緑色の髪の青年
その日は、雨が降っていた。シトシトと降る雨は空も悲しんでいるように見え、参列する人々の哀愁を誘った。
彼は埋められていく棺を感慨深く眺めていた。
やっとずっと邪魔だったヤツがいなくなった。
それは彼にとって、とても喜ばしいことであった。だが、今は葬の最中であり、込み上げる笑みは隠しておかなければならなかった。
彼は与えられた部屋に入り一人になると、やっと満面の笑みを浮かべることが出来た。
こんなに上手くいくとは思わなかった。王太子たちまで巻き込むつもりはなかったが、彼ではなくあんな奴を重宝していたのだから当然の結果とも思えた。
これから彼に降り注ぐ幸運を考えると笑みは止まらない。ふと目にした鏡を見ると、この家の後継者に申し分ない自信に溢れた立派な男が映っていた。
それにしてもすごい葬だった。この国の主だった貴族はもちろんのこと、隣国にある大国のイーマダス王まで来ていた。この家がこの国にとってどれだけ重要なのか示している。そんな家をもう将来が決まっている兄たちを押し退けて、四男の彼が継ぐことになるのだ。出来損ないと散々彼を馬鹿にしていた兄たちはとても悔しい思いをしているだろう。
あんな下賎の血が混ざっている者など気にかけるからだ。
彼は永遠の眠りについた従兄弟を思う存分嘲笑った。
彼と違って、同じ下賎の血が混ざる従兄弟は見過ごせなかったのかもしれないが、学園で怪しげな茶会ばかり開く令嬢など棄てておけば良かったのだ。そのうち退学にでもなっていただろうに。
まあ、その令嬢のことを従兄弟に教えたのは彼自身なのだが。口を利くのも視界に入れるのも苛立たしい従兄弟に困った令嬢がいると。その令嬢の境遇を話し、学園で爪弾きにされそうだと伝えれば、お人好しの従兄弟は案の定すぐにその令嬢に会いに行った。王太子の側近として忙しいのに時間をつくり、貴族社会に入れるよう令嬢を助けようとした。お人好しの従兄弟の恩は令嬢に仇で返され、今の結果に繋がっている。
彼も令嬢があんな恐ろしい薬を使っているとは思わなかった。茶会に参加する令息たちの様子が可笑しいと従兄弟から聞いた。調べてほしいと従兄弟がこっそり持ち帰った菓子から危ない薬物が見つかったが、どこにも報告せず握り潰した。従兄弟には可笑しいものは何も見つからなかったと伝えておいて。
その彼も令嬢の茶会には一度は参加したことがあった。茶会に参加したのは、令嬢の容姿が良かったからだ。遊ぶだけなら、ちょうどいい相手だった。だが、身のほど知らずの令嬢は同じ伯爵位の四男の彼には見向きもしなかった。だから、彼も茶も菓子にも口にしなかった。
下賎が持ってきた物など口にするからだ。
令嬢の薬によって人生を狂わされた者たちを思い浮かべ、彼は仄暗く微笑んだ。
「お時間です」
この家の家令が呼びに来た。今から家主から後継者の発表があるはずだ。彼は意気揚々と家令の後に続いた。沈痛な仮面を被りながら。
その部屋には彼の家族が勢揃いしていた。伯爵位を継ぐ嫡男の長兄、同じ伯爵位に養子に行った次兄、騎士として道を開いている三番目の兄、嫁いだ姉一家。婚姻している長兄と次兄にはまだ子供はなく、三番目の兄はまだ婚姻していない。嫁いだ姉には二人の息子がいた。
彼は眉を顰めた。この家の後継者発表には必要ない人物が部屋にいることに。
フアマサタ公爵家嫡男エンドールは分かる。近日中に王太子になるであろうこの男は、この家の後継者が誰になったのか見届け人の役割を担っているのだろう。
では、イーマダス王は? そのうち退出されるのだろうか?
