雑穀煎餅:懺悔
「ゴホォッ………」
死んだと思っていた次郎が息を一時的に吹き返した。
倒れ込んでいる次郎が必死に息を吸おうとするも、血が気管に入ってゲホゲホと咳きこんでいる。
その咳きこんでいる音で私はハッと我に返って次郎の元に駆け寄った。
「次郎兄さん!!!!」
駆け寄って少しでも楽な姿勢にと半座位の姿勢を取らせる、背中次郎の身体からは映画やサスペンスドラマで出てくるような真っ赤な血ではなく、墨汁のような黒と赤が混じり合った暗い血が溢れ出ていた。
口からも血が溢れ出ている。
恐らく臓器に深く損傷を受けているので、もう助からないだろう。
そして父親と母親は馬鹿一郎が死んだことで大声で悲鳴を上げて近所の人に助けを求めている。
さっきの騒ぎを聞きつけてかどんどん野次馬が集まってきている。
馬鹿一郎に限ってはこめかみを突き破って脳天を撃ち抜かれているので即死だ。
既に失禁と共に、頭から白とオレンジっぽい色をしたコンニャクみたいなものがはみ出ている。
そのコンニャクみたいな正体は言わなくても分かるので言いたくない。
あれだけ酒乱で、荒くれ者で…何人もの男たちを倒した馬鹿一郎があっけなく、ほんの数秒でこの世から居なくなってしまった。
拳で抵抗しても銃には無力だ…。
口から流れ出る血を抑えながら次郎は私に問いかけた。
「ゲボォッ……ああ、豊一郎…お前に怪我は無いか?」
「ええ、私に怪我は無いです…でも…一郎兄さんが………」
馬鹿一郎はこめかみを撃たれた直後は痙攣をおこしたが、すぐに壊れた人形のように動かなくなった。
私が指を指す先で馬鹿一郎は死んでいるんだ。
次郎はそれを理解してか、目を瞑り…自分の死を悟り始めているようだ。
血を吐きながら、今まで生きてきた人生のことを思い出のように語りだす。
「全く………一郎兄さんは直ぐに何処にでも喧嘩しに行くから困ったもんだよ………俺も………そんな一郎兄さんに憧れて喧嘩ばかりしていたけど………そんな憧れすら……もう出来なさそうにないな………結局………俺は………何の為に生きてきたのか………これじゃあ分からないな………」
喧嘩ばかり明け暮れていた学生時代。
馬鹿一郎と次郎が描いていた彼らなりの青春…他人からしたら傍迷惑な青春を思い出して懐かしんでいるようだ。
それか次郎が馬鹿一郎の思っていたことの代弁をしているようにも聞こえる。
地面に染み込んでいく次郎の血…。
やがて、次郎の声が掠れていく。
「はぁ………はぁ………俺は………………どうしたら良かったんだ………………なぁ………ゲボォッ………ゲボォッ!!!!豊一郎………………お前が親父とお袋の事を………………頼んだぞ………不甲斐なくて………いつも迷惑かけていた………ゲボォッ………俺からの一方的な………………頼みでごめんな…………本当に………ごめんな…………ゲボォッゲボォッ!!!!!!」
そう最後に次郎が懺悔の言葉と共に激しく黒い血を吐くと、次郎の身体は動かなくなった。
私の服はすでに次郎の吐いた吐血によって赤黒く染まっている。
今、私の目の前で人が死んだのだ。
ろくでもない奴だったが、一人の人間が苦しんで死んでいったのだ。
両親が慌てふためきながら医者を連れてきた。
赤坂さんが撃たれた時に駆け付けてくれた医者だった。
特に草摩は取り乱して医者に馬鹿一郎と次郎を助けてくれと叫んでいる。
「なんで………最後の最後で改心したように自己満足で一方的に終わらせるんだ………普段から親孝行していればこんな惨めすぎる終わり方にはならなかっただろうが………そんなの無責任すぎるだろうが………二人兄弟揃って………この大馬鹿野郎!!!!!」
私は怒鳴った。
やり場のない怒りで怒鳴り散らした。
こめかみを撃ち抜かれてあっけなく死んだ馬鹿一郎、そして両親の事を頼んだと押し付けて死んだ次郎に怒りと今まで二人から受けてきたの怠惰とストレスからの解放による衝動が街に響き渡る。
両親は二人が死んだことを受けて錯乱している、特に草摩は暴れだして警察官や野次馬に取り押さえられ、母は髪の毛を力いっぱい引きちぎっている。
見たくもない地獄絵図だ。
家に乱入してきて家の中で気絶している輩は駆け付けてきたお巡りさんが捕縛して、そのまま警察署に連れて行かれたのだ。
二人を撃ち殺した犯人は暗闇の街の中へと消えてしまった。
馬鹿一郎と次郎が死んだことで、私の兄弟は誰もいなくなったのであった。
おとぎ話は終わりさ…




