雑穀煎餅:硝煙
ゴンゴンゴン!!!!
家の玄関の扉を誰かが叩いている。
こんな夜遅くに来客は招いていない…。
家族全員に緊張が走る。
次郎が「俺が出るわ」と言って玄関の扉を開けずに扉越しからどちら様かと尋ねる。
扉のから強引に入ってきた場合に備えて既に身体を構えている。
「こんな夜遅くに何の用だ。今は商店は閉じている。用があるなら扉を強く叩くのではなく、そちらから名乗るのが筋だろう」
すると男の声で返事が返ってくる。
どこか気の抜けたような軽い感じの声だ。
「へぇ、夜分に失礼いたします。私、楼宮貿易会社に勤めております江田と申します。草摩殿は今こちらにおりますでしょうか?」
楼宮貿易会社…草摩が茶碗を割った貿易商の会社だという。
やはりもう嗅ぎつけてきた、いや…狙いを定めてきたのか。
江田の正体は恐らく家の乗っ取りと資金回収を目論んでいる貿易商の放った取り立て屋だろう。
扉を開けたら最後、家財道具まで奪われてしまうだろう。
「ああ、親父ならいるが…帰ってきてから生憎高熱を出して寝込んでいるんだ。酷く身体が震えていて医者に診せたんだが、暫く身体を動かしちゃいけねぇと言われているんでね、親父は今話せる状態じゃねぇ…要件があるなら扉越しから俺が聞いておく」
次郎は嘘を言って帰ってもらうように江田に促す。
江田は少しばかり唸ってから返事をする。
「ふむ…そうですか、では単刀直入に申し上げます。草摩殿が我が社に特殊な事情で金銭をお借りしているのですが、その代金の支払い期限が今日までなのですよ。夜分遅い事を重々承知しておりますが、これを今すぐにお支払い頂けないようでしたらこちらとしましても…今連れてきている見習いが些か粗暴な者で暴れないように抑えているのですが、何分言う事を聞かない者ばかりでございまして…」
やはり取り立て屋のようだ。
それも子分を引き連れてきているらしい。
金を支払わないようであれば強引にでも家に押し入って金目の物を奪うのだろう。
一昔前のヤクザがやっていたような手段…脅し。
それも堂々とした脅し文句を並べて言っているのだから恐ろしい。
もしこれが現代であればその脅しの文言を並べて喋った時点で”脅迫罪”が成立し、それをスマートフォンで録音されていれば警察に証拠として突き付けることも出来るので今のヤクザやチンピラですら滅多に言わない。
そんな言葉をしゃべり続ける江田に対して、次郎は完全に迎撃をするために玄関に置かれていた木刀を左手で握り、やり返す準備をしていた。
馬鹿一郎も立ち上がり、白地の布をきつく腕に巻いて戦う前の構えをしている、酒に酔っているとはいえ、馬鹿一郎の喧嘩の腕は確かだ。
昼頃に店の中で襲い掛かってきたチンピラ程度ならやっつけてくれるだろう。
次郎は延々と脅迫めいた言葉を繰り返していた江田に対して啖呵を切った。
「そんなものは知らんし、今言われてもこちらが困る。父にはよく言っておくので今日の所はお引き取り願いたい…」
「さようでございますか………者ども!!!玄関の扉をぶち破れ!!!」
バァン!!!バァン!!!と扉を蹴る音が鳴り響く。
扉が開かないので壊して入ろうとする。
丸太のような固いもので強引に扉をこじ開けようとする取り立て屋。
数発耐えていた扉だが、十回目ぐらいで扉が打ち破れてしまう。
ゾロゾロと家に土足で上がり込んでくる男たち。
だが、家にいるのは軟弱な男ではない。
喧嘩で鍛え抜かれた2人の兄弟が取り立て屋の男たちの相手をし、家の入り口は喧嘩の最前線となる。
