノだったと思う。


 彼の主の言葉が耳に入ってくる。


『私は国に対し大罪を犯した。よって罰せられ王族でなくなる。そなたは、私を誑かした罪人として罰せられる。それだけだ』


 ストンと何が填まった。

 彼の主の罪は、それを止められなかった彼らの罪。

 主が何の罪を犯したのか分からないが、何故かすっきりとした。


 彼の主の顔が見えた。深い後悔と悲しみ。


「済まない、エンダリオ。そなたの姉ばかりかそなたの命さえ私は奪ってしまう」


 彼の主に首を振ってそれは違うと伝えたいのに彼はただ主の顔を見つめることしか出来なかった。罪悪感だけが膨れ上がり彼に重くのし掛かってくる。



 城に着くと直ちに彼らは謁見の間に通された。


「エンダリオ」


 彼の母の声がした。涙ぐんでいそうな、いや、哀れな彼の姿を見て泣いているのだろう。


「エンダリオ。ウインダリナが残した魔力だ」


 父の表情のない顔が目に映る。何かが額に押し付けられた。

 温かい。彼の体に力が戻る。だが、僅かだ。

 だから、彼は一番に聞きたかったことを口にした。


「母上、私が国一番の魔力を持っているのではなかったのですか?」


 彼はそう聞いていた。だから、彼は・・・。


「フーラル」


 冷たい父が彼の母の名を呼ぶ。


「だ、だって、可哀想じゃありませんか! こんな体で生まれ、魔力も弱いなんて!」


 ああ、兄が言ったことは本当だったのだ。なら、私のしたことは・・・。


「お前はウインダリナから魔力を取り返すつもりだったのか?」


 父の言葉に彼は頷いた。

 あの時、魔力から誰を攻撃しているのかすぐに分かった。だが、止める気はなかった。魔力(ちから)を取り戻したかった。

 だから、彼の主が誰を斬ったのかも知っていた。


「エンダリオ・・・」


 彼の主にこんな声を出させるつもりは無かった。


「ミミア嬢、いえ、クラチカ伯爵令嬢から騎士団に扮した一団が近くの街道を通ると聞き、王太子殿下と共に討伐に出ました」


 彼に与えられた魔力はほんの僅か。彼はもう話すのも辛くなってきた。


「私は魔力から、その一団が王太子殿下の代わりにマダラカ公を訪ねたウインダリナ一行だと分かりました」

「ちょっと待て!俺は弟を切ったということなのか?」


 悲痛な友の声がした。友に真実を話すことは出来ない。嬉々として弟君の腕を切り落としていたなどと。

 それに友に真実を話すより彼にはどうしてもしなければならないことがあった。


「防御に徹するウインダリナの魔力を抑え、王太子殿下が剣でウインダリナを斬りつけられるようにしました。王太子殿下はウインダリナを斬りましたが止めは刺さずその場を後にされました」


 彼はあの時、止めを刺さなかった主に憤りを感じていた。すぐに強い魔力が彼一人のモノになったのに、と。だが、あの姉がジワジワと少ない魔力を失い死の恐怖と対峙していると思うと仄暗い喜びも感じていた。


「だが、殿下の剣は斬った相手の魔力を奪い続ける魔法剣。重傷を負ったウインダリナの魔力が枯渇し、治癒の魔法をかけても効果は表れず、今朝息を引き取りました」


 彼の父が淡々と事実だけを語っている。

 彼の戻るはずの魔力は強くならずに弱くなるばかり。傷を治そうとする姉に盗られているものと思っていた。


『己の命よりもウインダリナを守れ』


 彼がかつて父から言われた言葉。彼は姉が主の婚約者だから言われた言葉だと思っていた。

 だが、それは違った。姉を守ることは彼を守ることでもあった。


「フーラル、エンダリオの世話を命じる。エンダリオより先に逝くことを許さぬ。魔力を受渡しエンダリオを出来るだけ生きさせよ」


 彼の母が悲鳴を上げた。

 相性の合わない相手との魔力の受渡しは、その効果をほとんど認められない。お互いに激痛を伴い、渡すほうは魔力を大量に消費するのに相手に渡る魔力はほんの僅かでしかない。貴族のお嬢様として育った彼の母では堪えられないこととなるだろう。


「か、かっか、なぜ、ですか」


 縋り付くような母の声。彼には見えないが、彼の母は父に縋り付いているのだろうと予想がついてしまう。


「おまえが虚偽をエンダリオに教えたために、私は大切な子供を二人も失った」


 彼の魔法の才を一番に認めてくれたのは父であった。兄よりも姉よりも細やかに魔法を使える彼を父はいつも誉めてくれた。彼はいつも父の(ほまれ)でありたかった。


 彼は残る魔力をかき集め、頭だけでも起こし彼の主を見た。


「で、でんか、もうしわけ、ございま、せん、でした」


 魔力が無くなるのを感じながら、彼は懸命に言葉を紡いだ。

 優しい手が頭を支えてくれる。

 そんな資格が無いのに彼の主は、彼の頭を支え優しく下ろしてくれた。


「私が愚かだったのだ」


 そう主に言わせたことで、彼は己の罪深さを痛感する。

 魔力が切れる直前、彼の耳に聞きなれた声がした。


『エンダリオ、ごめんなさい。貴方に魔力を残してあげられなかった』


 彼の目から涙が溢れ出る。

 彼は生きようと思った。どんなことをしても生きようと。

 それが彼に出来るたった一つの贖罪。簡単に死ぬことなど許されない。


 どれだけ生き地獄になろうが、生きて、生き続けて、主と姉のために祈り続けなければならない。

誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m


レイアウトを変えました。内容は変わっていません。

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