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王太子の花 咲く前と咲いた後  作者: はるあき/東西
1/61

王太子の花

短編で投稿したものです。

話の内容は変わりません。


物語の最初として、第一話に挿入しました。

 リーンゴーン

 弔の鐘が鳴る。

 誰が高貴なる者が死んだことを告げていた。



 軽やかな音楽が流れる会場。

 今、学園終業の舞踏会が開かれていた。


「ウインダリナ・フアマサタ、前に出よ!」


 豪華な金色の髪を持つ青年は声を張り上げた。

 傍らには可憐な女性が縋りつくように腕を絡ませている。

 後ろには赤い髪の青年、栗色の髪の青年、深緑の髪の青年が立っていた。


「・・・・・・」


 シーンと静まり返った会場は、一人の女性の登場を息を潜めて待っているように思えた。


「ウインダリナ!」


 会場にいる者たちは顔を見合わせている。

 青年が探している赤い髪の女性は会場に来ていない。いや来れないことを彼らは知っていたから。


 コツコツコツ


 足音が響く。静寂を切り裂くように。

 現れたのは、全身真っ黒な青年。黒髪に黒い目、黒い服に黒い靴。祝いの席に選ぶ色ではなく、まるで喪に服しているようだ。


「殿下、終業おめでとうございます。」


 黒髪の青年は、金髪の青年に優雅に頭を下げた。


「父であるフアマサタ公爵から、弟に伝言を預かっております。ここで伝えてもよろしいでしょうか?」


 金髪の青年は顔をしかめながらも、仰々しく頷いた。


「許す」


 黒髪の青年は「ありがとうございます」と軽く頭を下げて、金髪の青年の後ろにいる一人に呼び掛けた。


「エンダリオ!」


 赤い髪の青年が一歩前に出る。その瞳は不安に揺れている。


「エンダリオ。クラッカー子爵を命じる。王都に屋敷を準備した。今夜からそこに住むように」


 エンダリオと呼ばれた赤い髪の青年の顔が満面の笑みに変わる。だが、その後に続いた言葉に凍りついた。


「我がフアマサタ公爵家とは縁無き者として生きよ」

「な、何故ですか? 兄上」


 黒髪の青年は表情を変えず淡々と語った。


「爵位は情けだ。散々家からの要請を無視し見殺しにした。咎人でも良かったのだ」


 黒髪の青年は金髪の青年に向き直った。


「殿下、妹をお探しのようですが何用でしょうか? 妹はこの舞踏会には参加できない旨をご連絡してありますが」


 黒髪の青年の感情のない声が会場に響く。決して声を張り上げているわけでもないのに。

 視線を泳がせた金髪の青年は、そのような連絡が数日前に届いていたことをようやく思い出した。


「何故、エンダリオが縁を切られる」 

「家人が亡くなり、喪に服さねばならないのにこのような場にいることも理由の一つでしょう」


 黒髪の青年の言葉に会場がざわめく。小さな悲鳴が聞こえ、啜り泣く声もあった。


「妹の死を悼み、ありがとうございます」


 黒髪の青年は、体の方向を変えると優雅に頭を下げた。

 哀悼を示した者たちに感謝を込めて。


「ウインダリナが、しんだ、だと?」

「殿下は、朝の鐘の音をお聞きにならなかったと?」


 金髪の青年は黒髪の青年の視線から逃れるように顔を背けた。

 聞いたような覚えもあるのだが、他のことに気をとられていた。


「妹は、一ヶ月前に賊に襲われた傷が癒えず、今朝がた息を引き取りました。魔力の枯渇も要因の一つでしたので、双子の弟であるエンダリオに家に戻るよう何度も伝達を送ったのですが」


