騎士見習いたち
彼らはその任を命じられた時、不思議に思った。
本当に彼らでいいのだろうか? 疑問に思っていた。
マダラカ公訪問。王太子の護衛は本当ならば正規の熟練の騎士たちが付くはずだ。
確かにマダラカ公領とは距離も近く国交も開けているため、比較的安全な道程ではある。だが、山賊や盗賊が出ないわけではなく、完全に安全な道というのは存在しない。
マダラカ公に不信感を与えないために護衛を騎士見習いにする。言っている意味は分かるが、有事の際に役に立たない騎士見習いでいいのか、彼らは本当に不安だった。
けれど、出発の日は来てしまい、彼らは王太子たちと共に立派な正騎士の衣装を纏い城を後にした。大きな不安を抱えて。
途中で関係のない女性が加わったことも彼らの不安を煽った。
王太子とその側近はその女性に掛かりっきりになり、旅は日程通りに進まなくなった。女性が望む場所で休憩し、予定外の街で買い物を始めることもあり、度々足止めされるようになった。
王太子の婚約者であるウインダリナ様が諌めているが、聞く耳を持たず王太子たちは女性の言いなりだった。
ある日、王太子たちが姿を消していた。
その時から食事も宿も全て質が落ち悪くなった。
汚れた部屋、布団のないベッド、腐食臭のする冷たい料理、有料なのに悪臭のする布団、見張りを立てなければ物が盗まれる、洗濯のために脱いだ下着さえも。
慌ててウインダリナ様が手持ちの物を売り、宿を取り直してくれた。まず売られたのは大きな荷物になっていたドレスたち。公式用の二枚だけ残して後は荷物になるだけだと売ってしまった。
急遽取られた宿は、掃除された部屋、清潔なシーツが掛けられた布団、湯気が出ている美味しそうな料理。だが、公爵令嬢であるウインダリナ様が泊まるような宿ではなかった。ウインダリナ様は彼らと同じ宿に部屋を取り、彼らと同じ食堂で同じ料理を食べていた。いや、ウインダリナ様は旅の始まりからそうだった。初めての遠征となる騎士見習いたちに気を配ってくれていた。貴族、平民関係なく話し掛け、困ったことが無いか聞いてくれていた。王太子たちは場違いな女性の世話ばかりだったのに。
ウインダリナ様が食堂に彼らを集め頭を下げた。平民も混ざる騎士見習いたちに。
「王太子殿下がいらっしゃらなくても、和平のためにマダラカ公の元に私は参ります」
静かに告げられた言葉に騎士見習いたちに緊張が走る。
「マダラカ公領に入れば何があるか分かりません。不安に思う者は戻って下さい。処罰の対象にはいたしません。むしろここまでありがとうございます」
騎士見習いたちは顔を見合わした。
「よく考えてください。この任を放棄したと思う必要はありません。明日の朝、皆さんの返事を聞かせてください。それではゆっくり休んでください」
凛とした姿で部屋に戻って行くウインダリナ様に誰も声をかけられなかった。責務を押し付けられて一番大変なのは、ウインダリナ様なのに。
「なあどうする?」
誰かが言った。
「俺はウインダリナ様をお守りする」
そう叫んだのは、ゼラヘル伯爵の次男だった。王太子の側近である兄の態度に始終怒っていた彼は、いない王太子や兄の代わりウインダリナ様を守らないといけないと思っていた。
「おれも」
一人の男性も手を上げる。
「戦力にはならないけど、ウインダリナ様の盾にはなれるんじゃないかな」
照れながら話す内容に同意する者がほとんどだった。
この国一番の強大な魔力を持つウインダリナ様に護衛は必要無いかもしれない。けれども彼らはウインダリナ様を支えたいと思っていた。
翌日、全員がウインダリナ様と共に行くことを選んだ。彼らは後日この決断を後悔することになる。
「皆さん、よろしいのですか?」
頷く騎士見習いたちを見て、ウインダリナ様は嬉しそうに笑った。城を出発して、彼らに初めて見せたウインダリナ様の笑顔だった。
マダラカ公領に準備されていた宿も最悪だった。ウインダリナ様が私物を売り、宿を取り直す。それを繰り返して、マダラカ公が住む城に着いた。
門番は親書だけ受け取り、使節団は城に入ることを許さなかった。ウインダリナ様は毎日城門に向かい面会を求めていた。諦めることなくウインダリナ様は城門に通い詰めた。騎士見習いたちは、ここにいない王太子たちに不満と不信を募らせていった。
マダラカ公が敵国ナルニアマルシタ国と手を組んだことが明らかになった時、ウインダリナ様はすぐに退却を騎士見習いたちに命じた。
「一刻も早くマダラカ公領を出ます。襲撃を受けるかもしれません。注意を怠らないように」
ウインダリナ様から直ぐに旅立てるようにと言われていたから、準備はすぐに終わった。国境を目指して急いで旅立つ。
「街で襲われることはないでしょう。領内を戦場にしたくないはずですから。人が多い昼間に距離を稼ぎます」
ウインダリナ様の指示通りに進んでいく。昼間でも人通りが少ない街道で何度か襲われかけた。ウインダリナ様の魔法で剣を交える前に回避出来ていた。
やっと国境を越え国に戻った時、全員がホッとした。近くの街で宿を取りうまい物を食べようと笑いあった。
悪夢が待ち受けていた。
血に濡れた剣。虫けらを見るように冷たく見下す目。
なぜ?
