東京入居:出店一号店
午後3時まで寝た後、今後の具体的な自分自身の方針を決めてきた。
まず私は自分の商社を立ち上げることにしたのだ。
社名は一晩考えた末に「変則商社」という名前を付けることにした。
変則という言葉は通常の行動から外れた行動を示すもの…この明治時代に転生した私自身の存在が変則であることを考えるとピッタリな名前だ。
幸いにも私は印鑑証明書を発行できる年齢に達しているので、会社を設立することが可能だ。
しかし銀行からの融資はまだまだ信用が得られていないので、貯金は出来ても大規模な資金を借りれない。
商売繁盛すれば借りることはできるかもしれないが、あまり銀行からお金を借りるのは好きではないな。
だが、いずれ融資が必要になってくるときがくるかもしれないので、もし、その時になったら契約書を舐めまわす勢いで一字一句確認してから借りるべきだ。
サラ金業者から安易に金を借りた結果取り立ての地獄を見た友人を知っているので、お金にはシビアに気を遣うべきだろう。
変則商社の今後1年間の基本方針としては雑穀煎餅を中心とした脚気対策の商品を販売後、売れ行きが横浜と同じように好調であれば浅草以外の場所でも雑穀煎餅を売りに出し、不調であればポテトチップスの開発に取り組むなどして新商品を次々と打ち出す準備を整えている。
現代で普及していた食品のうち…この明治時代でも調理・製造可能なお菓子、さらに食品などをリストアップした結果、日本の歴史を大きく動かしてしまう代物を思い出した。
製造方法なども食品研究をする上で課題のレポートで書いた記憶がある程で、戦後の高度経済成長期や大規模災害の時でも日常を繋ぎとめて支え続けた伝説の食品…ずばりそれは『インスタントラーメン』だ。
そう、インスタントラーメン…。
現代人でこの食品を知らない者はいないだろう。
長期間保存でき、お湯を注いで数分で完成する現代人であれば馴染み深い食品の一つだ。
このインスタントラーメンが一般に普及するのは1950年代後半以降…まだ20世紀に突入していない現段階で、この食品を世に出したら…ほぼ間違いなく大ヒットするだろう。
軍隊に兵糧食として採用されれば、大口契約を取ったも同然だ。
だが、まだ製造の特許などを取得していないので、特許などを全て取得してから商品登録及び特許を取るべきだろう。
なので、このインスタントラーメンは私が扱える最強の切り札として温存することにした。
しかしながら、そう遠くないうちに企業を拡大する際に遠慮なく使わせてもらうとしよう。
さて、話は大分逸れたが私は今、浅草でも評判の良い賃貸不動産屋で、私の希望に見合う物件が無いか探しに来ている。
不動産屋の池澤さんという人が私の条件に満たしている賃貸物件をいくつかリストアップしてもらったので、私は池澤さんと共にの物件を巡って見に行くことにした。
「どうでしょうか、この立地で月額35円…3か月間の店舗設置契約も兼ねて今なら特別に総額60円でご契約できますよ!」
中でも半年間の店舗設置契約を前払いを条件に60円で貸し出してくれる物件を紹介してくれた。
浅草の中でも歓楽街に位置しているので、かなり人通りの多い場所だ。
その分、料金も見積もっていたよりも高くつくが、これだけの人通りであれば大いに繁盛しやすいだろう。
売ったら売った分だけ儲かるだけの最高の立地条件に満たしている場所だ。
月額35円と予想よりもかなり料金は高めだが、今3か月間の設置契約をすれば60円…つまり三か月間は私が最初に上限額に設定していた20円ギリギリに収まる…というわけだ。
「たしかに、他のお店と比べたら多少割高になってしまいますが、人の多さでいったらこちらが一番多いですよ」
「そうですね、建物の広さも十分ですし調理場も既についている…であれば話が早いですね、是非ともここに店舗を出店したいので契約をしてもよろしいでしょうか?」
ここであれば人目につきやすいので多くの人に雑穀煎餅を提供できるだろう。
そしてすでに調理場があるので、常に出来立ての煎餅や商品を提供することができそうだ。
私の大きな一歩を踏み出した瞬間であった。




