特別回:ひと時の夜を…
今回は総合評価ポイント1万pt突破&100万PV突破記念として特別回となります。
挿絵もリア友に依頼してコミッションで描いてもらいました。
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西暦1898年(明治31年)8月13日
今日は蒼龍と一緒に家でゴロゴロしている。
なぜならお盆期間ということもあって、私の会社は従業員、社員のリフレッシュの為に8月12日から22日までの10日間を休息日と定めた。
休息日は重大な事件や事故・災害などが無い限り会社への出勤を禁じている。
11日には全国の工場で一斉清掃を行い、12日からそれぞれ故郷に戻って静養を取るように厳命している。
それは会社の重役も同様だ、普段販売の営業や企画などで張り詰めている日々が続いていたら過労で倒れてしまう。
無論、この10日間は会社に来ないことが仕事であるので、給料も発生している。
その分の給料は夏のボーナス、特別給与の一部として支給されるのだ。
正当な支払いを行い、従業員・社員に休みをしっかりと与えれば、会社は支持されるものだ。
私は休みということもあって、家の居間で寝そべりながら新聞を読んでいた。
新聞は内乱状態の清国の情勢を刻々と記したものから、帝都で発生した珍事件などを面白おかしく纏めている記事まで様々であった。
この時代の新聞記者は中々鋭いツッコミなどを書く人が多い、例えば珍事件の記事では新橋で酒に酔った男が妻と間違えて美形の男性に抱き着いて男性から咎められたという記事が紹介されていた。
記事を書いた記者曰く、取材を行ったら確かに酒に酔っていなくても女性と見間違う程の美男子だった事と、その男性の好みの女性などを刻々と紹介し、最後に男性の本名とおもしき名前を載せて記事が締めくくられていた。
こういった記事はゴシップの類かもしれないが、読んでいる分には中々面白い部分もある。
新聞を黙読していると、後ろから両肩をそっと触れられた。
後ろを振り向くと、蒼龍が蒼い振袖を着てジッと私を見つめていたのだ。
「何か用ですか?」
「うん、阿南殿が面白そうに新聞を読んでいたからの、余も新聞を読んでみようと思ったのじゃ」
「よかったら一緒に見てみますか?」
「うむ、一緒に読もう…」
新聞を読みながら私と蒼龍は談話し、ある記事には議論したり、また別の記事では私の会社の広告が載っていたのを見て、見栄えの感じなどを意見交換したり等…。
あっという間に時間が過ぎていった。
そして気が付けば辺りは暗くなっており、もう夜の8時頃になっていたようだ。
庭先には蛍が何匹がいて、フラフラと辺りを飛んでいたのだ。
現代ではまず有り得ない光景だろう。
コンクリートブロックなどで整備された川では蛍は殆どいなくなってしまい、国を挙げて蛍の生息復興の為に各地で蛍の飼育や放流などがされたが、ある地域では在来種の蛍より別の地域から持ち込まれた蛍が繁殖してしまい、生態系が変わってきているというニュースがあった。
蛍を見たことがない人も多かった現代と比べて、農薬などを散布していない明治ではこうした光景を見られる貴重な時間なのかもしれない。
蛍を眺めていると、蒼龍が部屋の外に出てきて一緒に暫くの間蛍を見ていた………そして呟いた。
「こうして阿南殿と蛍の光を見るのも………いいものじゃな………蛍の光は一瞬の輝き、子孫を残そうとする雄が放つ短い時間の命の灯………ここで光っている者たちも皆、結ばれるのじゃろうか?」
「全員は無理でしょうね………たとえ人工的に飼育されていたとしても何匹かは結ばれることはないでしょう………それでも、結ばれる相手を探して命が尽きる最後まで………光を放って飛び続けるのでしょう………人が夢を掴み取ろうとするように………夢を諦めてしまう者もいます………蛍の灯も人の希望も同じ光ではないでしょうか?私はそう感じております」
「成程………そうかもしれないのう………もうしばらく、このまま蛍を一緒に見ていてもいいかのぅ?」
「ええ、いいですよ………一緒に見ましょう、蒼龍…周りは塀に囲まれているから、今日は部屋でいる時と同じように、竜の姿で一緒に観ましょう…」
「うむ、阿南殿がそう望むならそうしよう………」
庭先で眺める蛍の灯…。
竜の姿になってから私と蒼龍は蛍が飛んでいく光景を一緒に観ていた。
誰にも邪魔されない、このひと時の夜がずっと続いてくれることを願いながら。
暗くなっても、蛍の灯は夜が明けるまで輝いていたのであった………。