なぜ、このような仕打ちを受けなければならないのか?
口封じのためなのか?
王太子たちの代わりにマダラカ公の所に行って来たのにその対価がこれなのか?
動けない体。けれど、望むのはたった一つ。
ウインダリナ様だけはお守りしなくては。
ウインダリナ様だけはお助けしなければ。
彼らがいなければ、ウインダリナ様は逃げられたかもしれないのに。
強大な魔力を持つウインダリナ様お一人なら戦うこともせずに逃げることが出来たかもしれないのに。
我らがいたために…。
盾にもなれていない…。
彼らは命は失っても良かった。
たった一人、たった一人の方が助かれば。
「ウイン、ダリナ、さま」
一人、一番近くにいたものが這って倒れたウインダリナ様の側に近づいた。斬られた場所が動く度に悲鳴をあげる。
「いま、おたすけを」
「み、みなに、つたえて」
「ウインダリナ、さま?」
「あなた、たち、が、いた、から、がん、ばれ、た。あり、が、とう」
皆が動けるようになると城に集められた。
弔いの鐘は二度鳴り、彼らが助けたかった人は亡くなってしまった。その後を追うように許せず憎んでいた王太子も死んでいった。
どうしてああなってしまったのか理由を教えてもらったが、納得なんか出来なかった。
「皆の者、すまなかった」
玉座に座る国王の言葉に彼らは奥歯を噛み締めた。
彼らが国王を罵ることは出来ない。喉まで上がってきている言葉を彼らは必死に呑み込む。
彼らの処遇が伝えられた。
平民でも一生の生活は保証された。それだけでは気持ちはおさまらない。けれど、彼らに不満を口にすることは出来ない。
すっと、彼らの前に二人の男が出てきた。
「ウインダリナを連れ帰ってくれてありがとう」
ウインダリナ様の父であるフアマサタ公爵と兄のエンドール様が頭を下げている。
なぜ? ウインダリナ様が彼らを連れ帰ってくれたのに?
「おれたちは、ウインダリナ様を守れなかった。おれたちがいなかったら、ウインダリナ様だけなら…」
一人が漏らした言葉にエンドール様が首を横に振る。
「それは違う。お前たちがいたから、ウインはマダラカ公に和平を願うことが出来た。お前たちがウインダリナを支えていた」
ありがとう。
彼らはウインダリナ様を守りたかった、助けたかった。
なのに、なのに…。
「これからもウインダリナが望んだ平和を守るのに力を貸してほしい」
一人が堪えきれずに嗚咽をあげた。
真新しい墓標の前に人が集まる。
眼帯をしている者、片腕がない者、片足がない者、車椅子の者、……………。
「ウインダリナ様…」
一人一人、花を墓標に供えていく。
「あなた様は、我らがいたから頑張れたと遺された。我らは、ウインダリナ様を守りたかった。お助けしたかった。ウインダリナ様を殺した者たちを、我らをこんな体にした者たちを許すことは出来ません…」
俯いていた彼らは顔を上げ、墓標を見つめた。
「けれど、ウインダリナ様がお守りになったこの平和を我らは守っていきます」
誤字脱字報告、ありがとうございますm(__)m