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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
29/61

ウインダリナ10

 誕生日の夜遅くに届いた花が弱っていく。赤い髪の女性に合わせるかのように色褪せ枯れていく。


「ウイン」


 黒髪の青年が冷たい頬に手を当てる。もう重みを感じることはない。侍女たちが入念に手入れをしているからその肌は痩せ痩けていても綺麗だった。

 もう一度、目を開けて欲しい。声を聞かせて欲しい。

 息をしているのが奇跡と言われているこの状態でそれは望めなかった。


「父上、離宮(でんか)に何を連絡したのですか?」


 フアマサタ公爵も誕生日以来、屋敷にいることが多くなっている。あと報告を待つだけの状態になったことと、いつ命が消えるかも分からない娘の側に少しでもいたいのだろう。


「…、舞踏会に参加出来ないと詫び状を出した」

「エスコートの申し込みもないのに!」


 黒髪の青年は声を荒たげた。学園主催の舞踏会まで幾日もない。赤い髪の女性の婚約者からは、エスコートの申し込みや舞踏会で着るドレス、いや、舞踏会をどうするかのことさえ聞いてこない。相手は婚約者がベッドから離れられない状態であることさえも記憶から抜け落ちているかもしれない。


「礼儀を忘れているからと、こちらが礼儀を忘れていいわけではないだろう」


 諭すようなフアマサタ公爵の言葉に黒髪の青年は唇を噛む。その通りだ。その手紙を受け取ったことで、赤い髪の女性のことを思い出して欲しいとの願いもあるのだろう。


「ウインダリナが関わった品が処分されたそうだ」


 黒髪の青年は目を見開いてフアマサタ公爵を見た。

 何故? どうして? 


「従者が聞いたら、本人がすぐに側にいるようになるから良いのだと…」


 黒髪の青年は顔をしかめた。

 今すぐに何を言っているのだと胸ぐらを掴み詰りたい。見舞いのカード一つも寄越さず、思い出の品を処分し、それが側にいるようになるからだと! ふざけるのもいい加減にしろと。


「件の令嬢の髪は、綺麗な赤みがかった金だそうだ」


 フアマサタ公爵は一点を見つめていた。黒髪の青年もその視線を追う。枯れかけた花、くすんだ色になりつつあるが元の色は…。

 花弁が一枚、ヒラリと散った。



「どうだ?」


 医師は細い手を取りながら脈を測っていた。


「弱いですか…」


 医師は言葉を濁す。いつ止まっても可笑しくないほと弱々しい脈。それでも生を繋いでいるのは奇跡としかいいようがない。


「直ぐに戻る。エンドール、行くぞ」


 黒髪の青年は赤い髪の女性の頬にそっと手を当てた。


「ウイン、直ぐ戻るから」


 医師たちは黙って頭を下げて彼らを見送った。

 城の小さな部屋には、国王とサーチマア侯爵、ザラヘル伯爵がすでに席に着いていた。王妃の姿はない。


「呼び出してすまない。ウインダリナは…」

「息をしているのが奇跡だと…」


 国王は痛ましげな顔をして頷いた。


「エンダリオの魔法はいつまで持つ?」


 黒髪の青年は聞きたくなかった。


「半日から一日、魔法を使えばその分短くなるでしょう」


 赤い髪の女性の命が消えてから、行われることを。


「では、半日後に拘束する」


 まだ生きている、息をしている。死んだ後のことを決めないで欲しい。


「ハラルドは廃嫡とし、エンドールを王太子とする」


 黒髪の青年は弾かれたように顔を上げた。


「な、ぜ…?」


 承諾したくなかった。それは赤い髪の女性がいなくなってしまうことを前提としている。


「恐らくハラルドも長く持つまい。件の薬を飲ませ続ければ数年は生きるかもしれぬが、あの令嬢を側に置かねばならぬ。それを認めることは出来ぬ」


 もしかしたら、赤い髪の女性が死んだら金髪の青年は新しい王太子の花をその令嬢に贈るかもしれない。その数年の間に次代の王太子がその令嬢に宿る可能性もある。だが、国王はそれを許すことは出来なかった。

