魔法の食べ物:インスタントラーメン(仮)
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西暦1896年(明治29年)4月30日
蒼龍一行が日本にやってきて一か月が過ぎた。
一か月の間に、裏方仕事を彼らは難なくこなすようになってきた。
最初の頃は日本語に戸惑う場面も見られたが、青龍族に仕えている人達もあってか短期間で日本語を理解して今では流暢に話す人が殆どだ。
一部の人は会計や雑穀煎餅の提携店舗に行って指導をするぐらいにまで成長したのだ。
トラブルも殆ど無く、蒼龍が売り子をやってくれているお陰で客足も増えて雑穀煎餅を順調に販売する日々が続いていた。
雑穀煎餅は順調なものの。ジャムの製造に関して言えば、軍部からの評価は実の所…あまりよろしくないのだ。
というのも、ジャム類を使用する場合、パンにジャムをかけないといけないのだが…軍部の中でも陸軍の人達が、試作のジャム製品を一般将兵に試食させたところ、口に合わない人が多かったのだ。
その根本的な原因が、ジャムの食感にあるようだ。
杏子をベースに作ったのだが、ジャム特有の砂糖を大量に使って保存した為、甘すぎるのと…パン食がまだ日本人に合わないという。
パンは米よりも量が少ないので、満腹感もあまり得られない…将兵の腹がすぐに減ってしまうという。
海軍ではパンでも問題ないと言われたが、やはり地上で戦う陸軍にとっては将兵に腹一杯食べさせてやりたいというのが現場からの切実な願いだそうだ。
困ったことに、すでにジャムの缶詰め用の容器は発注してしまっている。
もし陸軍がジャムを導入キャンセルという事態になれば、その分の損失を変則商社が埋め合わせないといけない事態になってしまう。
なんとしてもそれだけは阻止したいので、ジャムの代わりになる代案を早急に考えないといけない…。
ジャムはまだインスタントラーメンよりも早すぎたのだ。
もう、一層のことインスタントラーメンを作ってみるか…。
カップラーメンよりも一回り小さいが、温かく食べれる食べ物であれば陸軍も満足してくれるだろうし、米を戦場で炊くよりも、湯だけ沸かして食べれる食べ物のほうが、前線で戦う一般将兵にとっても有難い食べ物になってくれるだろう。
…というわけで、今…試作のインスタントラーメン(仮)を作っている。
このインスタントラーメン(仮)は、インスタントラーメンの創設者の自伝本や研究の資料として実験したデータを思い出しながら、試行錯誤して作っているのだ。
店を閉めて6時から10時までに鶏がらスープを作り、その間に范さんの部下から麺類の作り方を知っている者の手伝いを借りて生地を打ってもらい、日本人の味覚に合うように調整を入れている所だ。
蒼龍も手伝える範囲で、私をサポートしてくれている。
私に想いを打ち明けて以来、蒼龍は積極的に時間外の仕事をしてくれているのだ。
私は蒼龍に休んでいいんですよと言うと、蒼龍はこう言った。
「阿南殿が一生懸命になって働いている隣で、余が呑気に休んでいるわけにはいかないのじゃ…それに、拉麺は清国でも食べられている料理じゃ…阿南殿の手にかかるとどんな感じになるのか楽しみでの…迷惑にならないように手伝いをしたいのじゃ…」
目を輝かせて言うので、蒼龍の献身的な手伝いの元、インスタントラーメン(仮)がついに完成した。
完成といっても、まだまだ課題などがあるので…とりあえず簡単に作れて、食べられる代物が出来上がった。
作り方は、麺の上に鶏がらスープを均等に染み込ませたものを予め用意してから油でしっかり揚げると、油に相反する水分が外に弾け飛ばせるので保存性に優れたものになる。
インスタントラーメンの創設者は、これを夕飯時に奥さんが天ぷらを揚げている際に偶然に思いついて出来立ての麺を油の中に投下したというエピソードが残っている。
これは長期保存ができる上でも実に理にかなっていたものだ。
油で揚げたインスタントラーメン(仮)を丼に入れてお湯を注いで待つこと3分…インスタントラーメンに近い代物が出来上がった。
まだ開発段階なので麺が幾つか崩れてしまっている箇所がある上に、形や見た目に改良の余地ありな代物だが、私の知っているインスタントラーメンっぽいものが鶏がらスープの香ばしい匂いを湧きたたせている。
私と蒼龍と麺を作ってくれた部下の二人…趙さんと王さんの四人で、インスタントラーメン(仮)を試食し始めた。
参考文献
安藤百福発明記念館【編】「転んでもただでは起きるな! 定本・安藤百福」(2013/3)
発行所:中央公論新社刊




