妖精王の帰還5
永い、永い夢を見ていた。
色とりどりの鮮やかな花が咲き乱れる庭園を、長いスカートを蹴りあげながら走っていた。
「早く!アイナこっちよ!」
クスクスと笑いながら後ろから追いかけて来るであろう友の名前を呼んだ。
草木が服を汚すのも構わず、今度は小道を外れ生垣の隙間に頭から突っ込んだ。
ルル様と友の呼ぶ声がする。
子供がやっと1人通るくらいの獣道を進み、出た先で少女は何か大きくて硬いものにぶつかった。
何も無いと思っていたので思ったよりも強くぶつけてしまった鼻を擦りながら見上げると、驚いた顔がこちらを見ていた。
「何がぶつかったと思ったら姫様か」
「ドルーワ叔父様!」
褐色の肌に深く刻まれた皺をクシャッとさせ、がっしりとした腕が少女を抱き上げた。
生垣から飛び出した先には他にも2人の人物がいて、どちらも突然現れた少女に驚きつつも優しい眼差しを向けている。
「おかえりなさい叔父様」
「まぁルル、お行儀が悪いわよ」
「はぁい」
一緒にいた母に窘められると少女はヒラリと叔父貴の腕から降り、ふわっと広がったスカートをちょこんと持って膝を折ると可愛らしくお辞儀をした。
「おかえりなさい叔父様。ご無事のお帰りお喜び致します」
「少し見ない間に立派なレディになったな」
節だって大きな手がくしゃっと黄金色の髪を撫でる。
少女はその大きな手が好きだった。
母のように白く細く美しい手も、父のように大きく温かみのある手とも違う、ゴツゴツとして不恰好な手だったが力強さと一緒に優しさが伝わってきた。
いつもよりもしつこい叔父貴の愛情表現に、くすぐったいと笑い声をあげその手から逃げ出した。
「叔父様ったら」と文句を言うために顔を見上げると、いつもは優しい瞳の中に悲しげな表情が見えた。
「ドルーワ叔父様・・・・・・?」
そう少女が問うとハッと取り繕うような笑顔を浮かべたが、父と母の眼にも同様の憂いが宿っていた。
少女に言い知れぬ不安が湧き上がる。
少女が何かを口にしようとした時、世界が暗転した。
「お父様・・・・・・お母様!!」
漂う硝煙に咳き込み思わず口を覆う。硝煙の中を進み少しでも明るい方を目指すとそこは地獄だった。
火薬と石油、それに血の匂いが充満し、息をするのも辛い。
本来なら花々が咲き乱れ美しい庭園が半分が灰に、半分が炎に包まれている。
庭園だけでない。その先にある城下もあちらこちらで炎が上がっている。
自分のいる場所が城の露台だと漸く気がついた。
爆発音の中に悲鳴や怒号が混ざって聞こえる。
しかし少女はその恐ろしい状況に動く事はおろか、声を出すことさえ出来ないでいる。
そんな少女の目の前を大きな影が2つ横切った。
ひとつは見たこともない長い胴体に7対の手足、機械の羽根をつけたまるで百足のような赤い甲冑。
そしてもうひとつは鈍く光る銀色の甲冑に黒揚羽の羽根。手には大きなサファイアの嵌ったロングソード。
その甲冑は幾度も磨いた自慢の甲冑だった。しかし、今は血や埃にまみれ輝きを失っている。
二つの影は互いに攻撃を仕掛けながら少女の目の前を左右上下に激しく動く。
しかし見る見るうちに銀色の甲冑を着た騎士は劣勢を強いられ、百足の持つ2本の刀と2丁の銃が騎士の身体を血に染めていく。
それでも騎士の気迫は衰えない。一本の手を刀ごと叩き落したと思った瞬間、百足がニヤリと笑ったのが少女には見えた。
「お父様・・・・・・!!!!!!」
引きつるような声しか出なかった。
騎士の背中から血に染まった剣先が覗く。それを大きく振ると鮮血が迸り、騎士の身体は人形のように力なく落下していった。
少女は思わず欄干を乗り越えその身体を救おうと手を伸ばす。
しかしその手が父に触れると思ったその瞬間父の姿が塵のように消え目の前がホワイトアウトした。