雑穀煎餅:来客
朝起こった嫌なことは忘れたい。
そう、嫌でも忘れたい…。
新商品である味噌味煎餅と、そのセットメニューである甘酒を調達して煎餅をいつも通りに販売する準備を整え、店の店頭に商品を陳列させている矢先であった。
いつも私の煎餅を心待ちにしている子供たちの列に割り込むように、如何にもゴロツキをやっていますといわんばかりの男が3人やってきた。
スキンヘッド、天然パーマ、浪人ヘアーと、髪型がそれぞれ個性があって一目で分かる礼儀知らずな男達は、扉を乱暴に開けて店に入ってきたので、私は男たちに何の用かと尋ねた。
「申し訳ございませんお客様、何か当店で急ぎの御用でありますでしょうか?」
「ふん、御用も何も…その煎餅は誰の許可で売っているのか?」
「許可も何も…父、草摩に煎餅の販売の許可を得ております」
「ほう、許可を取っているのか…どれどれ」
するとスキンヘッドの男が一歩前に出て、私が今朝一生懸命に作った雑穀煎餅を一掴みすると、突然握りつぶして私に投げつけた。
「い、いきなり何を?!!」
投げつけると同時に天然パーマの男が私を押し倒したのだ。
反撃しようにも腕を強く押さえつけられているので身動きが出来ない。
スキンヘッドの男が私が丹精込めて作った雑穀煎餅を草履で踏みつけて言った。
「ケッ、草摩の奴…こんなちんけな商売をして金にしていたのか、おい!こいつを取り押さえろ!」
天然パーマの男は力が強く、とても私では太刀打ちできないぐらいの強さだ。
そしてあっという間に私は捕まってしまった。
押し出そうとしても中々離れない。
あの馬鹿一郎が言っていた党派を組んだ不良集団が暴れているという話…もしかしてその一派がこいつらなのか?
私を押さえつけている天然パーマの男が私に低い声で言った。
「おい、草摩の金の在処は何処だ?」
やはり強盗目的でやってきたのか…なんだってこんな時にあの馬鹿一郎がいないんだ!!!
全くもってツイテいない!
しかも父親である”草摩の金”と言っていたな…という事は、父親が何かやらかしたのだろうか?
金の在処は今お前たちのいる後ろの机の中だ…。
机を少々改造して作られた自販機のようなシステム…レジ打ち代わりとして一銭硬貨を私に見せて机正面の穴の開いた場所に硬貨を入れたらすