白熊の野望:大韓帝国
一先ず、朝食を摂ってから変則商社に出社した後で会社の重役・役員を集めて緊急の会議を開いた。
会議の内容はロシアが清国の内戦に上清帝国側に参戦し、上清帝国領内だけでなく密約を交わした大韓帝国領内にも進軍を開始しているという日本やイギリス、そして清国正統政府にとって危機的状況であることを告げた。
それに、この危機的状況は変則商社にとっても大きな出来事であるので無視は出来ないのだ。
現在、北九州地方並びに中国地方を中心に新規の工場を4つ建設しているのだ、その工場はフリーズドライ製法などの現代で使われていた技術を使えるようにするための研究所も兼ねた食品製造ラインだ。
もし朝鮮半島全域がロシア帝国領になった場合、釜山港は対日用の軍事拠点となり得るし、釜山を経由して対馬を占領すれば、日本本土上陸の橋頭堡になる地理的条件を満たしている。
現在建設中の工場は既に着工が始まっており、これらの事業がキャンセルになると会社としても大損害を被ることになる。
最初は東北地方に工場を建設しようと考えていたのだが、2年前に発生した明治三陸地震において東北沿岸部は壊滅的打撃を受けており、港の復旧工事が行われているのと人口流出が激しい為、工場建設の賛否を問う社内投票では賛成に対して反対を唱えた役員が多かったこともあって、建設は見送られてしまったのだ。
もし、朝鮮半島全域がロシア帝国領になった時点で日露戦争が勃発してしまうとこの北九州の建設途中の工場は壊滅的打撃を受けるかもしれないのだ。
出来ることならロシア帝国領になるのだけは避けたいのだ。
周りの役員や重役たちはざわめき始める。
「社長!ロシア帝国は上清帝国への派兵のみならず大韓帝国を併合すると…?!しかし、大韓帝国がそのような暴挙を許しているのはなぜなのでしょうか?」
役員の一人が大韓帝国がロシア帝国領への編入を望んでいるということに納得できなかったのか、私に質問をしてきたのだ。無理もない。
清国の属領ではなくれっきとした独立国家として建国されたばかりの大韓帝国がロシア帝国への編入を望む…。
日本人であれば、それは有り得ない判断だと憤慨するだろう。
上清帝国の工作があったとはいえ大韓帝国は十分な工業などを有しておらず、世界から見れば弱小国であり、その不安定すぎる国家体制よりも大国への編入を望もうとする親露派の存在によって大韓帝国初代皇帝であった高宗はもはや只の飾りとしての役割しか持っていなかった。
高宗の大命を貰った親露派は仁義会と接触し、ロシア帝国から密輸した最新のライフル銃などで武装し、さらに大韓帝国で活動しているロシア帝国の軍事・民事アドバイザーからの支援を受けて大韓帝国をロシア帝国の属領とすることを決めたのだ。
大韓帝国内の政治基盤は非常に不安定であり、ここ数年だけでクーデター未遂事件や農民らによる反乱が相次いでいるのだ。
そうした不安要素がいくつも積み重なっていった結果が親露派の台頭なのだ。
「大韓帝国は、長きに渡って清国の傀儡国でした。しかし日清戦争で清国が破れた結果、日本とロシア…どちらかの国家の元に付かないと国家相続が困難と判断した政府上層部が皇帝を脅したのでしょう、でなければ国境を解放するという馬鹿げたことはしませんよ、ロシア帝国軍が自国領に侵攻しているにも関わらず大韓帝国の国境警備隊が反撃しないのは、前から準備されていたものでしょうね…」
大韓帝国は1897年に建国されたばかりの新しい国家だ、その国家は僅か一年足らずで歴史の表舞台から姿を消そうとしているのだ。
上清帝国とロシア帝国は同盟関係を結んだわけではないが、軍事アドバイザーないし軍事顧問軍団として派兵されているのであれば、戦闘が中国大陸だけでなく朝鮮半島や日本にも飛び火する可能性があるということだ…。
そうなれば、私の知っている日露戦争の比ではない被害が出てしまうかもしれない、アジアの歴史は今まさに大きな分岐点を迎えているのだ。