 魔力は人に受渡しすることが出来るが相性があった。家族でも相性が悪いと受渡し出来ない。双子の場合だけは相性の心配がなくお互いに魔力を受渡しすることが出来た。


「うそだ。あの女が死ぬはずがない。あの女は魔女なんだ」


 声を発したのは赤い髪の青年だった。

 茫然と立っていた赤い髪の青年は、耳に入ってきた言葉にブルブルと震えだした。


「エンダリオ、まだ立っていられたか」


 黒髪の青年の言葉と共に赤い髪の青年の膝は床につき、その体は力を喪っていた。クタリと上半身は床に着きそうなくらい曲がっている。その両腕はあり得ない方向に曲がっていた。


「どうした、エンダリオ!」


 側にいた者たちが声をかけ、赤い髪の青年を立ち上がらせようとするが、赤い髪の青年は自力で立とうとも言葉を発しようともしない。


「貴様、エンダリオに何を」


 金髪の青年は、黒髪の青年を睨み付けた。


「妹の魔力が切れただけですよ。エンダリオの骨は軟らか過ぎて自身の体を支えられません。魔力も少ないため、魔力が多かった妹が分け与えていたのです。妹が死に魔力の供給が途絶え、体を支えていた魔法も切れたのでしょう」


 黒髪の青年が指を鳴らすと車椅子を押した男たちが現れて、赤い髪の青年を乗せた。車椅子の背凭れは倒されており、赤い髪の青年の顔は天井を向いていた。


「エンダリオは、もう話すことも出来ません。指一本己の意思で動かすことも。妹が回復するまで今の状態でいることになるので帰宅を促していたのですが」


 黒髪の青年は、大きく息を吐いた。

 金髪の青年は、ビクッと肩を揺らした。


「妹が生死をさ迷っている間も魔法を好きなだけ使っていたようで。その結果、妹の死期も早まりました。普通に生活するだけなら、妹も回復する可能性は低かったですが僅かながらもありました」


 高度な魔法が使える赤い髪の青年に些細なことでも魔法でやらせていた。金髪の青年は、口をだらしなく開け涎を足らし、瞳だけは訴えるように強い光を持って天井を見つめる赤い髪の青年から視線を逸らし顔をしかめた。

 ここ最近、魔法を使うのを嫌がっていたのを強請られるままに無理矢理使わせていた。その自覚があるだけに変わり果てた赤髪の青年を見ていられなかった。


「ところで殿下、何故妹は殿下の名代としてマダラカ公の所に行かなければならなかったのですか? 殿下の婚約者とはいえ、妹にほとんど王家の血は流れていません。殿下にも名代を立てなければならないほどの用もなかったはずですが?」


 黒髪の青年の言葉に声をあげたのは、栗色の髪の青年だった。


「何故騎士見習いの弟がウインダリナの警護につかなければならなかったのだ! そのせいで今も弟はベッドの上だぞ」

「それは、こちらが聞きたい。王太子の代理の者に騎士見習いを警護につけるなど、騎士団はどうなっているのですか? 経費が削られて人数を確保するには手当ての低い騎士見習いをつけるしかなかったと聞いておりますが?」


 栗色の髪の青年は、目を見開いた。そんなこと初めて聞いたというかのように。


「財務長官に確認しても王家の公務のため十分な予算を取り支払いも済ませていると聞いています。ですが、護衛は人数を合わすために騎士見習い、取られていた宿は王家の者が泊まるとは思えない質の悪い所、手配したの貴殿ですよね? 殿下の警備担当のゼラヘル伯爵令息殿」


