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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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ウインダリナ7

「若様、落ち着かれましたら登城するように旦那様から言付かっております」


 家令の言葉に黒髪の青年はため息を吐いた。報告に城に行く必要があることは分かっている。だか、この場を離れたくなかった。


「ウインの怪我は?」

「腹部を剣で斬られたようで。もう少し深ければお命が無かったと聞いております」


 即死にならなかっただけで相当酷い傷だと分かる。

 青年の妹に、この国一番の魔力を持つ赤い髪の女性にそんな傷を負わせるほどの手練の存在を青年は聞いたことがない。


「治療は?」


 青年の妹に治癒魔法がかけられている様子がない。

 治癒魔法には傷や病を瞬時に治す力はない。傷や病が悪化するのを防ぎ、治そうとする回復力を高める魔法だ。その魔法がかけられていた痕跡すら見つからない。


「…。お嬢様に魔法での治癒は効きませんでした」


 その言葉に眉を寄せる。

 治療魔法の治療が効かない? それはおかしい、おかしすぎる。魔力が奪われ続けていることになる。

 そんな魔法を青年は知らない。そのような効果のある魔法剣なら知っているが、その剣の使い手が青年の妹にまず使うはずがなかった。


「エンダリオは? エンダリオを呼び戻したのか?」


 青年の弟、赤い髪の青年は優れた魔法使いだ。何か良い魔法を思いつくかもしれない。それに赤い髪の女性の双子の弟、苦痛を伴わずに魔力を共有できる。治癒魔法をかける間だけ、魔力を補充させたら…。


「……。エンダリオ様は、離宮に。王太子殿下の護衛につかれたままです」


 歯切れの悪い答えに青年は舌打ちをしてしまう。

 青年はもう一度部屋を見渡した。

 所狭しと飾られた花たち。全て赤い髪の女性のために贈られたもの。その中にあるはずの花がない。いや、この場に居てもおかしくない者たちが居ない。使節団を襲った賊の討伐に出ているのなら仕方がないが、家令の言い方だとそうでは無さそうだ。


「賊のことは?」

「国王陛下が指揮を執っておられます」


 家令の言葉に青年は城に行くしかないと悟った。

 負傷したと聞いていない王太子ではなく、国王が指揮を執っている。それはどういう意味なのか。

 屋敷に戻る道中、使節団が襲われた話は幾度か聞いたが、襲った賊については噂でも流れていなかった。賊の目星はついており公に出来ない者たちだったから箝口令が出されている可能性がある。


 公に出来ない者たちとは?

 嫌な予感がする。


「離宮に寄ってから城に向かう」


 青年はまず離宮に行って確認したいことがあった。それに離宮にいる弟を屋敷に戻るように言わなければならない。


「ウイン、すぐに戻る」


 青年は冷たい頬を優しく撫でた。



 離宮の門の前で馬車は止まった。

 急な来訪であったが、いつもなら中に入れるはずだった。


「申し訳ありません。クラチカ伯爵令嬢様以外はお通しするなと命じられておりまして」


 門番たちは申し訳なさそうに頭を下げている。

 黒髪の青年は仕方なく馬車を降りて、門番たちの前に立った。姿を見せた方がいいだろうと思って。


「では、王太子殿下とエンダリオにエンドールが来たと伝えてもらいたい」


 ペコペコと頭を下げて門番の一人が屋敷に走って行く。

 入れ替わりで深緑の髪の青年が門に走り寄ってくる。


「エンドール様、お帰りください」


 門の格子を握りしめて叫ばれた言葉に黒髪の青年は眦を上げた。


「ミミア嬢が来る前に。ミミア嬢に会ってはいけない。彼女のお茶を飲んではいけない。だから早くお帰りください」


 深緑の青年が言っている意味が分からない。


「モイヤ殿、落ち着いて」


 ミミア嬢というのは、最近王太子に纏わりついているクラチカ伯爵令嬢の名だったか?


