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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
19/61

ウインダリナ5

 赤い髪の少女はとても美しい女性に成長した。赤い宝玉と吟われ、学園に通うほとんどの者が彼女に憧れていた。

 赤い女性の周りにはいつも大勢の人がいた。

 赤い女性に寄り添うのは光輝く金髪の青年。その二人を守るように栗色の髪の青年、女性の双子の弟である赤い髪の青年、深緑の髪の青年たち。もちろん、赤い髪の女性の友達たちの姿もあった。

 けれどいつしか一人、また一人と女性の側から青年たちの姿が消えていく。心配そうにしていた深緑の髪の青年も赤い髪の女性と目を合わすことをしなくなってしまった。

 女性は、廊下の窓から中庭を見下ろす。

 赤みがかった金色を中心に金色、赤、栗色、深緑が囲んでいる。もうすぐ授業が始まる鐘が鳴ろうとしているのに彼らは優雅にお茶を飲んでいる。

 赤い髪の女性は何度も注意した。授業は必要なくとも出るように、と。青年たちはすでに習得している内容で授業に出る必要はないかもしれない。教師たちもそれは分かっている。だが、赤みがかった金髪を持つ女性は違う。彼女はまだまだ学ばなければいけないことが多く、授業は受ける必要があった。けれども何も聞き入れられなかった。赤い髪の女性たちの言葉は青年たちに否定され、金髪の青年によって特別な事とされてしまった。青年たちと話そうとしても挨拶のみですぐに赤い髪の女性の前から立ち去ってしまう。もう赤い髪の女性の声は青年たちに届かなくなってしまった。


「ウイン」


 中庭を見下ろして動かない赤い髪の女性に気遣うように友達が声をかける。


「行きましょう」


 中庭から視線を外し、フワリと笑う赤い髪の女性を痛ましそうに見つめる友の姿があった。



「お兄様、お気をつけて」


 黒髪の青年は、心配そうに見つめる妹、赤い髪の女性の頭に手を置いた。


「大丈夫だ。大伯父に会ってくるだけだ」


 黒髪の青年は祖母の母国に行くことになった。近くに始まるかもしれない隣国との戦を避けるため、同盟関係にあるグラシーアナタ国に協力を求めに行く。それは黒髪の青年にしか出来ないことであった。


「ウイン、誕生日までには帰ってくる。お菓子がうまいらしいから、楽しみにしていろ」


 ポンポンと小さな子を慰めるように頭を叩かれ、赤い髪の女性は恨めしそうに黒髪の青年を睨み付ける。


「ウインも気を付けるのだぞ。マダラカ公訪問で仲直りしても婚姻前ということを忘れないようにな」


 黒髪の青年の言葉に赤い髪の女性は、くしゃりと表情を歪ませ俯いてしまった。

 黒髪の青年の耳にも赤い髪の女性の婚約者が違う女性と懇意にしている噂を耳にしていた。それを赤い髪の女性か気にしていることも分かっていた。


「大丈夫だ。帰ってきたら、()()()していてもぶん殴ってやるから」

「お、お兄様!」


 慌てて顔を上げた赤い髪の女性に黒髪の青年は微笑んだ。


「じゃあ、行ってくる」

「行ってらっしゃい、お兄様」


 泣きそうに顔を歪ませる姿に後ろ髪を引かれながらも黒髪の青年は馬車に乗り込んだ。


「必ず帰ってきてくださいね」


 開けた馬車の窓から顔を出すと無事を祈る言葉を紡ぐ姿が目に入る。


「ああ、誕生日プレゼント、楽しみにしていろ」


 黒髪の青年が手を振るとゆっくりと馬車が動き出した。

 黒髪の青年は揺れる馬車の中で考えていた。今日の見送りに来なかった者たちのことを。必ず来るはずの者たちであった。城でこの命を受けた時、約束もしていたのだから。約束を破る者たちではない。だから、何故? 今、手の者に金髪の青年の隣にいる女性を調べさせている。その親のことも。本当はグラシーアナタ国に行くより先にそちらを片付けたかったが、時間がなかった。


 城で会った時の金髪の青年の態度。何かに耐えているように何かに苦しんでいるように見えた。だが、黒髪の青年の隣にいた赤い髪の女性の姿を目に映すと嬉しそうに熱の籠った視線を送っていた。だがら、大丈夫だと思った。王太子の花で結ばれた二人だから大丈夫だと。

 今回の訪問が終わったら、何もなくても赤い髪の女性の憂いを取り払うと黒髪の青年はそう決めていた。少々強引な手を使っても赤い髪の女性の憂いとなっている女性を排除する力が黒髪の青年にはあった。それを使わなかったのは、赤い髪の女性が嫌がり止めていたからだ。

 黒髪の青年は出来るだけ早く戻ろうと旅路を急がせた。


 赤い髪の女性は馬車が見えなくなるまでそこに立っていた。

 黒髪の青年は、何故彼女がマダラカ公訪問に同行することになったのか知らない。彼女の婚約者がどういうつもりでそれを言い出したのかを。

 赤い髪の女性は、用意した馬車に乗り込んだ。向かうは、学園の近くにある王家の離宮。城から学園に通うには不便のため建てられている離宮に彼女の婚約者である金髪の青年が住んでいた。

 門番たちは予定のない馬車の来訪に驚いていた。そして慌ていた。もう少ししたら到着すると聞いている来訪者と会わせていけないと思ったからだ。


「この後、誰が来るのか分かっています。通しなさい」


 有無を言わせない言葉に門番たちは扉を開いた。赤い髪の女性の訪問は妨げてはいけないと命じられていた、つい最近までは。それが今では正反対の命を受けている。それが可笑しいと分かっていても彼らは従わなければならない。