 ゼラヘル伯爵の息子である栗色の髪の青年は顔色を悪くし、口を一文字に結んで沈黙した。


「おいおい財務長官と騎士団から話があると思いますので、納得いく説明をお願いします」


 黒髪の青年はもう用はないと栗色の髪の青年から視線を外した。


「殿下、質問に答えていただけないのですか? マダラカ公領近くの山荘にいらっしゃった理由を」

「殿下は体調を崩されて山荘で休まれていたのです」


 答えたのは深緑の髪の青年だった。


「では、医師の手配の代わりに高級食材や高級酒が山荘に運び込まれていた訳は?」

「町医者などに殿下を診させるわけにはいかないでしょう。殿下に食べていただく物です。最高の物を準備するのが当たり前でしょう!」


 黒髪の青年は納得したように頷いたが、詰問の手を緩めない。


「医師を手配しなかった理由は分かりました。では、城に戻られなかった理由と連絡されなかった理由は?」

「それはすぐに回復されて・・・」


 深緑の青年は歯切れの悪い返答になっていく。


「では、何故十日以上も山荘に? 移動可能なほど体調が回復されたのなら、城に何故お戻りになられなかったのです? 体調を崩されていたのなら宮廷医に詳しく診ていただかねばならかったのに? それから花や宝石、ドレスも山荘に運ばれていますね。これは何用で?」

「それは・・・」


 黒髪の青年は決定的なコトを口にした。


「国王陛下も宰相殿も殿()()()()()()()公務を果たされたと思われていました。何故虚偽の報告をされたのですか? サーチマア侯爵令息殿」


 サーチマア侯爵令息と呼ばれた深緑の髪の青年は、真っ青な顔をしてガタガタと体を震えさせた。

 王家を国を詐称するのは重罪になる。縋るように金髪の青年を見るが視線を合わせてもらえない。


「殿下、殿下のお言葉で正当な理由をお聞かせ願いませんか?」


 金髪の青年は、グッと手を握りしめるだけで答えようとしない。


「そうそう、不思議なことにマダラカ公訪問に国費から支払われた経費から実際の経費を引き、残額に王太子殿下が最近引き出された経費を足すと山荘での支払い金額にほぼ合うのですか」

「あの、それには理由があるのです」


 発言したのは、金髪の青年の傍らにずっといた女性だった。

 赤みがかった金髪を揺らして、潤んだ青い瞳で黒髪の青年を見つめていた。


「殿下、この女性は?」


 黒髪の青年は、初めて気がついたというように女性を見た。


「彼女は・・・」


 金髪の青年が言葉を発するよりも早く、その女性は黒髪の青年に近付こうと足を踏み出していた。


「エンドール様、わたしは・・・。きゃあ!」


 黒髪の青年は後ろに飛び退き、どこからか現れた者たちが女性を床に押さえつけていた。


「何をする!」


 金髪の青年が声を張り上げる。


「彼らは職務に従ったまで」

「何が職務だと!」


 鼻息荒く声を荒だげる金髪の青年に黒髪の青年は呆れたように息を吐いた。


「殿下に次ぐ王位継承権を持つ私に不必要に近付く者を取り押さえた。私の身を守ることは彼らの任務ですから」

「ミミアは、そういう者ではない!」


 金髪の青年は女性を助け出すと、キッと黒髪の青年を睨み付けた。


「では、何故、()()()礼儀(マナー)を身に付けてないのですか? 私が剣を持っていたら斬っていました」


 黒髪の青年の言葉に金髪の青年は目を剥く。


「ミミアは貴族の作法に慣れていないのだ。それに女性に斬るなどと」

「隣国の王妃は、近付いてきた女性に刺され今も起き上がれない状態とか。殿下もご存知ですよね?」


 慣れていないでは済まされない話なのだと黒髪の青年は言っている。相手にも自身にも被害が出るのだと。


「それに学園に、昨日、今日入った者でも殿下の側にいることを選んだのなら作法を早急に覚えるべきでは」

「ミミアを侮辱するのか?」

「侮辱されるようなことをなさっているでしょう。作法を覚えようとしないのに次期国王の側にいようとしている。次期国王である殿下の″恥″となっていますし、殿下の品位を落とす存在にしかなっておりませんから」