家主と話をしている大国の王は、どっしりと座ったままで退出するそぶりもない。
「全員揃ったようだな」
窶れたサーチマア侯爵が口を開いた。
「後継者のモイヤが死に、新しい後継者を決めることになった」
彼は思った。
やっとだ、やっと念願が叶う。
「ウヨムミナ伯爵、ご子息、次男のマイヤをサーチマア侯爵の次期当主に迎え入れたい」
彼は驚きで目を見張った。後継者に指名されたのは嫁いだ姉の息子だった。
「謹んでお受けいたします」
姉の夫のウヨムミナ伯爵が頭を下げている。
彼はその様子をただ凝視しているしかなかった。
おかしい、おかしい、自分がいるのに幼い子供が後継者に指名されるなんて。
サーチマア侯爵が彼を見た。その瞳に宿る憎悪の光に彼は思わず後ろに足を引いた。
「ヤキュル、お前だが国境のデカン部隊への配属を命じる」
彼は耳を疑った。
デカン部隊というと国境を守る軍の一つだ。それも戦が噂される国との国境を守る。小競合いは日常茶飯事だと聞いている。
彼は文官だ。騎士ではない。軍に文官も必要だが、彼がそんな所に配属されることはなかったはずだ。
「・・・何故ですか?」
自分に突き刺さる冷たい視線に辛うじて彼はそう問うことが出来た。
「心当たりはないのか?」
聞いてきたのは、エンドールであった。
何故エンドールが? と思いながらも彼は頷いた。そんな所に配属されるようなことはしていない。
「連れてこい」
エンドールの言葉に後ろにいた従者がサッと動く。
従者に連れられて入ってきたのは、彼に依頼されて菓子を調べた研究所の職員だった。
「貴様は、三ヶ月も前にモイヤ殿から依頼されて、クラチカ伯爵令嬢の菓子を調べたそうだな」
彼の背中に冷たいものが幾つも走る。
「その時に分かっていたら、幾つ命が失われずにすんだのかしれない」
彼は体を震わせた。バレてしまった、薬のことを黙っていたことを。
「あ、あの時は普通のお菓子だったのです」
検査結果は全て破棄させた。バレないはずだ。バレていないはずだ。しらを切れば分からないはず。
「普通の菓子なら使わない薬が使われていた」
エンドールの声が冷たく響く。
「そ、それは、確認のためでは?」
知らないことにしなければ。あの薬は見つけ次第国に報告義務がある物だった。
だから、検査した職員は即処分した。余計なことを喋るといけない。下賎な者なら代わりなど幾らでもいるのだから一人くらい消えても問題なかったはずだ。
「お前が消した研究員は、あの薬の解毒剤の材料を発注していた。今回の件が発覚したとき、すでに材料が揃っていたのが疑問視され、消えた研究員に辿り着いた。その者が使用した薬品や器具から、件の薬の混入の有無を調べていたことが分かった」
彼はどう言い繕うか必死に考えた。下手に口を開いて墓穴を掘るのも避けたい。
「な、何を根拠に」
声が上擦ってしまった。これでは疑ってくれと言っているようなものだ。
「普段、平民を下賎な者と忌み嫌っている貴様がモイヤ殿にクラチカ伯爵令嬢のことを教えたのが解せなくてな」
エンドールの言葉にギクリとする。確かに彼にしてはらしくないことをした。
「評判の悪いクラチカ伯爵令嬢との醜聞を流しモイヤ殿を失脚させるつもりが、あの薬が出てきた。どうせなら、モイヤ殿が薬で破滅するのを待つことにしたのだろう」
彼はギクリとした。エンドールの言った通りだった。狙ったのはお人好しの従兄弟一人の破滅だったが、クラチカ伯爵令嬢が欲張り過ぎたために大事になってしまった。
「では、モイヤ殿は半分下賎の血が流れているから、彼には嫌われていたということなのか?」
イーマダス王がにっこり笑って嬉しそうに聞いてきた。
彼はイーマダス王も同じ考えの人間だと信じた。
「モイヤの母親はしかも娼婦だったのです」
彼の言葉にイーマダス王はますます嬉しそうに笑った。
彼は安心した。イーマダス王が味方になってくれると。
「君も知っているだろう? 我が国は二十年前謀叛を起こした叔父に王位を奪われ、私が平民となって逃げていたことを」
「違います。平民に化けて、反撃の時を待ってみえただけです」
彼はイーマダス王を持ち上げた。確実に味方になってもらわなければ。
イーマダス王に彼の熱意が伝わったのか、王の笑みが深くなる。
「私も姉も叔父が悪政をしなければ、平民のままで良かったのだよ」
あれ?
「だが、叔父は民を取り替えのきくモノとして扱い、非道を繰り返した。姉は王位奪還の資金のために姿を消した」
なにかがおかしい・・・。
「姉は名も身分も捨てて、その身で金を稼いでくれた。高級娼婦に成り上がってね」
あねぎみは、かくめいのさいになくなったのでは・・・。
「義兄上は、姉の過去を知らなくても己が求める唯一の女性として、娼婦に正妻の座を与えてくれた。そして、王位を奪還しようとする私を支えてくれた」
あにうえ? しょうふにせいさいのざ・・・。
まさか・・・。
「モイヤは、私の甥だったのだよ。娼婦の姉などいてはいけないと姉に生存を拒否されたがな」
!! そんな、そんな、そんな。
「平民と馬鹿にするが、放逐されれば、没落してしまえば、取り潰しに合えば、すぐに平民となるのだ。いや、平民より酷い立場となる。私は身を以て体験している」
彼は床に膝をついた。あのお人好しの従兄弟は、下賎の血が混じっているはずの従兄弟は、彼よりも高貴な他国の王家の血を引いていた。彼の方が貴き血のはずだったのに。混じり気のない正統な血筋のはずだったのに。
「ヤキュル、お前は許されぬ罪を犯した。国境を守りこの国に尽くすのだ」
サーチマア侯爵の冷たい声が響く。
彼にはもう聞こえていなかった。
誤字報告、ありがとうございますm(__)m
ご指摘をいてだきましたm(__)m
『ウヨムミナ伯爵、次男のご子息をサーチマア侯爵の次期当主に迎え入れたい』
では、ウヨムミナ伯爵の次男の子供、ウヨムミナ伯爵の孫と読めてしまうと。
『ウヨムミナ伯爵、ご子息、次男のマイヤをサーチマア侯爵の次期当主に迎え入れたい』
とさせていただきます。
ご指摘、ありがとうございます。本当にとても助かっていますm(__)m
訂正しました。
『喜んでお受けいたします』
↓
『謹んでお受けいたします』
ご指摘ありがとうございますm(__)m