「公務のことです。早くしなさい」


 門番たちは手際良く門を開いた。公務なら仕方がないと納得する。それに門番たちは、もう赤い髪の女性がただ遊びに来るだけでこの離宮を訪ねることがないことも分かっていた。

 馬車を降りた赤い髪の女性は出てきた家令が痛ましそうに自分を見ることを知っていた。


「マダラカ公訪問の件です。門番たちは罰しないように」


 スッと脇に退いた家令の側を通り抜け、赤い髪の女性は足早に目的の部屋に向かう。ここに向かっている馬車が到着するまでに話を終わらせなければならない。


「エンドール様は?」

「先程、旅立たれました」


 後ろを付いてくる家令が息を呑んだのが分かった。今日が出発日だと聞いていなかったのだろう。


「ハラルド様は?」


 赤い髪の女性の問いに家令は歯切れが悪く答える。


「…、茶会の準備をされております」


 分かっていた返事(こたえ)に赤い髪の女性は、出そうになる言葉を呑み込んだ。もう無理なのかもしれない。


「お着きになりました」


 見慣れた扉の前で家令は()()とは言わない。赤い髪の女性だと伝えると帰すように言われるからだ。


「入ってもらえ」


 中から嬉しそうな声が聞こえる。応えた人物が入ってきた自分を見て落胆した表情を浮かべるのを赤い髪の女性は分かっていた。


「ウインダリナでございます」


 真っ正面の落胆した顔にやはりと思いながら、赤い髪の女性はカーテシーをするために頭を下げた。上位の者から許しがなければ姿勢を楽にすることは出来ない。だから、真っ正面に座る青年の瞳がゆっくりと光を取り戻し恋い焦がれる者を見るものに変わったのが分からなかった。


「兄、エンドールが無事グラシーアナタ国に向け出発したことをご報告します」


 赤い髪の女性は頭を下げたまま報告する。以前なら、直ぐに楽にするように言われた。そんなことをしなくていいとも。今はそう言われないことが嬉しい。落胆した顔を見たくなかった。感情のない冷たい目で見られたくなかった。憎々しくつり上がる口元に気づきたくなかった。

 相手がハッとしたのが分かった。完全に失念していたのだ。以前はそんなことはなかったのに。


「す、すまない。ミ、いや、クラチカはく…」


 そんな言い訳など聞きたくない。だから、赤い髪の女性は言葉を紡ぐ。


「陛下の名代としてエンドールの旅立ちを見届ける()()をどうされたのかは、()()()()()()()殿()()がご連絡ください」


 赤い髪の女性は頭を上げない。だから、王太子殿下と初めて呼ばれたことで表情を固まらせた金髪の青年に気づけなかった。


「それから、マダラカ公訪問ですが、私には王家の血がほとんど流れておりません。王太子殿下の代わりなど勤まるわけがありません」

「だ、だが、ミミ、クラチカ伯爵令嬢が…」


 その言い訳に赤い髪の女性は泣きたくなる。こんな風に公務を蔑ろにする人ではなかった。


「戦をされたいのですか?」


 まだ王族としての矜持が残っているのなら、国を民を思う存分気持ちがあるのなら。


「戦となり民を傷つけるのですか?」


 赤い髪の女性はまだ望を持っていたかった。


「わ、わたしは…」


 だが、それはノックもなく開け放たれた扉から入ってきた者によって望みの糸は切られてしまった。


「ハラルドさま」


 頭を下げたままの彼女の視界に赤みがかった金髪が入る。


「ハラルド様、マダラカ公に行かれるのですか?」

「あっ、い、や…」


 二人の声が同じ所から聞こえる。突然乱入した来訪者に憤りを感じる。いや、それ以前の問題だ。部屋に入るマナーさえもなっていない。そんな者が次期国王の側にいるのか…。出そうになる嘆息を噛み殺す。


「わたしとの約束を破るのですか?」

「あっ……、ミミアとの約束…のほうがだ…いじ…だよ」


 ああ、無理だった。駄目だった。けれども…。


「クラチカ伯爵令嬢、公務は国のための仕事。王太子殿下に公務を蔑ろにさせてはいけません」


 赤い髪の女性は高位貴族として無知な者を諭し導かなければならなかった。この者のために国を戦場にしてはいけない。


「ハ、ハラルド様が良いと言ったのですよ」

「それでも、です。そもそもこの命は…」

「ウインダリナ、もう良い。私が…、き、めた…のだ」


 その言葉に赤い髪の女性は顔が歪むのをもう我慢出来なかった。


「…出過ぎた真似を。申し訳ございません。()()()()()()()殿()()


 赤い髪の女性に出来るのはもう声に嗚咽が混じらないようにするだけ。


「もう、ハラルドとは…」


 悲しげな声に赤い髪の女性は無意識に小さく頭を振る。彼女が名前で呼んだ青年はもうここにはいない。彼はもう消えてしまった。


「お時間をいただきありがとうございました。()()()()()()()殿()()


 赤い髪の女性は深く頭を下げるとすぐに踵を返し、扉に向かう。


「ウ…」

「ハラルド様! みんなを呼びましょう」

「…、ああ…、そう…」


 閉じられた扉からはもう二人の声は聞こえない。


「……、陛下に連絡されるかどうかは任せます。急な来訪、申し訳なかったわ」


 扉の前で顔色を無くしている家令に力なく声をかけると赤い髪の女性は馬車に向かった。

 ゆっくり進みだす馬車の中で彼女は零れ落ちる涙を止めることが出来なかった。

誤字報告ありがとうございますm(__)m


ルビ(ふりがな)に漢字を使わないようにしています。ご報告ありがとうございます。

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