ウインダリナ3
その日、公爵家では盛大なパーティーが行われていた。
双子の誕生日だった。
赤い髪を綺麗に結い上げて、少女は黒髪の少年とダンスを踊っている。
「お兄様、ありがとう」
嬉しそうに笑う少女を眩しそうに黒髪の少年は見る。
「なんでだ?」
「お相手を引き受けてくれて。初めてのダンスをお兄様と踊れて、私、嬉しい」
少女に足を踏まれそうになって、黒髪の少年はステップを乱さずにそれを避ける。
「あっ! ごめんなさい」
気が付いてシュンとなる少女に黒髪の少年は声をかける。
「大丈夫だ。主役なのだから、笑っていろ」
ぶっきらぼうな言い方だが、黒髪の少年の耳がほんのり赤くなっているのに少女は気がつかない。
「はい、ありがとう」
そう答えながらも少女の視線は足元にある。
「笑って顔を上げて。ちゃんとフォローしてやる。ウインの後始末は得意だからな」
少女は頬を膨らませて顔を上げた。
「お兄様、酷い。そんなに失敗ばかりしてないわ」
「どうだかな」
もう! と言って黒髪の少年を睨み付けた少女だったが、すぐに満面の笑みに変わる。
「お兄様、後でまた踊って下さいね」
その言葉に黒髪の少年も口角を上げて頷いていた。
ダンスフロアで踊るのは、二組の男女。本当なら主役の赤い髪の双子だけがファーストダンスを踊るはずだった。
赤い髪の少年が二人だけで踊るのを恥ずかしがった。赤い髪の女性が二人が踊るのを許さなかった。赤い髪の少年は母親の赤い髪の女性と、赤い髪の少女は兄の黒髪の少年と踊ることになった。黒髪の少年は最初嫌がった。けれど、少女のお兄様と踊りたいという言葉に逆らえなかった。
ファーストダンスが終わり、パートナーが変わる。少女は祖父の白髪の老人と、赤い髪の女性は夫の公爵と。黒髪の少年は足早に隠れるように部屋の隅に移動する。赤い髪の少年もそれに続く。
「エンダリオ、何故、ついてくる」
黒髪の少年は鬱陶しそうに聞いた。
黒髪の少年とダンスを踊りたくて群がってくる令嬢たちから逃げたいのに主役の一人がついてきては逃げにくい。
「ぼ、ぼく、ダンス下手だから。もうウイン以外踊らなくていいから」
赤い髪の少年は、ダンスフロアで楽しそうに祖父と踊る自分の片割れをチラリと見て呟いた。
「ウインは自信たっぷりでいいな」
黒髪の少年は口に出さなかった。それは違うと。黒髪の少年と踊る直前、少女の体は震えていた。不安そうに瞳が揺れていた。初めての大舞台に少女が恐れをなしていても仕方がない。それに気がついたのはすぐ側にいた黒髪の少年だけだった。少女を安心させるようにホールドした手に力を入れるとホッとしたように黒髪の少年を見て笑う。それがどれだけ冷えきった黒髪の少年の心を温めているか少女は気付いていない。
「二人とも初めて、だ。失敗しても大丈夫。それにお前もウインも頑張っている」
黒髪の少年は弟だけを誉めることをしたくなかった。母親がべったりくっついている弟よりも妹の少女のほうが頑張っていることを知っているから。
「まあ、次は休憩だろう」
祖父から父親にパートナーを変えた少女が踊り出す。三曲連続に踊ったら、いくら元気な少女でも休憩させないと。
少女が踊り終わるのを待ち構えている令息たちに気付き、黒髪の少年は小さく息を吐く。音楽が途切れたら少女を回収出来るように黒髪の少年は動く。それが過保護な保護者と化していることに黒髪の少年は気づいていない。それを微笑ましく見ている大人たちがいることも。
黒髪の少年が無事少女を回収し、ソファーに座らせて二人でジュースを飲んでいた。二人の周りには仲良くなりたい令息・令嬢が集まっていた。我先に二人に話しかけようとするが、黒髪の少年の冷たい視線に躊躇している。その者たちが二つに割れて、二人の元に誰かが来る。
「ウインダリナ、改めて誕生日おめでとう」
現れたのは輝かしい金色の髪を持つ少年だった。
