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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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銀髪の老王(先王)

 彼は目の前の空席を見つめた。


 少し前までそこに座る者がいた。彼が纏う色と違う色を纏った青年が。

 彼はそれを残念に思い、それを幸運だと思った。

 彼が纏う色を受け継いでいたなら、青年はあの国ではもっと暮らしにくかっただろうから。

 青年と会う度に懐かしい面影を見つけるのが彼の楽しみだった。それが目元だったり、指の長さだったり、仕草(くせ)だったり。それが、彼の父に似ていたり、母だったり、妹だったり、彼の子供や孫だったり、彼自身だったり。一見では分からない血の繋がりを感じていた。


 彼はあの国が大嫌いだった。許されるなら、滅ぼしたいくらいに。


 あの国は彼の大切な妹を不幸にした。妹の娘も幸せだったとは言い難い。妹の孫であるあの青年も不幸ではないが幸せでもない。

 あの時、彼は反対した。いくら和平のためだとしても妹があの国に嫁ぐなどと。

 あの国には、″王太子の花″という奇妙な風習があった。それは次期国王を生む妃を決めるあの国独特の風習であった。そして、あの時あの国の王太子には既に″王太子の花″で決まった婚約者がいた。


 この国に妹しか王女はいなく、あの国にはたった一人の王子しかいなかった。血の繋がりを求めた和平のためには、妹があの国に嫁ぐしかなかった。あの国にもう一人王子がいたのなら、妹は幸せに嫁ぐことが出来ただろう。

 彼の妹は和平のために望まれて嫁いだはずだった。決して″お飾り″と嘲笑わられ虐げられるためではなかった。

 彼がその報告(はなし)を聞く度に何度攻め入ろうと思ったことか。まだ、戦の傷跡が色濃い自国の状態と妹からの手紙で踏み止まっていただけだ。


 妹が死に、残された妹の娘も大切にされなかった。だから、何度も娘をこちらに寄越すように親書を送った。剣を磨き、盾を揃え、兵を鍛えながら、あの国に親書を送り続けた。

 だが、妹の娘はあの国の有力貴族に嫁がされた。そこでは、妹の娘は大切にされたようだ。城という牢獄から出された娘はやっと幸せになろうとしていた。夫の容姿を色濃く受け継いだ息子を生み、形に成り始めた幸せに包まれるはずであった。


 その幸せは長く続かなかった。あの国の少ない王族のために王位継承権を持たされた子を庇って、妹の娘は殺されてしまった。


 親愛していた侍女に裏切られ、母を目の前で失った子は心を凍らせてしまったと聞く。

 彼は妹の忘れ形見のために何かしたかった。が、何も出来なかった。

 妹の娘の夫は子のために後妻を迎えたと報告(きいた)が、妹の孫がその後妻に懐くことはなかったらしい。

 だが、妹の孫の氷を溶かす者が現れた。それは、母親から見捨てられた妹の孫の異母妹(いもうと)


 送られてくる報告(はなし)は彼を和ませた。

 妹の孫が立ち上がったら、側でその服をしゃぶっていた赤子が大泣きしオロオロしていたとか。赤子が『にー』と妹の孫を初めて呼んだとき頬を染め口元を緩ませていたとか。


 依然あの国では妹の孫を取り巻く環境は最悪であったが、異母妹(かのじょ)の存在が()()救っていた。

 何故、異母妹(そのこ)が妹の孫に懐いたのかは分からない。だが、側にいるだけで機嫌が良くなる異母妹(いもうと)に心を開いているようだった。


 彼は、その異母妹(いもうと)が″王太子の花″に選ばれた時には大いに悔いた。彼の孫の婚約者に考えていたからだ。そうすれば、妹の孫も頻繁にこの国を訪れるだろうと目論んでいたから。

 会ったことのない妹の孫の異母妹(いもうと)は、彼のお気に入りであった。未だに彼の妹を蔑む者たちを魔法で懲らしめる異母妹(いもうと)は彼の溜飲を何度も下げさせた。その後、妹の孫に叱られ、言い訳をしながらも小さくなって謝っていたという報告(はなし)は微笑ましく彼の心を温めた。


 その異母妹(いもうと)が王太子妃となり王妃となった時、彼の妹の孫は王太子から王となる従弟を支えていくことになるだろう。それはとても残念であり、とても嬉しいことであった。彼の妹の血がようやくあの国に根付き認められることになるのだから。


 それは違う形で実現することになるだろうが…。

 彼はいつ青年に手紙を送るかを考えた。

 早すぎても駄目だろう。遅すぎたら手遅れになる。

 きっと青年は招待を受けてくれる。それはとても楽しみなことだ。また、あの青年に会えるのもある。

 彼の口角がゆっくりと上がる。


「お祖父様、何をお考えで?」


 彼と同じ色を纏った青年が呆れた笑みを浮かべていた。


「いや、彼処にお礼をしなくてはと思ってね」


 それもとびきりのお礼を。

誤字脱字報告、ありがとうございます。

ルビ(ふりがな)に漢字を使わないようにしています。報告ありがとうございます。

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