「酷い!」


 金髪の青年の腕の中で女性が声をあげたが、腕の持ち主は黒髪の青年以外の会場にいる者たちを見渡した。

 皆、視線を合わそうとしないが、冷たい目で金髪の青年たちを見ている。明らかに金髪の青年たちを心良くなく思っている冷たさであった。


「若様」


 側に控えていた者の呼び掛けに黒髪の青年は頷いた。


「殿下、私は妹を弔う準備のため帰らねばなりません。申し開きは陛下にお願いできますか?」


 黒髪の青年は体を反転させると出口に向かって数歩進んだところで足を止めた。


「そういえば・・・」


 黒髪の青年は振り返り、その視線を金髪の青年に向けた。


「妹に何用でしたか?」

「いや、式の連絡が欲しい」


 乾いた笑い声が会場に響いた。

 黒髪の青年が体をくの字に曲げて笑っていた。


「妹の葬儀に出席されるおつもりか?」

()()()()()()()()()()()()()


 憤慨して鼻白く言う金髪の青年に黒髪の青年は口元を歪めた。


「何をもって婚約者だから当たり前だと? 妹が襲撃されたことも、妹が死んだことも知らず、この場にいらした方が!」

「それは・・・」


 金髪の青年は答えられず視線を逸らした。


「それに妹が婚約者とおっしゃいながら、その腕の中にいる女性はなんなのです? その者が身に付けているドレスは? 宝石は?」


 金髪の青年は、己の髪と瞳の色を身に纏っている女性を見下ろした。誰に愛を囁き、誰を裏切っていたのか。腕の中に己の罪が形となっている。


「殿下と私は愛し合っているのです!!」

「妹には、舞踏会に向けて殿下からの贈り物は何一つございませんでした」


 ざわめく会場の声に金髪の青年は身を竦めた。物音一つでさえ己を責める声に聞こえる。

 黒髪の青年の声が低くなる。


「殿下、十日前は妹の誕生日でした」


 金髪の青年は、それを覚えていた。その日は、赤い髪の女性の双子の弟、赤い髪の青年の誕生日を盛大に祝っていたから。


「殿下が妹の元へカード一枚でも贈っていただけたら、義理を果たしていただけたのなら、両陛下がなんと言われようが婚約はこちらから解消する予定でした。妹は生きていたとしても立つことも叶わぬ体となってしまっていましたから」


 金髪の青年は知らされた事実に瞠目した。一ヶ月もあったのに婚約者の様子を何一つ知らなかった、知ろうとしなかったことに。いや、いつから婚約者のことを気にかけなくなったのか、それを考えること自体が恐ろしい。

