白熊の野望:ロシア軍事顧問軍団
「ロシアが上清帝国から南下した…」
その言葉を聞いた時に身体が一瞬硬直する。
ロシアやドイツの兵器などを使用しているのは知っていたが、軍隊までも派遣されているとは聞いていない。
特に、十分に訓練された正規軍であれば、上海に展開している新兵だらけの清国正統政府軍は木端微塵に粉砕されてしまうだろう。
日本陸軍も地の利を生かしても勝てるかどうか分からない…。
ロシアは世界最大の陸軍国家だ、それはロシア革命によって誕生したソビエト連邦時代になっても変わりなかった。
ナチスドイツの侵攻を押しのけて、20世紀末までアメリカに匹敵する陸軍を保有していたのは軍事関係に疎い私でも知っていることだ。
しかも、情報によれば竜騎兵と呼ばれている騎兵部隊を引き連れているらしく、その数は2万人に及ぶらしい…。
「天津にいる者からの知らせです、ロシア帝国の正規軍を丸ごと派遣しているとのことです。これがその写真です…明らかにロシア帝国の将校が混じっております」
范さんから渡された写真を見てみると、写真にはロシア軍将校が上清帝国の軍人と会話している様子を写しているのが良く分かる。
後ろにいる兵士達も白人であり、背が高くコサック帽を被っているので恐らくロシア軍人だろう。
ライフル銃や攻城砲…これらは全て民間船を使って輸送された物のようだ、まだシベリア鉄道は開通していないので、ロシア帝国はヨーロッパからわざわざこれらの武器弾薬の類を持ち込んできたというわけだ。
「それにしても、なぜロシア帝国は上清帝国側に付くことにしたのでしょうか…今のロシア帝国にとっても上清帝国に付くことはデメリットしかないように見えますが…」
「ええ、上清帝国だけに付くのであればまず断っていたでしょう、しかし上清帝国は隠し玉を持っていたのですよ…かの大韓帝国をロシア帝国保護領にする案を実行に移そうとしているのですよ」
上清帝国はロシア帝国に対してかなり魅力的な条件をぶら下げて参戦してくれるように依頼してきたようだ。
その条件とは日清戦争に敗戦した後に植民地国家として支配していた大韓帝国だが、その大韓帝国内部では親ロシア派の政治家が多くいた為、上清帝国がこれらの政治家をけしかけて大韓帝国をロシア帝国領に編入させる政治工作を行うことにしたという。
結果、大韓帝国内部でロシア帝国への編入を目論んでいる派閥が政界を掌握し、ロシア帝国との国境を解放したという。
そして現在大韓帝国北部から多数のロシア帝国軍が南下しているという。
上清帝国に大韓帝国双方から南下を開始しているロシア帝国…。
狙いは日本と英国へのけん制は言うまでもない。
都合のいいことばかりは起きないどころか悪いことがこんなにも同時に重なるとは…。
私は日本帝国の軍人ではないが、将来起こり得るだろう日露戦争が大幅に変化してしまうのはもはや避けられないだろう。
日本ないしイギリスが朝鮮半島南部に傀儡政権を樹立させて緩衝地帯を置けば、まだ戦略的には有利になるかもしれない。
しかし、それが失敗すればたちまち半島全域がロシア帝国領となり、釜山にでもロシア帝国の海軍基地が建設されたら日本の長崎や福岡まで目と鼻の先になってしまう。
つまり、ロシア帝国が九州への本土上陸作戦を強引に敢行したら日本は本土決戦をしなければならないのだ。
史実では太平洋戦争末期に国民義勇軍部隊が設立されて満15歳以上の男性数千万人が民兵として本土に上陸するであろう連合軍にたいして決死の攻撃を行う決号作戦が練られていた。
これらの作戦には昼夜問わずの決死の肉薄攻撃、数千機もの特攻機による神風攻撃、市街地や農村・山岳地帯に籠り徹底的なゲリラ戦を連合軍に対して行うというもので、アメリカを中心とする連合国軍もペリリュー島、硫黄島、沖縄戦での戦いの数倍以上に及ぶ被害を覚悟しており、地方都市への核攻撃や農村部への化学兵器の無差別投下など一般人への殺傷を躊躇しない方針でもあったとも言われている。
話が少しそれたが、大韓帝国が完全にロシア帝国領になるのはマズい。
日本やイギリスは半島の完全なロシア帝国領になるのを防ぐために軍を派兵するかもしれない。
となれば日露戦争も1904年ではなく、もっと早い時期に発生する可能性が高くなったのだ。
悲惨な戦争の拡大防止のためにも急がないといけないようだ。




