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妖精王の帰還  作者: 若竹丸
プロローグ
1/11

プロローグ1

小宮優子(こみやまさこ)は極々平凡なありふれた主婦であった。


賢治(けんじ)とは3年前、学生時代から通算5年の交際期間を経て結婚。

直ぐに子宝にも恵まれ、今は生後9ヶ月の娘(ひびき)との生活を楽しむ幸せな生活のただ中にいた。

はいはいを覚えた響は良く笑い、人見知りもなくじつに育てやすい子だった。

ただ優子には一つだけ心配な点があった。

それは優子のただ一つ他の人と違う事でもあった。


「響ちゃんそろそろご飯にしようか」


リビングに置いたプレイマットの上で楽しそうに1人で遊んでいる娘を見ると、玩具をよそに何も無い空中に手足をバタバタさせて遊んでいる。

よくよく目を凝らすと黒いモヤのようなものに手を差し出して遊んでいるようだった。

直感的に何か悪いものを感じ、娘を抱き上げると足でそのモヤのようなものを蹴散らした。


「いったい何なのよあれは……」


優子は度々人に見えないモノが見えることがあった。

幼い頃はそれが顕著だったようで、友達の中で浮いていた思い出がある。

変な子と言われ仲間外れにされた事も1度や2度ではない。

そのうちそれは自分にしか見えない事に気づき、見ないよう努力をしているうちに少なくなっていった。

幼児は感覚が鋭いとは一般的にも良く言われる。

ただ娘の響もまた、人には見えないモノが見えているような気がした。

今の自分にはモヤのようにしか見えないモノが、彼女にはきっとハッキリ見えているのだろう。

優子はとても嫌な予感がして、腕の中で楽しそうに笑う響を強く抱きしめた。


「やだ……また背中のイボが大きくなってる……」


それともう一つ。幼子の柔らかな背中に肩甲骨から腰にかけて左右にそれぞれ3つ、等間隔にイボのようなものが出来ていた。

産まれた時は分からなかったが、成長するにつれてそのイボも大きくなってきているような気がする。

病院に行ってみても今は様子を見ましょうと言われる程度で、大きくなって気になるようなら形成外科で取ることも出来ると言われた。

優子の背中にもそれと似たような傷跡があった。

今となってはそんなに気にならないが、思春期は水着になるのも嫌で、旅行などで温泉に入るのも凄く嫌だった。

変なモノを見てしまう目と同じく、これもまた娘の心の傷になりそうで嫌だった。


「あーー?」


心配な気持ちが腕の娘に伝わったのか、小さな手で優子の顔をペチっと叩きどうしたの?という顔でこちらを覗き込んでくる。

ビー玉のような綺麗な瞳に見つめられると、そんな心配もどこかに飛んでいくようだった。

しかし、その心配が思いもよらない形で現実になるとは、その時はまだ知らなかった。


良く晴れた5月のある日曜日。

優子は賢治と響と一緒に近くの公園まで遊びに出ることにした。

ベビーカーの中で響はご機嫌だ。


「本当に響は良く笑うな」

「うん。夜泣きはまだ少し大変だけど、この笑顔を見ると許しちゃうからずるいよね」

「そのうち『パパなんて嫌い!』って言い出すのかなぁ」

「女の子なんて多かれ少なかれそんなものよ。今から嫌われないように努力しないと」


旦那の遠い未来への心配をクスクスと笑いながら並んで歩いていると、ベビーカーのタイヤが小さな溝にハマってしまった。

あららとベビーカーを持ち上げ溝から出していると、ガシャーンと大きな音がして、目の前に建設中の建物から鉄骨が落ちてきた。

音に驚いた響が泣き出したので慌てて抱き上げる。

あのまま進んでいたらと思ったら背筋がゾッとした。


「大丈夫ですか!?」

「はい。大きな音に娘が驚いたくらいで……でも、どうしたんですか?」

「それが突然ワイヤーが切れて……防壁版のあの隙間から落ちたんです。こんな事初めてで……本当に申し訳ございません。でも、お怪我が無くて本当に良かったです」


現場監督と思われる作業服姿の男性は、困惑の表情を浮かべたまま怪我人がいない事に先ずホッとしているようだった。

見上げると本当に落ちてきた鉄骨1本分あるかないかというくらいの隙間があった。ワイヤーも簡単に切れるようなものでも無いだろうし、あそこを通って落下するなんて信じられないという男性の困惑も最もというものだ。

一瞬驚いて泣き出した響だったが、母親の胸の中で安心を取り戻したのか、何処からかやって来た蝶々に手を伸ばし御機嫌に遊んでいる。

破片が飛んで何処か怪我したといった様子もない。

一応何かあった時の為の連絡先として現場監督の男性から名刺を貰い、私たちは大丈夫ですからと落ちてきた鉄骨を避けて先へと歩き出した。


「ビックリしたな……」

「ベビーカーが溝に嵌ってくれて本当に良かった。あのまま進んでたらもしかすると……って思ったら怖くなっちゃった」

「そうだな。響が僕達を守ってくれたのかも知れないな」


賢治がクシャッと響の頭を撫でるとキャッキャッと声を上げて喜んだ。

その笑顔に2人とも自然と顔が緩んだ。

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