 黒髪の青年は国王の血管が浮き出るまで握り締めた手を見つめた。その手はブルブルと震えている。


「ウインダリナが嫁いでくるのを楽しみにしていた。妃もハラルドも、だ。それが…、断じて認めぬ」


 国王は大きく息を吐き出し、握り締めていた手を解いた。


「エンドール、これは王命である。ハラルドを廃嫡後、直ちに王太子として立太式を行う」


 王命と言われたら従わざるをえない。


「…、ぎょい」


 黒髪の青年は逃れられない運命に目を閉じた。



 花弁が散っていく。残る花弁は一枚だけになっていた。


「ふっ」


 フアマサタ公爵は赤い髪の女性宛に届いた手紙を開いて笑った。


「父上、どうされました?」

「ウインダリナに明日の舞踏会に出るように召喚状が届いた」


 黒髪の青年の眉間に皺が寄る。先日、舞踏会に出られない詫び状を出しているのに。もう件の令嬢の言うが儘なのだろうか。


『哀れな…』


 封筒に戻し差し出された手紙を黒髪の青年は受け取った時、そう呟いたように聞こえた。

 黒髪の青年も手紙を開く。見慣れた字で書かれた命令文。怒りが湧くが…、下の方に書かれた文字に捕らわれる。よほど慌てて書いたのだろう。文字が踊っている。


『届いただろうか?』


 そういえば何も送っていない。他の贈り主にはもう送ったのに。


「父上、明日の舞踏会、ウインの代理として出席してもよろしいでしょうか?」


 件の令嬢の言いなりなのかもしれない。けれども、僅かに赤い髪の女性への思いがあるのなら…。


「礼も伝えてくるがいい」


 黒髪の青年は今にも散りそうな花を見た。



 次の日の早朝、最後の花弁が音を立てて床に落ち、赤い髪の女性が静かに永遠の眠りについた。

 鐘が鳴り響いている。赤い髪の女性が死んだことを知らせる鐘が。


「エンドール、舞踏会は行くのか?」


 フアマサタ公爵は愛しそうに赤い髪を撫でていた。

 安らかな顔で逝ったのがせめてもの救いだった。

 黒髪の青年に譲るように場所を退く。


「出来ましたら」


 黒髪の青年はいつものように冷たい頬に手を伸ばす。まだそんなに時間が経っていないはずなのにゾクリとするほど冷たくなっている。


「陛下にお伝えしておく。エンダリオはクラッカー子爵と屋敷を与え縁を切る」


 夕方には赤い髪の青年の魔力も弱くなるだろう。黒髪の青年に彼らの拘束を任せるということだ。


「伝えます」


 黒髪の青年は今さら彼らに会って何を言いたいのか分からなくなっていた。言いたいことは沢山あったはずなのに何一つ思い出せない。ただ…。


「ウインにあの花を持たせたい」


 あの花を見て笑っていた。旅立つ時に持たせてやりたい。きっと贈り主もそう願うだろう。彼女の死を本当に理解したならば。


「分かった。陛下にお願いしておこう」


 叶えばいい。

 黒髪の青年はそう願った。



 舞踏会で会った彼らはあまりにも愚かになっていた。愚か過ぎて憐れみを感じるほどに。

 そして、件の令嬢は報告書以上に無知で幼稚であった。隣に立っている者が背負う()()を、その隣に立つ()()を知らない、知ろうとしない。隣に立つために努力することも、努力が必要なことも思い付かない。だから、必要な教養や礼儀作法を覚えない、覚える気もない。愚かというにはあまりにも無知過ぎて、憐れというには幼くなかった。もはや″恥″でしかない存在。だが、″恥″となっていることに気付かない、気付けない、″害″を撒くだけの者。


 件の令嬢が瞳を潤ませて近付いて来る。黒髪の青年は飛び退いた。触れられたくない、この女には。

 黒髪の青年は帯剣しなかったことを悔やんだ。帯剣していたら、その健康的な顔に醜い(あと)をつけることが出来たのに。件の令嬢を殺すことは許されていなかった。黒髪の青年も簡単には殺したくなかった。


 金髪の青年が護衛に押さえつけられた件の令嬢を助け、その腕の中に庇っている。

 それを見て黒髪の青年はもうどうでもよくなった。弟の赤い髪の青年はすでに魔法を使えない。衛兵たちに任せてもいいだろう。


 ただ一つ気になった。何故、動けなかった妹を舞踏会に呼び出そうとしたのか。噂通りに婚約破棄をしようとしていたのだろうか?

 返ってきたのは違う答えだった。

 赤い髪の女性か死んだと知ったからだろう、葬儀に参加したいと言ったのは。

 笑いが込み上げた。

 『婚約者だから』とはどの口が言うのか? その腕の中に婚約者が纏うべき色を身に付けている女性を囲いながら。婚約者が重症だということも忘れ、誕生日も祝わず、舞踏会への贈り物もせず、何が婚約者だと。


 あまりにも滑稽過ぎる。

 それに件の令嬢を赤い髪の女性が虐げていただと。

 これも嗤わせる。

 虐げる必要が何処にある? 関わる必要などなかったのだ。それでも苦言を言っていたのは側にいる者たちの″恥″とならないようにするため。

 虐げられていた証拠が本人の証言だけだと? ふざけているしか思えない。


 何故、自分は何もしていないと言える?

 何故、自分は悪くないと思える?

 何故、自分が嫌われているのか分からない?

 何故、知ろうとしない? 考えない? 思い付かない?


 不思議で堪らない。

 今も理解しようとしない。被害者たち縁者の声を聞いても当たり前のことだったと正気で言い切る。

 こんな者のために赤い髪の女性は死んでしまったのか?

 赤い髪の女性の代わりにこんな者を側に置くのか? その腕の中で庇い続けるのか?

 怒りと失望。

 愚か過ぎて嘲ることしか出来ない。


『陛下もご存知なのだな』


 冷静な声で問いかけられた言葉。金髪の青年の固く握られた手。

 今ごろ戻ってきたのか…。


『すでに動いていらっしゃいます。秘密裏にされていたのは、()()()()()()()()が分からなかったためです』


 金髪の青年の目が大きく見開かれた。赤い髪の女性たちを()が襲ったのか思い至ったのだろう。固く握られた手を見て、さらに力を入れている。

 遅い、遅すぎた。もう戻らない。もう還らない。もう逝ってしまった。全てもう遅かった。

 ポタリと金髪の青年の手から赤い滴が落ちる。


『城に行く』


 しっかりと自分の意思で歩き出した金髪の青年に背を向けて、黒髪の青年も別の出口に歩き出す。

 舞踏会ですべきことは終わった。

誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m


ルビ(ふりがな)は漢字を使わないようにしています。(ご指摘ありがとうございます)

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