「殿下、ありがとうございます」
スッと立ちあがり、少女は淑女の礼をとる。普段遊んでいる時のような気安い態度はとれない。
「疲れがとれたら、踊って欲しい」
少女の瞳が揺れた。少し離れた場所にいる赤い髪の少年の方を見てしまう。ダンスフロアから引き上げる際、赤い髪の少年と次踊ることを約束している。赤い髪の少年も不安そうに少女の方を見ている。
「ウイン、もう大丈夫か?」
黒髪の少年の言葉に少女は慌てて頷く。
「殿下、まずは主役たちが踊りますので。エンダリオ!」
赤い髪の少年が母親の制止に逆らって、こちらに飛んで来る。
「エンダリオ、ウインは次、殿下と踊る。踊り終わったら、殿下の所までエスコート出来るな」
黒髪の少年に赤い髪の少年は目を見開いて固まっている。金髪の少年を差し置いて先に踊っていいのか迷っているようだ。
「殿下、行って参ります。お兄様はその後でね」
少女が赤い髪の少年の腕に自分の手を置き挨拶をすると、赤い髪の少年も弾かれたように頭を下げて、何か言われる前にと逃げるようにダンスフロアに向かう。
「エンダリオ!」
引き留める声に黒髪の少年は冷たく言い放つ。
「第二夫人、あの二人が主役だ」
「そうだね。僕は次でいいよ、ウインと踊れるのなら」
金色の髪の少年も慌てた顔の赤い髪の女性ににっこり笑って告げる。それでここで少女と踊ることを望む令息たちを牽制している。
黒髪の少年は踊る少女を見つめる金髪の少年を見て嫌な予感がしていた。
金と赤がクルクル回る。赤い髪の少年は母親に連れていかれたが、祖父たちの取り成しもあり少しお小言をもらうくらいだろう。
曲が終盤になった。黒髪の少年は、少女との約束を守るためにダンスフロアに近づいた。
ざわめきが広がっていく。黒髪の少年は足を早めた。
ダンスフロアの中央で金髪の少年が片足をついて跪いている。その手には一輪の花。赤みががった金色に輝く百合。
花を差し出された少女は、驚きに目を見開いて固まっていた。
「王太子の花だ!」
誰かが呟いた。
「王太子の花が咲いたぞ!」
ざわめきは大きくなる。
「ウインダリナ、受け取って欲しい」
恐る恐る少女の小さな手が花に伸びる。花に触れる直前、怯えた少女の視線は黒髪の少年と合わさった。
少女に黒髪の少年は頷いた。安心させるように大丈夫だと。黒髪の少年の心はどうして? と疑問でいっぱいだったが。
少女は花を手に取ると、胸の前で抱き締めた。
ざわめきは歓声に変わり、祝いの言葉があちこちて飛び出す。
黒髪の少年は少女と踊ることは出来なかった。
金髪の少年と少女は沢山の人に囲まれて、ダンスを踊れる状態ではなくなった。
舞踏会の最後を締めるラストダンスも少女は金髪の少年と踊った。
黒髪の少年は人気の無くなった大広間に足を運んだ。なんとなく今は部屋にいたくなかった。
ダンスフロアに人影がある。少女が途方にくれたようにポツンと立っていた。
「ウイン?」
どうしてここに?
「お兄様」
少女の瞳は不安に揺れていた。決まってしまった未来に驚き戸惑いしかないのだろう。溢れそうになっている涙を必死に我慢している。
「ウイン、踊ろう。約束だっただろ」
少女は黒髪の少年と二回目のダンスを踊るはずだった。
少女の手を取って引き寄せる。ゆっくりとステップを踏む。少女の体もそれに合わせて動き出す。
「おにいさま」
頼ってくる存在が嬉しい。この隣を明け渡しても兄という立場は永遠に変わらない。
「大丈夫だ、ウイン。大丈夫」
黒髪の少年は言い聞かすように繰り返す。
大丈夫、だと。
それは少女に言い聞かすようで己に言い聞かせているようで。
潤んだ瞳で少女が頷いた。
赤い髪の少女の名前が間違っていました!(|| ゜Д゜)
正規は、ウインダリナです(汗)
訂正しましたm(__)m
誤字報告ありがとうございますm(__)m