変則商社:蒼龍の想い
「では、私がこの世界に…未来から過去に転移したというのは蒼龍様の指示であったということなのですか?」
「はい、竜には妖術の一つに人の魂を過去や未来、果ては異世界に飛ばす能力があるとされています。しかし、その能力は便利なようで不確定要素が強く、望んでいない転生者が来ることもあります。たとえば強欲で狂信的な程に殺人願望の強い者、世界を暴力で支配しようと目論む者…そうした危険な人物が転移してきた場合には、人を早急に派遣して”始末”しなければなりません。例えそれが幼子であっても…また、この妖術には莫大な精神力を使う為、現在蒼龍様は妖術を行うことが出来ないのです…時間的にも、精神的にも阿南様をこの世界に転移したのは最大の博打だったのです、青龍族の血を受け継いでいるのは蒼龍様おひとりだけです。あのお方が清王朝に殺害でもされたら…青龍族は歴史から完全に姿を消すでしょう…」
博打か…范さんの言っている言葉が正しければ、以前にも青龍族の竜が転移者、転生者を妖術とやらで連れてきたようだ。
転生者の大半はアジア地域において生まれてきているらしいが、その理由というのが輪廻転生の理論を信じている者が多いヒンドゥー教や仏教の教えなどがある地域だと、魂を肉体に宿す傾向が強いようだ。
しかし、今の青龍族は蒼龍以外の世継ぎはおらず、地位も権力も清王朝に剥奪されたも同然であり、力は無いに等しい。
蒼龍は持てる精神力と妖術を使って私をこの時代に転生させたのだ。
蒼龍はどんな思いで私を転生させたのか…?
私利私欲の為か?
いや、私はあの時、竜に願ったではないか。
誰か…人の役に立ちたかったと…。
今の話が本当であれば、蒼龍が…いや私が願った言葉の事を范さんは知っているはずだ。
私はカマをかけて范さんに尋ねた。
「なぜ、蒼龍様が私を選んだのですか…?」
「阿南様が前世で命を絶たれる間際に誰かの人の役に立ちたい…そう強く願ったからでございますよ。あなたご自身が一番良く分かっていると思います」
確かに…私はそれを願った。
人の為に、役に立つことを望んでいると…。
それが今、こうして誰かの役になっているじゃないか。
事業も急成長しているが、私の目的は凄惨な戦争を回避する事、そして日本の歴史を変えることだ。
それを蒼龍が聞いてくれたから、こうして今…囲炉裏の温かい火の温度が分かるじゃないか。
私をこの時代に招き入れてくれたのが蒼龍であれば、今度は私が助けるべきだろう。
私は覚悟を決めて、范さんに伝える。
「范さん、事情はよく分かりました。蒼龍様の件ですが、私の…今住んでいるこの借家でもよろしければ、蒼龍様が暮らしても問題は無いですよ」
「本当ですか…誠にありがとうございます!!!」
范さんは深々と頭を下げて私に礼を言った。
もし交渉がうまくいかなかったら、彼はどうなっていただろうか。
きっと失意のうちに去っていってしまったに違いない。
青龍族に仕えている人達も雇うべきだろう。
彼らは清王朝とは協力体制下にあったはずだ、つまり現在の清王朝の内外の情勢に関してはかなり詳しい筈。
情報収集能力に関しても優秀である彼らをみすみす手放すようなことをしたらまずいだろう。
それに、優秀な人物を保護しておくのは必要なことだ。
色々な企業の情報を調べさせてもらうこともできるかもしれない。
私の家族を奪った楼宮貿易会社を潰す手伝いをお願いすることになるかもしれない。
彼らも迎え入れることにしよう。
「范さん、浅草でよろしければ蒼龍様にお仕えしている人達も、こちらで働いてみてはいかがでしょうか?何かと蒼龍様お一人だけでは周囲から恋人が出来たかと色々と身も蓋も無いような事を言われてしまいそうですので…周囲には蒼龍様は、私の遠い親戚ということにしておきたいのです。伝手で変則商社で働くことになったと…そしてお仕えしている人をこの家に住まわせ、他の人もこの近くの空き家か借家を借りれるように手配しておきます。いかがでしょうか?」
「そうですね…私も阿南様が蒼龍様とお暮しする事に同意した際には、浅草に家などを借りようと思っていた所です…本当にそこまでして頂いてよろしいでしょうか?」
「ええ、この先…皆さんのお力をお借りする事があるかもしれません、無論…暗殺などの危険なことを依頼する気はございません。こちらこそ、何卒宜しくお願い致します」
こうして、私は蒼龍を迎え入れることになった。
帰り際に范さんは蒼龍が日本にやってくるのが3月下旬頃になるだろうと言っていた。
3月の下旬…つまり、春にやってくるというわけか。
よくある恋愛シミュレーションゲームでも3月下旬から4月のはじめぐらいに始まるケースが多い。
そのほうが新しい出会いとなるから人気なんだろう。
3月…3月になれば蒼龍の顔を見ることが出来る。
私はこの時代に転生させた蒼龍を早く見てみたいと思っている。




