ウインダリナ1
「お兄様、こちらですわ」
赤い髪を揺らして少女が駆けていく。
緑が広がる丘を元気よく駆け上がっていく。
「ウイン、走ると転ぶぞ」
黒髪の少年はため息と共に立ち上がると赤い髪を追いかけた。少年の今日の仕事はこの少女の子守りだ。
「ここから見ると」
初夏の風が少女の長い髪を撫でていく。
少女に追い付いた少年は、眼下に広がる景色にホウと息を呑んだ。
一面に白い小さな花が咲いている。まるで白い絨毯のようだ。
「こちら側は緑の絨毯、何故かここらから白い絨毯になっているのですわ」
不思議でしょう? と首を傾げる少女の顔はまだあどけなく幼さが残っている。
「ああ、何故だろうな」
「エンダリオに摘んでいってもよろしいですか?」
ベッドで過ごすことが多い少女の弟に少しでも外を教えたいのだろう。
「調べさせるから」
すぐに花を摘もうとする少女を止めて、少年は付いてきた従者に花を調べさせる。無害な野草が多いが、中には猛毒を持つ物ある。僅かな毒でも致命傷になりそうな少女の弟には安全な物しか渡せない。
従者が頷いたのを確認し、少年は近くに咲く花を一本折った。
「お兄様、ズルいですわ」
それを見た少女が頬を膨らませたが、すぐに花を摘み始めた。
「はい、お兄様。お兄様のお母様に」
形の揃った白い花束を少女が少年に差し出した。
少年はこういうことが自然に出来る少女を疎ましく思い、また羨ましく思う。
「第二夫人、ウインの母君にはいいのか?」
少女の弟に付きっきりの母親を思いだし、少女は顔を伏せた。
「エンダリオが喜べば、母も喜びますので」
少年の母親は死の間際まで少年のことを気にかけていたと聞いている。すぐ近くにいても母親に見てもらえない少女の頭を少年はポンと叩いた。
「こんな花を持ってきて」
女性の金切声に少年は自室に入らずに廊下を急いだ。
白い花が濡れた床に広がっている。花の中に立つ少女の赤い髪からポタポタと滴が落ちている。何があったのか想像は容易い。
「第二夫人、何をされているのですか?」
少年は、わざとゆっくりとその場に近付いた。
少女の目の前にいた赤い髪の女性は、少年を一瞥すると逃げるように背後にあった部屋に入っていった。
ガチャリと鍵のかかる音がする。
「ウイン、風邪をひく」
「失敗しちゃった」
悪戯がばれたように笑う少女の背を少年は優しく押した。少年は少女の目が笑っていないことに気づかないふりをした。
「お兄様」
赤い髪の少女が、ピタリと足を止めて硬直している。
黒髪の少年は珍しいと思った。
「ハラルド、紹介するよ。妹のウインダリナだ」
黒髪の少年の隣にいた輝く金色の髪を持つ少年はにっこりと微笑んだ。
「すっ、すっごーい」
目をキラキラさせて少女が少年たちの前に来た。
「お日さまみたいな髪」
グッと近付かれて髪を誉められた金髪の少年は、仰け反りながらも「ありがとう」とどうにか笑みを浮かべた。
「ウイン、こちらは僕の従弟でハラルド殿下。この国の王子だ」
「王子さまみたいと思ったら、やっぱり王子さまだったの」
無邪気な笑みを浮かべて少女は少し少年たちと距離を取る。
「初めまして、殿下。フアマサタ公爵が長女、ウインダリナと申します」
そこには貴族令嬢の笑みを浮かべ完璧なカーテシーをする少女の姿があった。
「ウイン、ハラルドがびっくりしている」
黒髪の少年は呆れたように息を吐いている。隣にいた金髪の少年は少女の変身に目を白黒させた後、声を出して笑いだした。
最初、それに気づいたのは黒髪の少年だった。近付く衣擦れの音。黒髪の少年は心の中で舌打ちする。楽しい時間を壊されたくなかった。
そんな黒髪の少年の思いを知らず、金髪の少年と少女は屈託の無い笑みを浮かべて卓上ゲームを楽しんでいた。
「あっ! お母様とエンダリオ」
少女が気がついたようで嬉しさに戸惑いを混ぜた瞳で一点を見ていた。金髪の少年が少女の視線の方向に振り向いた。
「ハラルド殿下。フアマサタ公爵が妻フーラルでございます。こちらは息子のエンダリオ。殿下と同じ歳になります。お見知りおきを」
少女と同じ赤い髪をした貴婦人は、同じく赤い髪の小柄な少年を連れていた。
金髪の少年はニコリと笑った。
「君がウインの弟だね。ウインと同じ綺麗な炎のような髪をしている」
「いいえ、違いますわ。エンダリオの髪は燃え盛る炎の色。あれは禍禍しい血の色ですわ」
強い視線と金髪の少年が眉を上げたのに気付き、赤い髪の貴婦人はハッとした表情になり、失礼しましたと頭を下げた。
「エンダリオ、僕たちと遊ぼう」
金髪の少年は赤い髪の少年を誘った。
「ウイン・・・」
「ウイン、エンダリオは初めてだからお二人でチームだ」
赤い髪の貴婦人の言葉に黒髪の少年が言葉を被せる。
「第二夫人が部屋に戻られる」
黒髪の少年の言葉で部屋の隅にいた執事がスッと動いた。
黒髪の少年は、部屋から出ていく赤い髪の貴婦人の握りしめた手が小刻みに震えていたのを知っていた。
間に違う話を入れていきます。
誤字報告ありがとうございますm(__)m