変則商社:変わりゆく碇石
聞捨てならない言葉…。
そう、この時代に私を招き入れたという…私だけにしか分からない筈の事と、竜についてだ。
とすると…この人は一体誰だ?
何故私の事を知っているんだ?
彼が竜なのか?
「失礼ですが…范さんが私をこの時代に迎え入れた竜なのですか?」
「いえ、私は竜ではありません…竜と私は主従のような関係ですから、私は竜の使いと思っていただいて結構です…」
「范さんが竜の使い…ですか、いやはや…ここで長話は何ですから、どうぞ家に入ってください」
聞きたいことが山ほどあるが、この話題は外で話すべき内容ではない。
家のドアを開けて范さんを招き入れる。
冬の寒さで家の中は凄く冷えている。
私は暖を取るために囲炉裏に火を付けた、寒さを凌ごうとしているのだ。
流石に何も出さないわけにはいかないので、雑穀煎餅を范さんに来客用としてお出しすると、范さんは雑穀煎餅を食べて何度も頷いて「美味しいですね」と言っているので、どうやら中国の人の口にも合うようだが、中国大陸は南北で食の味付けも変わっている。
北部は麦料理、南部は米料理を中心に食べているからな。
囲炉裏の火で身体が温まってきた所で本題を私は切り出したのだ。
「范さん、私をこの時代に招き入れた竜について…私は色々と聞きたいことが山ほどあるのですが、先に私に相談したい事とはどういうことでしょうか?」
「はい、実は…竜が…いえ、蒼龍様が阿南様の元に行きたいと申し出ているのです。阿南様と暮らしたいと…そこで私が交渉役として日本に派遣されたのです」
「蒼龍様…その人が私をこの時代に引き入れて…私の所で暮らしたいと…そう仰っているのですね」
「はっ、身勝手でご無礼なお願いであることではありますが、何卒…何卒ご検討をなさってくださることは出来ますでしょうか?」
竜…いや蒼龍が私と暮らしたい…?
いやいや、竜だぞ竜。
ファンタジーみたいな姿をしている筈、少なくとも私が夢の中で見たのは竜の姿だったぞ。
一緒に住むことはできるのだろうか?
大きさにもよるが…ゲームや漫画に出てくるような家一戸建てのサイズなら確実に無理だ。
姿がバレたら一大事になることは必然、そして私は店を指揮しなければいけない立場だ。
家にいても一人にしてしまうことになる。
「失礼ながら…その…蒼龍様は人間と同じぐらいの大きさなのでしょうか、よく伝承やおとぎ話に登場する竜は巨大に描かれている事が多いので…」
「あ、それに関してはご心配なく、蒼龍様は女性程の身長ですよ。体重もそのぐらいです…外見は人間の女性と変わりありません、勿論性別も…」
「そうなのですか…しかし、なぜ私の所なのでしょうか?竜という珍しい存在であれば私個人ではなく、どこかの国家に頼るべきではないのでしょうか?ましてや、私は新興企業の社長にすぎませんよ…とても私には…」
「そのご質問はごもっともでございます。故に、阿南様には現在の蒼龍様を取り纏く現状を包み隠さずお伝えします…」
それから一時間ほど范さんの話を聞くことになったのだが、范さん曰く現在蒼龍を取り巻く事情は芳しくないとのことだ。
理由として蒼龍の地位は清王朝では正式に認可されていないものの、竜という特殊な生物ゆえに古代中国の時代から蒼龍の一族は呪いなどの妖術を扱う「精霊様」として、非公式に協力体制下にあったのだという。
それぞれの時代のそれぞれの中国大陸に点在していた勢力が時代ごとに秘密協定を結び、彼らだけは決して傷つけてはいけないと定めた程の影響力を持ちながら、歴史の表舞台には決して上がらないという。
彼らは中国の神獣「青龍族」の末裔であり、長安郊外にひっそりと佇んでいる寺院にて暮らしているらしい。
だが、清王朝は青龍族を協力体制を解消し、今後は彼らを保護をしないと通告してきたのだ。
その原因は日清戦争において清国が日本に敗北したからであった。
蒼龍は、日本が西洋諸国の技術と兵士の練度を鍛え上げていると分析した上で戦争に反対したのだが、清王朝で力をつけていた開戦強硬派によってその意見が封じ込められてしまったのだ。
さらに悪いことに、戦争に敗北した要因として蒼龍が積極的に反対しなかったからという逆恨みも甚だしい理由で、清王朝から見放されたのだ。
国を頼れば、国にいいように利用される。ならば、偏見を持ち合わせておらず人道的精神を持った人物の魂を未来から取り寄せて、その人物の精神を転移させて力をつけさせて、その人物が大成するように書き換える。そしてその人物の保護に入る…という、SFやファンタジー小説もビックリな内容だったのだ。




