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成人男は、厨二的都市伝説を信じない  作者: めーる
1章 『忘却』の喫茶店
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1章 第1話

 ――二千二十三年 八月 二十三日(水曜日)


 御岳(みたけ)湊人(みなと)は、仕事終わりの帰り道……自宅近くの住宅街の帰路を街頭に照らされ、足を進めていた。


 と、


「ん……? こんな所に……??」


 湊人は、視界の端に見慣れない小道へ無意識に首を傾げ、その場で立ち止まる。


「……こんな小道、有ったけ??」


 出生から、親都合で小学六年生の十二歳に転校するまで湊人は、この町に住んでいた。

 そして、今年社会人の二十二歳となり……大人へ姿を変貌させ、生まれ故郷であるこの町に再来。

 合計で『十二年間半』の時をこの町で過ごしている。

 そんな長年住んでいる町で、見慣れない裏道とも判断出来る小道を発見した。


 何気なく腕時計を確認してみると、針は夜の九時を示している。


 時刻が未だ深夜ではないと理解した瞬間に、好奇心や探究心を抑制していた心の紐が緩む。


「す、少しぐらい寄り道しても良いよな……」


 別に自宅へ到着しても、家族や友人、ましてや彼女が帰りを待っていることは無いのだが……自身になんとなく言い訳すると、興味本位で歩数を進め、小道へ突入してみる。


 涼しげな八月晩のそよ風、先程まで居た道から微かに、鼓膜へ響く車が走行する音……。

 小道へ足を踏み入れるなり、草木揺れる雑音でさえ美しく感じた。

 それと周辺が草叢の所為か、夜空の星々がいつもの数倍鮮明に目視できる。


 そのまま前方を見つめる形で、視界を星空から進行先へと向けると、薄暗闇の中で淡く光を漏らしている一戸建てな木製建物が目に止まった。


「なんだあれ……?」


 目を凝らしてみると、出入口であろう扉の真ん中に、『開店中』と記された板が吊り下げられているのを確認できる。

 あと微妙に、コーヒーの甘苦い香りが辺りを漂ってきている。


 これらの状況下から、湊人は目前の建物正体を喫茶店だと推測すると、


「……入ってみるか」


 建物内への入店を決意する。


 だが……近くに見えた建物は意外に距離が離れており、入口扉の眼前まで行くのに、約三分ほどの時間を費やした。


 そんなことは良しとして、湊人は入口ドアノブを手前に軽く引いて扉を開く。


 一連の動作を歓迎するように、


 ――カランコロンッ……!!


