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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
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ウインダリナ6

 この国から近いマダラカ公領出発までまだ数日残っていた。

 赤い髪の女性は諦めきれなかった。自分と想い合った人が、この国の未来を共に語った者たちが、国を民を傷つけること選ぶはずがないと信じていた。いや、その思いに必死に縋りついていた。

 たが、青年たちは女性の話を聞こうとせず、赤みがかった金髪の女性は青年たちに守られ近づくことさえできなかった。何も出来ないまま日が過ぎていき、とうとうマダラカ公領へ出発する日がやってきた。

 国王夫妻に挨拶し、金髪の青年と一緒に豪華な馬車に乗り込む。走り出した馬車の中で問いかける。


「ハラルド王太子殿下、どうあっても王命を破られるのですか?」


 向かい側に居心地が悪そうに座っている金髪の青年に話しかける。前までは何処に行くのでも肩を寄せあい、視線を合わせ、楽しく話をしながら馬車に揺られていた。不機嫌な顔を取り繕うこともせず窓の外を見ていた顔が女性の方を向く。ただ冷たかった目には険呑な光が宿り、女性を睨み付ける。


「私の決めたことに…、口を出すな」

「しかし!」

「くどい!」


 女性は本当は言いたくなかった。口にしたら二人の仲を認めてしまったようで。けれども口にしないともう止められないと感じた。


「戦になれば、クラチカ伯爵令嬢も巻き込まれるかもしれないのですよ!」


 クラチカ伯爵令嬢と聞いた途端、青年の目から険呑な光が消え柔らかくなる。それを見た女性は顔が歪むのを抑えられなかった。


「ミミアは…、はな、花が欲しいと言っていたな。王太子でしか手に入らない花が」


 その言葉に口元に両手を当て、声にならない悲鳴を女性があげたのを青年は気が付かない。その顔が色を失い、哀しみに染まっていくのも。


「私でしか手に出来ない花を贈ろう」


 女性の瞳から涙が零れ落ちた。青年から顔を背け、必死に嗚咽を我慢する。

 馬車が止まる。


「殿下」


 扉の向こうから青年を呼ぶ声が聞こえたが、青年は動けなかった。目の前で体を小さくして肩を震わせている女性の姿に釘付けになっていた。女性の頬には筋になって涙が零れ落ちていく。


「……」


 青年が女性に触れようと腕を伸ばした時、扉の向こうから甘い声が聞こえた。


「ハラルドさま」


 青年の動きが止まる。伸ばした手が震え、青年は愕然とその手を見つめていた。


「ハラルドさま?」


 甘い声が再度青年を呼ぶ。

 青年は何度も女性の方を振り返りながらも扉を開け、馬車から降りていった。それからは青年は女性と一緒に馬車に乗ることはなかった。


 いつの間にか青年たちはマダラカ公訪問の使節団から姿が消えていた。それでも女性は、マダラカ公領を目指した。

 女性は、マダラカ公に会うことが出来なかった。マダラカ公が住む城の中に入れてもらえず、国王の親書だけを従者に渡すことが出来た。

 固く閉ざされた城門の前で面会を求める声は無視され、門番は女性に罵声を飛ばす。城壁から汚水をかけられることもあった。けれど、女性は時間が許す限り、資金がある限りマダラカ公に面会を求めていた。


 ある日、城壁にマダラカ公が現れた。

 女性は、切実に和平の橋渡しを願った。だが、マダラカ公は侮蔑の眼差しを女性にぶつけた。


「お前が持ってきた親書には、王太子が来るとなっている。我らがその王太子が何処で何をしているか知らないとでも思っているのか!」


 冷たく言い放たれた言葉に背筋を凍りつかせながらも、それでも女性は民のために和平を求めた。だが、マダラカ公の隣に現れた者を見て、この訪問が失敗に終わっていたのだと悟った。マダラカ公と親愛の笑みを浮かべて握手をしているのはナルニアマルシタ国の王族だった。


「我は誠意を見せた国を支持する」


 女性は謝罪の言葉を重ねたが、二人は嘲笑の笑いを残して城の中へと姿を消した。

 女性は直ぐ様帰路についた。急いでマダラカ公領を出なければならない。敵国を支持することにしたマダラカ公領に長居するのは危険すぎた。それに護衛についている者たちはマダラカ公に敵意を無いと示すため戦いに慣れていない騎士見習いばかりだった。自分はともかく彼らを危険な目に遭わすことをしたくなかった。


 何度か襲撃を躱しながら、女性たちはやっと国境を越え国に戻ってきた。一番近い街に宿を取るために使いを出そうとしかけた時、襲われた。

 街に向けて襲撃されたことを魔法で知らせる。

 団を襲った魔力は馴染みが深いものだった。だから、間違いだと思いたかった。護衛たちに剣を振るう姿を見間違いだと信じたかった。


「お止めください!」


 その声は届かない。

 女性の姿に襲撃者が目を見開き雰囲気が変わる。剣の封印を解き、憎悪の眼差しで女性に切りつけてきた。


「お止めください! ハラルド王太子殿下!」

「何故、その姿なのだ!」


 女性は魔法を使いながら剣を避けるが、襲撃者の剣は魔力を吸い取る魔法剣。その剣に切りつけられたら生きている限り魔力を吸いとられ、最後には魔力切れを起こして死んでしまう。女性を守ろうとした護衛に襲撃者の剣が向けられる。女性は剣の前にその身を晒した。激しい痛みに気が飛びそうになる。けれど、止めさせなければならない。これ以上彼らに民を傷付けさせてはならない。


