妖精王の帰還2
ここはルーナと呼ばれる、妖精や巨人、小人、竜やケンタウロス等様々な種族の住む世界。
25年前突如として黒い雲が世界を覆い、ダイロンという男が謀反を興した。ダイロンの力は恐ろしく強く、周囲の国を巻き込みながら暗黒の国を広げていった。
ダイロンの目的は8人いる妖精王を滅ぼし、自分が唯一絶対の妖精王となる事。
妖精王の1人ローレン国のロアンナ様はカリム王配殿下と共に必死に同族を守りながら最後まで戦った。
「それが貴方様のお母上とお父上でございます」
「私の……母と父……」
イヴァンスがツッと指で宙に模様を描くと、白い煙のようなものが立ち上がりそれが次第に2人の人物を形作っていった。
長い金色の髪に緑の瞳、シルバーの美しいティアラを冠した女性と、その傍らに立つ甲冑姿の勇ましい黒髪の男性。
それが優子の父と母だと言うのだから驚いた。
城が陥落するその時まで2人は戦線に立ちダイロンと戦い続けた。王配殿下を目の前で亡くされた時も涙を拭うこと事も叶わない程に。
そしてロアンナ王は最後に当時4歳だった皇女リュミエールを自分の妹であるアンドレアに託し、地上へと逃がした。
妖精の力の源である羽根をもぎ、誰にも知られぬようひっそりと。当時残った配下の者も誰もそれを知らなかった。
あの美しい城と一緒に陛下も王配殿下も皇女殿下も沈んだと誰もがそう思って悲しみにくれていた。
残った仲間達は散り散りに逃げ延び、ダイロンの包囲網を抜けここフィリアまで逃げてきた。かつての妖精王の眠る清浄な地。ダイロンも此処まではまだ手が伸びていない。
あれから6つの妖精王が倒され、残る2つの妖精王も行方不明……ダイロン配下に下ったという噂まである。
「でも、誰も知らなかった私の存在がどうしてこんな事に?」
「それは……そちらにおわします皇女殿下の存在です。」
全員の視線がバスケットに眠る響へと注がれる。
今思えば響が産まれたのは奇跡に近いと医者に言われた。
何度も流産しかかり、悪阻も酷かった。ボロボロになりながらも頑張れたのは優子と響の執念であった。
予定日より2ヶ月も早く、1500gにも満たない未熟児で産まれた響。
最初の1週間が山場だと言われたが、医者も驚く程に生命力が強く、今のところ後遺症もなくスクスクと育ってくれた。
「異種族交配のせいでしょう……妖精族自体繁殖能力が低く、子が出来ないものも多いです。それが力を失ったとはいえ、純血の妖精王の血を引く貴方様が、人間の王配殿下との間に子を成したのは奇跡以外の何ものでもありません。そして皇女殿下の力はまだ未開花ながら巨大な……かつてのどの妖精王よりも上回るような大きな力を秘めています」
奇跡のように産まれた響。
その力は本当に些細ながら人間界からルーナへと流れ込んできた。
いち早くそれに気付いたダイロンは人間界へ手下を送り血眼になって妖精王の血族を探した。
成長するに従い力は強くなりついにダイロンは3人を見つけ、そしてまだ力が十分に開花していない今、始末しようと3人を襲った。
「でも失敗した……」
「皇女殿下と陛下、そしてアンドレア様のお力です。
地上へと逃げたアンドレア様はその姿を精体へと変え陛下をずっと見守り続けていらっしゃいました。皇女殿下が産まれてからは皇女殿下も……」
それを聞いてなぜだか優子は涙が零れ出てきた。
優子には幼い頃の記憶がない。
気付いた時には孤児院にいて、父母など居ないものとして教えられていた。
でも常に何か暖かいものが隣にいた。暖かくて懐かしく、慈しむ視線を常に感じていた。だから寂しく無かったのだ。
しかし、いつしかそれを拒絶したのは自分だった。
他の人には見えない何かを見る力を、妖精の力を拒絶し封印したのは他でもない自分自身だ。
それに気付いた途端、忘れていた記憶が奥底から呼び起こされてきた。
美しいフィリア国、優しく微笑む父母の姿、優しい妖精の世界。
そしてそれを一瞬で崩した恐ろしいダイロンの軍政。
胸が熱く苦しく、嗚咽が漏れた。
賢治が優しく肩を抱き、肩を貸してくれた。
顔を上げなくても、衣擦れの音でイヴァンス達が退室していったのが分かった。
シンとした室内に優子の嗚咽が響く。
どうして忘れていたのか、次々に浮かび上がるビジョンは簡単に処理出来るようなものではなく、ただただ記憶の渦に振り回されていた。
バスケットの中から驚いた様子で響が泣きじゃくる母親を見つめていた。
どの位そうして泣いていただろうか。やっと落ち着いて顔を上げると部屋は茜色に染まっていた。