 女性は自分を抱き締める力が弱くなったのを感じ、その腕にしがみついていた。


「ウインダリア様は私を虐めていたの」


 その言葉に弾かれたように言葉を発したのは、深緑の髪の青年であった。


「ウインダリア嬢は、三日前にミミア嬢を階段から突き落としたであろう!」


 力強く放たれた言葉は、益々会場の空気を下げただけであった。


「他にもあるのだぞ!水をかけられた、馬車に石を投げつけられた、持ち物がなくなった・・・」


 悪くなっていく空気に張り上げた声が小さくなっていく。


「重傷で床にいる者がどうやって学園に?」

「それは人を使って」

「話せる状態でもなかったのに?」

「で、では、魔力を使って」

「エンダリオに勝手に魔力を使われ、命を削っていたのに?」

「・・・・・」


 深緑の髪の青年は助けを求めて視線を巡らすが、誰も視線を合わせようとしない。


「それに証拠は? 確かなる証拠や証言があって、公爵令嬢である妹を貶めているのであろうな?」


 黒髪の青年は、さらに声を低くして問う。


「ミミア嬢が、虐められていたミミア嬢の証言で」

「ほう、他は?」

「本人の証言さえあればいいだろう!」

「では、聞く。妹が行っていないと証言していたら信じたのか? 本人の証言だ」

「信じられるわけないでしょう。虚偽に決まっている」

「それは可笑しい。どちらが嘘をついているか分からないのに? 公平に欠けている。だから、正当とするために証人や証拠が必要なのだ」


 それが正しいことが分かっているのに深緑の髪の青年は認めることが出来ない。認めてしまったら、己が正しいと思っていたモノが全て崩れてしまう。


「ウインダリア嬢は、公爵令嬢という身分を使ってミミア嬢を虐げていた」

「そんな力を使わずともその者は大勢の者から疎まれている」


 黒髪の青年は、何を今さらと呟いた。


「私は何もしていません。何もしていないのに皆さんが私を嫌うのです」

「襲撃事件が起こったのは一ヶ月前。何故、騎士見習いが従事しなければならなかったのか、汚水と変わらないスープを出す宿に泊まらねばならなかったのか、誰もその理由に気がつかないとでも?」


 カツン


 靴音が響いた。


「騎士見習いの弟は、左足を失いました」

「騎士見習いの婚約者は、右目を失いました」

「騎士見習いの従弟は、右手が使えなくなりました」

「騎士見習いの兄は、背中に深い傷を負い立てなくなりました」

「騎士見習いの再従兄弟は、右腹に・・・・・」「騎士見習いの弟は・・・・・」「騎士見習いの・・・・・」「騎士見習いの・・・・・」・・・


 金髪の青年たちは、発言した者たちに囲まれていた。


「殿下、何故、マダラカ公領へ行かれなかったのですか?」

「何故、クラチカ伯爵令嬢を大切になさっているのですか?」

「何故、クラチカ伯爵令嬢の話だけ聞かれるのですか?」

「何故、クラチカ伯爵令嬢の嘘を信じるのですか?」

「何故、ウインダリナ様を悪く言われるのですか?」

「何故、ウインダリナ様を信じられないのですか?」

「何故、ウインダリナ様が襲われなければならなかったのですか?」

「何故?」「何故?」「何故」・・・


「何故、ウインダリナ様がお亡くなりにならなければならなかったのですか!!」


「殿下は、私のお誕生日を祝ってくれただけよ! 愛する人の誕生日を盛大に祝って何が悪いの?」


 女性は叫んだ。それが如何にも正しいことであるかのように。


「フッハッハッハッ。殿下、その者を″恥″と言わずになんと言うのですか?」


 黒髪の青年は、笑い声を上げたがその目と声は思わず肌を擦りたくなるほど冷たい。


「自分のためなら、公務を、王家の仕事を蔑ろにするのは当たり前だと申すその者を」


 金髪の青年は、何かを断ち切るように女性から離れた。


「国費を、経費を不適切に使い、そのせいで死傷者が出たことをなんとも思わない者を」


 女性は縋り付くように手を伸ばすが邪険に振り払われてしまう。


「″恥″を当たり前に側に置かれる殿下たちはなんとお呼びしたらよいのですか?」


 嘲りを含んだ言葉に金髪の青年は、答える言葉を持っていなかった。


「陛下もご存知なのだな」


 金髪の青年の言葉に黒髪の青年は頷いた。


「すでに動いていらっしゃいます。秘密裏にされていたのは、襲撃者たちの真意が分からなかったためです」


 金髪の青年は握りしめた手を見て、さらにその手を強く握った。手に残る()()を斬った感触、耳に残る()()()()呼び声・・・、あれは悪夢ではなかったのか?


