亜麻色の髪の王妃
彼女は王家に忠誠を誓う伯爵家の次女だった。彼女の父は、王太子の花に選ばれた者しか王妃の座を許さない者だった。その考えは彼女にも浸透していた。
『王太子の花』
その昔、この国を守る聖霊が一本の花を持って乙女に求婚したという建国神話に吟われている花。
代々の国王の隣には王太子の花を贈られた者が寄り添い、次代の国王は必ずその子供であった。
だから、彼女の父は王太子の花を贈られてもいないのに他国の王女というだけで王太子妃の座についた女性を許せなかった。また、この国には彼女の父のような考えをする者が数多くいた。当時王妃の座にあった女性も同じ考えだった。側妃となってしまった王太子の花を贈られた令嬢を厚遇し、あからさまに正妃となった王女を冷遇した。国の権力者たちの行動にほとんどの者が従っていた。
正妃となった王女を擁護したのは意外にも側妃に落とされた令嬢だった。何事にも正妃を立て、自分は目立たず正妃に寄り添うようにしていた。
だが、それはよく知らぬ者からしたら正妃に心優しい側妃が虐げられているように見られた。側妃が庇う度に正妃は孤立していった。そして正妃は表舞台から姿を消した。しばらくして亡くなった正妃の喪が一国の王妃のものとしては簡素化された質素なものでも皆何も思わなかった。
彼女もそうだった。それが当たり前だと思っていた。
その考えに違和感を感じたのは母である側妃の喪を正妃であった王女より質素にするように彼女の王太子が進言したことだった。王太子の花が贈られた女性を悼み荘厳に送り出すのは当たり前のことなのに。まだ婚約者でしかなかった彼女はどう話し合いがされたのかは知らない。だが、側妃の喪は国民から献花を捧げられるだけの簡単なものになった。捧げられた花は多量で側妃の墓碑は花で埋もれていた。反対に正妃であった王女の墓碑には僅かな花しかなかった。それは当然の結果だと思っていた。王女の墓碑に花を供える愚か者がいるのだと嘲笑っていた。
彼女の考えを打ち破ったのは、息子の婚約者である赤い髪の少女だった。
王家主催の園遊会が終わった後のことだった。
不貞腐れた少女が座っていた。少女は魔法で彼女の父親たちを拘束し池に落とし、それを彼女に咎められていた。
「ウインダリナ、何故あんなことをしたの?」
理由は分かっていた。彼女の父が先代王妃を侮辱したからだ。先代王妃は少女の腹違いの兄の祖母である。身内を馬鹿にされて、少女が怒るのも当たり前だと言える。
だが、先代王妃は、他国の王女というだけで正妃になった者。侮辱されても仕方がないという思いも彼女にはあった。
「妃殿下、あの方々は戦を起こしたいのですか?」
絞り出すような声で少女は聞いていた。彼女はなんのことか分からなかった。今日は、急に入った公務で夫と息子は途中で退出している。
「お兄様のお婆様やお母様が必死に守って下さっていたのに、戦を望むのですか?」
彼女にとって、少女が言った者たちはただ居ただけの者だった。
「なんのことかしら?」
出来るだけ優しく問いかける。将来義理の娘となる少女とは良い関係を作って起きたい。
「和平のために嫁いでこられたグラシーアナタ国の王族の方を蔑ろにしていたことを誇りのように仰い嘲笑い続けているのは、かの国に向かって弓を引き矢を放ち続けているのと同じです。
なので皆様はグラシーアナタ国との和平よりも戦を望まれているようにしか思えません!」
少女の言葉に彼女は固まった。残っていた彼女の側近でもある侯爵夫人も言葉を無くしている。
今日のお茶会で話題になったのは先代王妃。王女であったために正妃となった女性を皆で嘲笑っていた。そして、生まれた娘は公務をさせられない(させなかった)愚鈍な者だったと。発言元は彼女の父である伯爵。嬉々として先代王妃をその娘を貶めていた。彼女は発言には加わらなかったが、その話題を諌めることもしなかった。いつもは夫や息子が睨みをきかせて、その話題を早々に黙らせていたのに。
彼女と侯爵夫人は顔を見合わせた。彼らにそんなつもりはない。だが、言われてみれば確かに他国の王族を、それも和平のために嫁いできた王族を愚弄している。
グラシーアナタ国とこの国の武力は五分五分。戦になれば双方に被害が出る。だから戦にならないと誰もが思っていた。だが、もし今グラシーアナタ国と戦になれば、小競合いが続く隣国のナルニアマルシタ国が黙ってはいない。そうなればこの国の被害は甚大なものになることに思い至る者は少なくない。
彼女はようやく国を危機にさらしていたことに気がついた。だから、夫や息子がその話題をさせないようにしていたことに。
今日の園遊会のことは、近いうちにグラシーアナタ国に伝わるだろう。参加していたのはこの国の貴族だけではなかった。それは思ったより早くかの国に知られるかもしれない。
それに和平のために嫁いだ王女を愚弄し続ける国を他の国もどう思うか。外交にも関わってくる。
何故、先代王妃や娘の王女が存命の時に戦の話が出なかったのか、先代王妃たちがグラシーアナタ国を止めていたのだ。彼女たちは蔑ろにしていた者たちに守られていたことに気がつきもしなかった。本当に愚かだったのはどちらだったのか。
たらり、と彼女の背中に嫌な汗が流れる。
あの黒髪の青年は、今回のことでどういう選択をするだろうか?
「あっ!」
少女が小さな悲鳴を上げた。
「大人しくしていなかったから、お兄様に怒られる」
シュンと小さくなって項垂れている姿は年齢より幼く見えて可愛らしい。
「一緒に謝ってあげるわ」
まだ大丈夫。この少女がいるから。
あの青年が望むのはこの少女の幸せ。だから…。
「先ほどの園遊会に参加していた者たちを呼び戻しなさい」
彼女は夫の母である側妃が何故正妃を立てて支えようとしていたのか、やっと理解した。
誤字報告ありがとうございますm(__)m