「みんな、みんな、おかしくなった。お茶を飲んで、お菓子を食べて。ただそれだけなのに」


 だが、必死に訴えてくる姿は無視出来ない。何を一体伝えたいのか。


「調べた。おかしいと思ったから。大丈夫だったのに。()()()()()()()()と出たのに、なんで?」


 何を? 問い掛けようとした時、黒髪の青年のすぐ側に電撃が落ちた。馬車の馬たちが驚いている。


「兄上、お引き取り下さい。殿下はお会いにならないそうです」

「エンダリオ!」


 屋敷の入り口に赤い髪の青年が立っていた。

 王太子が会わないと言う言葉に怒りを感じるが、赤い髪の青年が公爵家に戻るほうが重要だ。


「(公爵家の)屋敷に、ウインの所に戻れ。エンダリオ」


 赤い髪の青年はその言葉を楽しそうに笑いながら聞いている。


「ウインが重傷なのだ。早く屋敷に…」


 黒髪の青年の足元に小さな電撃が落ちた。


「お断りします、兄上。モイヤ、戻るぞ」


 すっと向きを変えて、赤い髪の青年は(離宮の)屋敷の中に戻ろうとしている。


「エンダリオ!」


 黒髪の青年は赤い髪の青年に向かって魔法を使おうとした。


「エンドール様、お止め下さい。陛下の命です」


 黒髪の青年が振り向くと、近衛隊の制服を着た騎士が息を切らして側まで来ていた。馬を引いている。城から急いで来たのだろう。


「しかし…」

「すぐに登城を。陛下がお待ちです」


 そう言われるとこの場を引かざるをえない。


「王太子殿下にこの書状を」


 騎士は書状を門番に渡すと、黒髪の青年をじっと見ている。

 黒髪の青年は息を吐くと馬車に乗り込み城に向かわせた。



 城に着くと小さな部屋に通された。そこには、国王夫妻、父であるフアマサタ公爵、サーチマア侯爵、ゼラヘル伯爵が席に着いていた。


「エンドール、ご苦労であった。色々聞きたいことがあると思うが、まずグラシーアナタ国のことを」


 黒髪の青年は、父である公爵を叔父である国王を問い詰めたい気持ちを抑え、グラシーアナタ国のことを報告した。


「グラシーアナタ国は友好国のままであることを示してくれたのだな。今後の我らの対応で牙を向くかもしれぬが」


 ホッと息を吐く国王に黒髪の青年は頷く。この国が間違えなければグラシーアナタ国は敵にならない。


「マダラカ公は愚息の責で決裂した。」


 重い息を吐きながら放たれた国王の言葉に黒髪の青年は目を見開いた。


「あの話は本当になのですか?」


 黒髪の青年は信じていなかった。王太子が国境近くの山荘で女と戯れていたなどと。


「グラシーアナタ国にも伝わっておるか。クラチカ伯爵令嬢の誕生日だったそうだ」


 何故? その思いが強い。責務を疎かにするような者ではなかったのに。


「召喚しておるのだが応じぬ。だが、強引に連れてくることも出来ぬのだ」


 その言葉も不思議に思う。国王命に従わないのなら騎士団を向かわせたら済むことだ。確かに王太子の側近は弟の赤い髪の青年を含め実力者ばかりだが騎士団には叶わない。


「エンダリオに魔法を使わせられない」


 どういうことなのかと黒髪の青年は父であるフアマサタ公爵を見た。フアマサタ公爵は重たい口をゆっくりと開いた。


「エンダリオは生まれつき僅かな魔力しか持っていない」


 それはつまり…?


「エンダリオが魔法を使えるのはウインダリナの魔力を使っているからだ。今はエンダリオが魔法を使う度にウインダリナの命を削っている」


 信じられないと黒髪の青年はフアマサタ公爵を見てしまう。


「これ以上ウインダリナを苦しめたくない」


 国王の悲痛な言葉に黒髪の青年は悟った。騎士団を向かわせたら弟である赤い髪の青年は魔法を使うだろう。そうなれば、赤い髪の女性は、黒髪の青年の妹はすぐに魔力切れを起こし死んでしまう。


「エンダリオはそのことは?」


 黒髪の青年に平気で魔法を使ってきた赤い髪の青年がそのことを知っているように思えなかった。


「教えるように言ってあったが、知らぬのであろうな。今伝えても屋敷に戻すための虚言と思うであろう」


 誰が赤い髪の青年に言わなかったのかすぐに分かった。


「父上、ではウインダリナは…」


 ガタンと立ち上がった黒髪の青年にフアマサタ公爵は咎めもせず、目を合わせ静かに告げた。


「長くない。だが、出来るだけのことをしたい」


 黒髪の青年は力が抜けたように椅子に座った。机に両腕を付き、重ねた手の上に額を乗せる。


「誰がウインを…、誰がウインダリナを斬ったのですか?」

「あの者をここへ」


 国王が誰かを呼ぶように指示している。

 黒髪の青年は賊の一人かと思い顔をあげ、従者が開こうとしている扉を睨み付けた。

 現れたのは顔半分を包帯に包まれ、片足を無くした若者だった。年は黒髪の青年よりずいぶん若い。こんな若者に赤い髪の女性が傷つけられたとは思えない。

 椅子を勧められ、体を小さくしながら座っている。


「今、動ける者です。ほとんどの者がまだ起き上がれません」


 ザラヘル伯爵がここからは仕切るらしい。


「名と所属。()()()()()に着いていたか話してくれ」

「マイタです。騎士見習いでした」


 家名が無いということは平民だ。それに騎士見習い? 騎士見習いが何故こんな大怪我を。


「マダラカ公訪問の使節団の護衛として従事しておりました」


 聞いた瞬間、黒髪の青年はバカなと思った。王太子の公務に騎士見習いなどふざけている。それが国内の近場なら演習という形であるのかもしれないが、外交でそれはあり得ない。


「マイタよ。マダラカ公訪問で何があったのか話してくれ」


 黒髪の青年は、茫然とマイタという若者を見ていた。

 マイタが話した内容は到底信じられない、信じたくない内容だった。


「ウ、ウイン、ダリナ様は、われ、らを、たすけ、る、ために、おん、み、を」


 ボロボロと涙を流しながら守るべき赤い髪の女性に助けられたとマイタは告げていた。


「まて、ハラルドは、ウインと知っていて斬り付けたのか?」


 黒髪の青年が敬称を忘れ王太子の名を呼び捨てたことを誰も咎めなかった。いや、咎められなかった。それほど、マイタの話は誰もが衝撃だった。


「い、いえ、だれ、か、が、ウイン、ダリナ、さまに、ばけ、て、いると、おも、わ、れた、よう、です。だ、から、ま、ほうが、とけ、ない、ことを、おこっ、て、みえ、ました」


 マイタの言葉は誰の救いにもならなかった。

 そこにいた者たちに更なる衝撃を与えただけだった。

誤字報告ありがとうございますm(__)m

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