「お、お止め…くださ…い」

「穢らわしい罪人が彼女に化けるなど許さぬ」


 喉に剣を突き付けられ、怒気の籠った低い声でそう告げられる。


「早く術を解け! ……に化けるなど、私は許さぬ」


 突き付けられた剣よりも自分が誰か分かってもらえないのが哀しかった。眦を吊り上げ憎悪の目で睨まれるのが辛かった。


「ハ…ラルド…様、お…やめ…くだ……」


 必死に訴える言葉は届かない。彼ら(ごえい)たちだけでも助けなければ…。

 襲撃者は眉を寄せ、剣を引いた。


「彼女の姿を血に染め上げるのは…。興ざめだ。帰るぞ」


 女性は傷ついた護衛たちにまだ残る魔力で応急処置を施していた。街からの応援を見た時、女性はゆっくりと意識を手放した。



 黒髪の青年は、祖母の母国で饗しを受けていた。居心地はいい。ここでは誰も青年を要らない王妃の孫だと扱わない。それどころか、王女の孫として丁重に扱われている。


 貴重な情報も手に入れた。毒ともいえる麻薬がマダラカ公領を挟んだ先の国で流行っているらしい。催眠効果が強く、意のままに人を操ることが出来るそうだ。操り人となった者が犯罪を起こし問題になっていると聞いた。その麻薬が国に入り込んでいないか、しっかり調べる必要があった。


「この国で暮らさないか?」


 先代王である大伯父の申し出は嬉しかった。だが、青年は心に決めていた。


「国に戻ります」


 青年にはどうしても守りたい者、守りきりたい者がいた。だから、はるばるこの国まで来た。


「あの国はもう駄目だ」


 大伯父の言葉に愕然としながら、その理由が話されるのをじっと待った。


「マダラカ公訪問の使節団はマダラカ公に到着し、面会を求めたが叶わなかった」


 マダラカ公にナルニアマルシタ国への和平交渉が失敗に終わったと分かった。次の大伯父の言葉に青年は顔色を失った。


「王太子はマダラカ公の元を訪れず、国境近くの山荘で女と遊び呆けているらしい」


 聞いたことが信じられなかった。

 ガタン、手をついて立ち上がる。


大伯父(おじうえ)、国へ、至急国に戻りたく…」


 滞在期間はあと数日あった。だか、一刻も早く国に戻りたかった。マダラカ公領へ向かったはずの赤い髪の女性、青年の大切な妹が、何処で何をしているのか早く知りたかった。

 急いで国に戻る指示をしていると、再従兄弟にあたるこの国の王太子が現れた。


「馬を貸してやる」


 その言葉に嫌な予感しかしない。


「マダラカ公領を訪れた使節団が襲われた。赤い宝玉は虫の息らしい」


 グニャリと青年の視界が歪む。

 そんなことがあるはずが無かった。青年の妹は強い。強大な魔力を持っているため、強力な魔法を何度も使える。相当の実力者が数人いなければ怪我など負うはずもない。


 再従兄弟は机に置いてある綺麗に包装された箱を青年の手に押し付けて急げと急き立てた。

 青年は挨拶もそこそこに馬に跨がり走らせた。グラシーアナタ国の騎士たちが先導し宿場町で馬を取り換え、国境を越えた。馬車で十三日ほどかかる道程を五日で走り終え、ヨレヨレの姿で公爵邸に辿り着いた。

 使用人たちが止めるのも聞かずに部屋の扉を開ける。

 真っ青な顔色をした青年の妹がベッドに横たわっていた。


「ウ、ウイン」


 前に立ち塞がる侍女を押し退けてベッドに近づこうとする。


「エンドール様、その汚れた体ではお嬢様のお体に障ります!」


 その言葉に青年はやっと足を止めた。


「まずお体を綺麗に。でなければお嬢様とは会わせられません」


 侍女は青年から視線を外さない。例え罰せられても青年の前から退かないと言っている。


「くっ! すぐ戻る」


 青年は手を握り締めると踵を返し、自分の部屋に向かった。浴槽に入り急いで汚れた身を綺麗にする。

 濡れた髪もそのままに直ぐ様さっきの部屋に戻る。

 さっきは気がつかなかったがその部屋は花で埋まっていた。色とりどりの花で壁を埋め尽くしている。

 青年はある花を探したが、それは飾られていなかった。そのことに違和感を抱く。

 必ずあるはずなのに。


「ウインは?」

「まず髪を乾かします」


 妹付きの侍女がさっと魔法で濡れた黒髪を乾かす。


「お嬢様は予断を許さない状態だそうです」


 ベッドに近づくと青年の妹は浅く早い呼吸を繰り返し苦しそうにしている。


「ウイン」


 色を失った頬に手を当てる。冷たい。


「ウイン」


 呼びかけに何時もなら元気な声が返ってくるのにそれがない。

 だが、頬に当てた手に重みがかかる。それは偶然なのかもしれない。だが、その重みがお帰りなさいと言っているように青年は感じた。


「ウインダリナ、ただいま」


 青年の手にかかる重みが増したように感じた。

誤字報告ありがとうございますm(__)m


ルビ(ふりがな)に漢字を使わないようにしています。ご報告ありがとうございます。

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