「エンドール、一つ願いがある」


 金髪の青年は、今、己が動かせるモノがあるのか考えた。


「私が叶えるとも?」


 黒髪の青年の答えは冷たい。


「ウインダリアの(ひつぎ)に昨年まで彼女の誕生日に私が送っていた花を入れて貰えないか?」


 黒髪の青年が呆れたように小さく息を吐いた。


「それは手配してあります。誕生日の翌日、侍女が飾ったその花を偶然意識が戻った妹が見て笑ったので」

「そ、そうか・・・」


 その答えに金髪の青年はホッと息を吐いていた自分に気付く。口元に自嘲の笑みが浮かぶ。


「殿下?」


 急に態度の変わった金髪の青年に女性は、声をかけるタイミングを待っていた。


「ミミア、私に付いてきてくれるか?」

「はい!」


 女性は、全身で喜びを表し返事をしていた。


「私が王族で無くなり、罪人となり鉱山に送られても?」

「えっ?」


 女性の顔が驚愕に変わる。何を言われたのか分からないというように。


「私は王族でなくなる。それでも側にいてくれるか?」

「殿下は王に成られる方でしょう? 王族ではなくなるなんてありえませんわ! 私は王妃になるんです。王妃になる者です」


 半狂乱に叫ぶ女性を金髪の青年は冷たい目で見ていた。その瞳にさっきまで宿っていた熱はない。


「衛兵、直ちにクラチカ伯爵家に向かい、私が贈ったモノを全て押収し襲撃事件の治療費及び慰謝料に当てよ! そして、クラチカ伯爵令嬢ミミアを拘束せよ」


 衛兵たちが飛びだし、女性を拘束する。


「でんか、なぜ!」

「私は国に対し大罪を犯した。よって罰せられ王族でなくなる。そなたは、私を誑かした罪人として罰せられる。それだけだ」

「いやよ! 私は何もしていないわ!」


 女性は身を捩りながら、声をあげるが誰も聞く者はいない。


「城に行く」

「殿下、妹に伝えることは?」


 黒髪の青年に金髪の青年は首を横に振る。


「謝罪は会った時に。近いうちに会えるだろう。いや、行く場所が違うから会えぬかもしれぬな」


 金髪の青年は、赤い髪の青年の車椅子に近付くとハンドルを持った。


「皆も迷惑をかけた。王太子として挨拶をするのはこれが最後だと思う。皆の息災を祈っている」


 金髪の青年は車椅子を押して出口に向かって歩いていく。衛兵たちが深緑の髪の青年、栗色の髪の青年、女性を連れてその後に続く。

 黒髪の青年は金髪の青年とは違う出口に向かって歩き出した。



 馬車の中で黒髪の青年は小さく呟いた。


「バカが」


 金髪の青年が最後に立っていた場所には小さな血痕があった。


「若様、お嬢様を襲った犯人のことは・・・」

「あいつも分かっているさ。騎士見習いばかりだといえ、妹が死に至るような怪我をさせられる者が何人いるかぐらい」

「それに若様、あの花は・・・」


 黒髪の青年は花の手配はしてあると言ったがどの花屋にもあの花は売っていない。それをどうしたらよいのか、従者は頭を悩ませていた。赤い髪の女性の誕生日の翌日に飾れていた花は、誕生日の終わりが近づく、そう日付が変わる直前に門番に突然届いた送り主不明の物であった。

 半年前に黒髪の青年の従者になった彼はその花の意味を知らない。


「あれは、王太子しか咲かせられぬ花。王太子が己の未来の妃に送る花。操られていても花を贈ることは忘れなかったようだ。陛下にお願いしてある。妹の葬儀の日までは殿()()()()()に王太子でいられるようにと」


 きっと花を贈りたいと願うだろうからな。



 クラチカ伯爵領から『天使の囁き』と呼ばれる薬草が栽培されていたと発表された。強い催眠効果がある薬草のため麻薬に認定されおり、売買はもちろんのこと栽培及び所有が禁止されている薬草であった。

 クラチカ伯爵家は取り潰しされ、一家は一人残らず斬首された。

 クラチカ伯爵令嬢は、通う学園で『天使の囁き』を混ぜた飲食物を多数の男子生徒に食べさせており、中には末期の中毒症状になっている者たちがいた。

 彼らの名は伏せてあるが、中には高貴な者もいたと言われている。



 リーンゴーン

 フアマサタ公爵令嬢の葬儀の日、再び弔いの鐘が鳴った。

 急に病に倒れた王太子が治療のかいなく亡くなったことを告げていた。

 死んだ王太子の手には赤い髪が握られていたことを知る者はほんの僅かであった。

誤字脱字報告、ありがとうございます

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