「ぐへぇっ?!こいつ木刀なんか持っているぞ?!」
「怯むな!!!所詮若造だ!!!まとめてかかれば…ぐほぉっ?!」
「若造って言ってもそこらの奴らとは違うぜ…遅い!!!」
木刀を持った次郎が相手の顔目掛けて容赦なく叩き付ける。
刀でないにせよ、木刀を思いっきり叩かれたら痛いだろう。
中には口の中に木刀を突き刺された者もいる。
次郎は上着を脱ぎ棄てているので鯉の刺青を相手に見せびらかしながら、大勢の男たちに対して善戦し、木刀が折れたら次は拳を握って相手をボコボコに殴ったり蹴り飛ばし始めている。
馬鹿一郎も同様であった。
裏口から入ってきた取り立て屋の顔を掴んで壁に叩き付ける。
壁に大穴が開いて、顔から血を流して倒れていった。
短刀などで武装していた取り立て屋が馬鹿一郎の相手をしていたのだが、手に取るもの全てを武器に変えて襲い掛かっていく。
ちゃぶ台、花瓶、そして握られた者は容赦なく壁や地面に叩き付けられる。
噛みつかれると最後…まさに狂犬阿南に相応しいほどの荒々しさだ。
「おいおい、木刀折っちまうなんてお前らしくないぞ次郎!!!」
「そう言う一郎兄さんだって短刀に斬りつけられそうになっているじゃないか、動きが鈍っているんじゃないのか?」
「けっ、うるせぇ!!!どっちが土足で上がり込んできている馬鹿どもを倒せるか競争といこうじゃねーか!!!」
「おうよっ!!!会社で鍛えた腕前をみせてやるぜ!!!」
二人は互いに笑ったり、冗談を言い合いながら大勢の取り立て屋を叩きのめしている。
遠慮しなくてもいいので色々とストレス発散も兼ねてやっているようだ。
狂犬阿南と呼ばれた馬鹿一郎にヤクザまがいの仕事をしている次郎…最強最悪の兄弟だ。
今まさに目の前で繰り広げられている光景はヤンキー漫画のような光景だ。
次第に馬鹿一郎と次郎が取り立て屋を倒していくので、恐れおののいた取り立て屋が逃げ出し始めた。
「なんなんだよ!!!あいつは!!!勝てっこねぇ……!!!」
「くそっ、この二人只もんじゃねぇ……!!!逃げろぉ!!!!」
散り散りになって逃げていく取り立て屋たち…。
気がつけば家の玄関と裏口には二人にボコボコにされて気を失っている取り立て屋たち…そして腰を抜かしている江田がいるだけだ。
二人が情け容赦なく殴り倒した取り立て屋をを踏み分けて馬鹿一郎と次郎が江田に詰め寄った。
「おうおう江田さんよぉ…喧嘩吹っ掛ける相手間違えているぜ」
「そうそう、あんたの所は俺の会社よりも相当あくどい事やっているみたいだなぁ…同業者としても、あんたの所は潰したほうがいいって上に進言しておくわ、どうせ金なんていっても巻き上げるための金だろうに…おい、聞いてんのか?!」
次郎が江田の襟元を掴んで顔を、ぶん殴ろうとしたその時だった。
突如として乾いた発砲音が響き渡る。
一発、二発、三発…次郎の身体を突き破り、次郎は身体の力が抜けて地面に倒れてしまう。
慌てて江田を押さえつけようとした馬鹿一郎のこめかみにも一発、そして身体にも二発の銃弾が撃ち込まれた。
「ひひひひひぃぃぃぃ!!!!お前たちが悪いんだ!!!!俺は悪くねぇぇぇぇ!!!!!ひひひひひぃぃぃぃ!!!ひひひひひぃぃぃぃ!!!!」
江田の隠し持っていたリボルバーがあっという間に二人を殺してしまったのだ。
そして江田は全弾撃ち尽くしたリボルバーを落とし、奇声を上げながら暗い街の中へと姿を消していったのだ。
私は、その様子を呆然と見つめることしかできなかったのだ。




