黒髪の公爵
グラスに入れた氷がカランと音をたてた。
彼には、三人の子供がいた。その三人ともを失ってしまった。
いや、喪ったのは一人だ。たった一人の可愛い娘。子供たちの中で誰よりも元気で明るかった娘はその目を再び開けることなく今朝静かに息を引き取った。だが、あとの二人の息子も失ったのと同じだった。
息子の一人もあとどれだけ生きられるか。骨が軟らかすぎる難病と体が潰れないように保てるだけの魔力しか持たない子供。それでは喋ることも指一本動かすことも出来ない。今までは魔力の多い娘がいたから普通に、普通以上の生活が出来た。双子の魔力のやり取りは苦痛を伴わない。優れた魔法使いとして活躍も出来ていた。だが、その娘はもういない。これから母親からの僅かな魔力で生きていくことになるが、それでも体は徐々に弱っていくだろう。それで、何年、いや何ヵ月生きていられるだろうか? 魔力の受渡しに生じる激痛を耐えさせ生かすのは、彼が息子に与えた罰だった。
もう一人の息子は近いうちに完全な王族となる。息子がなりたくなかった王族に。彼は父親だが今後は臣として息子に仕えることになる。
彼は三人も子供がいたのに三人とも失ってしまった。
また、カランと氷が音をたてた。
「父上、ここにいたのですか?」
彼の息子が部屋に入ってきた。彼と同じ黒髪・黒い瞳の息子。亡くなった妻に似ているのは少し垂れている目だろうか? 亡くなった妻は、産んだ息子が彼に良く似たことをすごく喜んでいた。彼女の母の血が出なくて良かったと。
「お前も飲むか?」
息子にそう言いながらも彼は、グラスに手を付けられないでいた。凄く酔いたいのにどれだけ飲んでも酔えない気がした。
二人でグラスを合わせる。本当なら、今夜はあと二人加わり祝いの飲み会になるはずだった。
だからか飲み慣れた酒のはずなのにえらく苦く感じた。
「エンドール、すまなかった」
何に対して謝っているのか、彼も分からなかった。二人目の妻に次男を任せていたことか、自分で次男に魔力と体のことを教えなかったことか。それとも、王太子殿下たちがおかしいと知りながらも手を打たなかったことか、娘を公務に行かせてしまったことか。それとも息子の母親が殺されたことか、その後のことなのか。この息子に謝る内容が多すぎて彼にはわからない。
「父上。私はウインとエンダリオの兄になれて良かったと思います」
息子の言葉に彼は救われる。だが、息子は? 息子を救っていた娘はいなくなってしまった。息子はまた孤独になった。
「ウインダリナはいつも願っていたよ」
息子はその言葉を思い出したのだろう。自嘲の笑みを浮かべている。自分にはその権利はないと言うように。
『お兄様、私は幸せになります。お兄様も幸せになってください』
「エンドール、お前は誰よりも幸せにならなければいけない。ウインダリナのためにも」
それが息子が何より大切にした娘の願いなのだから。
彼はそうなるように尽力するつもりだ。それがどれだけ険しくても。彼はもう失いたくなかった。
誤字報告ありがとうございますm(__)m