 古びたベル音が小さく鳴り響いた後、


「……いらっしゃいませ」


 無地のエプロンを纏う黒目で黒短髪な美女が、お淑やかに湊人を出迎えた。


 瞬間、湊人は懐かしい匂いと雰囲気の様なものを感じた。


「あの……何処かで会ったこと……??」


「えっ……??」


 湊人の唐突な言葉へ困惑をみせる美女店員を前に……ナンパの様なことをしてしまった自分が恥ずかしくなり、湊人の顔は段々と赤みを増していく。


「あ、あの……急にすみませんでした……」


「いえいえ、お気になさらずに……」


「あ、はい……」


「あの、今日はどうしますか?」


 湊人がペコペコと頭を下げていると、美女店員が問い掛けた。


 湊人は、数秒頭を悩ませると呟く様な声で、


「此処って、喫茶店ですよね?」


「いえ、コーヒー専門店です」


「じゃあ、コーヒーを一杯よろしくお願いします」


「はい、了解しました。では、種類はどうしますか?」


「え? 種類……??」


 湊人は、コーヒーの種類など無知だ。少しばかり頭を悩ませて、


「あの……メニューとかって無いんですか……??」


 遠慮気味に聞いてみると、目前の彼女は笑みを浮かべ、


「すみません……メニューの存在を忘れていました。今急いで持ってくるので、あちらの席にでも、腰をかけてお待ちください……」


「え、あ……はい」


 湊人は困惑気味に返事を返し、指定された木椅子へ座り、木製テーブルへ肘をつくと……「この店、大丈夫だろうか?」と思いながら、溜息を吐く。


 待っている間に、周辺を見渡してみる。

 湊人以外の客の姿は見当たらない。


「……」


 湊人が静寂の雰囲気に呑み込まれつつあると、


「あの、どうぞ」


「えっ? あ、どうも……」


 湊人は美女店員からメニュー表を受け取るなり、一つ気になった事を聞いてみることにした。


「あの、此処で働いているのって……貴女一人だけなんですか?」


 すると、彼女は少しばかり困りを見せつつ、小さく口を開き、


「そうですよ」


 湊人は質問の答えと一緒に、朧月の様な笑みを頂いた。


「そうなんですか……」


「そうなんですよ。あの、それよりも……」


「あ、すみませんっ!」


 湊人は急いでメニューの一覧を内読みするが、カタカナ表記で想像のつかない品に困惑する。


「あの、オススメのものとか……あるんですか?」


「『エスプレッソ・コンパナ』とかが、オススメですね……。エスプレッソにホイップクリームを乗せたもので、デザート感覚で私は飲んでいますよ。それに――」


「では、それで宜しくお願いします!」


 湊人は興奮気味の美女店員を前に、口をハッキリと動かして頼んだ。


「あ、はい……。畏まりました」


 彼女は畏ると、湊人に背を向けて店奥へコーヒーを作りに向かった。


 ――しばらくすると、湊人の鼻膣は、甘苦く懐かしみのある香りをジンワリ感じた。


 その後、店奥から湯気を立てる白いティーカップをお盆に乗せ歩く美女店員が、姿を現わす。


 彼女は湊人の目前立ち止まると、お盆上の白食器をテーブル上へ丁寧に置いて、


「エスプレッソ・コンパナになります……」


「ありがとうございます」


 湊人は礼の一言を述べると、白いホイップクリームが多量に浮かぶコーヒーを口へ運ぶ。

 一口飲むと、生クリームの甘さとコーヒーの苦さが口内を占領した。


 湊人が味に浸っていると、美女店員が首を傾げて、


「どうですか……?」


「え、味ですか?」


「はい、お味はどうでしょう?」


「苦味と甘さが上手く混ざりあっていて……大人の味って感じですね……?」


 湊人が適当なことを言うなり、彼女はニパァと笑みを浮かべ、


「そうですか、有難うございます! 実はですね、これ――」


 湊人は、彼女の長話が開始すると感じると、一気にコーヒーを飲み干して、


「あのっ! お会計よろしくお願いします!」


「え? あ、はい!!」


 湊人は立ち上がると、美女店員を隣にレジカウンターの前へ向かった。


 そして、会計が開始する。


「『エスプレッソ・コンパナ』一杯、消費税込みで、六百三十円になります」


「はい……」


 湊人は給料二日前の財布を開く。

 中身には、溜まりに溜まったレシートやポイントカード、それと少しばかりの小銭が見える。

 コーヒー代は、なんとか払えそうだ。


「どうぞ……」


「六百三十円……ちょうど頂戴します」


 湊人がなけなしの小銭を渡すなり、


「ポイントカードはありますか?」


 このコーヒー専門店は、他地域にチェーン店を構えているのだろうか?


 湊人はそんな事を思いながら、「持ってないです」と伝える。


「そうですか。では、作っておきますね」


「はい」


 美女店員は、簡易な折りたたみ式の紙製ポイントカードへ、コーヒー豆の形が彫られたスタンプを一回押して、


「スタンプが五個貯まると、お好きなコーヒーが無料で一回飲めます」


「五個貯まると、無料になるんですか?」


「はい、五個貯まると好きなコーヒーが一つだけ、無料になります」


「分かりました」


 湊人は会話を終えるなり、出入口の扉を開く。


 ――カランコロンッ……!!


「有難うございました」


 湊人の再びの来店を期待するように、美女店員の声と古びたベル音が響いた。





 ――二千二十三年 八月 二十四日(木曜日)


 湊人は、ジリジリとアパートの狭い部屋内に、騒音を巻き起こす目覚まし時計を停止させ、目を覚ました。


 社会人一年目の一人暮らしなので、起こしてくれる人は誰も居ないければ、朝ごはんを作ってくれる人も誰も居ない。


 湊人は料理が得意ではないので、毎朝コンビニの『おにぎり』や『パン』などで食を済ましている。


 とりあえず、寝癖や眠気を覚ます為にシャワーを一浴びすることにした。


 シャワーから上がって髪を乾かしワイシャツを着ると、湊人は狭い部屋にあるクローゼットを開く。


「って、アレ? スーツが無い。あ、そうだった……」


 湊人は、スーツをクリーニングに出している事を思い出した。


 昨晩スーツを取りに行くと、クリーニング屋と契約していたのだが、忘れていた。


「仕方がない……今日もアレを着るか」


 湊人は昨日着ていた……いや、今日も合わせて三日連続で纏う事となる、クローゼット端の黒スーツを手に取り、溜息を吐く。


 その後、洗濯済み白ワイシャツの上にスーツを羽織うなり、ある事に気付く。


「ん? なんかスーツから、コーヒーの匂いがするな……?」


 湊人の記憶には、喫茶店などへ最近行った記憶など無い。


 不思議に思いながら、何気なく目覚まし時計へ視線を変える。


「って、もうこんな時間!」


 湊人は急いで外へ出るなり家鍵を閉めて、最寄りのコンビニを目指し駆けた。


 ――コンビニへ到着するなり、お茶一本とおにぎり一つを陳列棚から手にしてレジへ会計に向かい、


「あの、これお願いします」


 腕時計を確認してみる。


 現在時刻は、朝七時四十五分。

 会社へ八時半迄に到着すれば、遅刻にならない。

 この場所から、地下鉄駅まで約五分。地下鉄に乗って会社に着くまで約十五分。


 少しばかり、余裕ある出勤になりそうだ。


 と、コンビニ店員が、


「二百三十円になります」


「あ、はい」


 湊人は、給料一日前の財布を開く。

 中身には、溜まりに溜まったレシートやポイントカード……それしか目に映らなかった。


「え?」


 湊人は困惑しながら、財布内を搔きまわす。


 社会人一年目の給料一日前とはいえど、六五百円以上は有った筈なのだ。


 と、見覚えのない二つ折された紙製カードが、財布から床へ落ちた。


 湊人はしゃがみ込み、落ちたカードを手にする。


 二つ折されたカードを広げると、コーヒー豆の形をしたスタンプが一つ押されていた。


「なんだこれ?」


「あの……」


 しゃがみ込む湊人の頭上に、店員の声が降り注いだ。


 湊人はすぐさま立ち上がると、


「すみません。あの、よくよく思えば食べる暇がないので……戻してきます」


 湊人はプライドに邪魔をされて、『お金が無い』とは口に出来なかった。


 こうして湊人は商品を元の場所へ戻すと……出入口付近に置かれたゴミ箱へレシートと共に、先ほど財布から落ちたポイントカードを投げ入れ、コンビニを後にした。

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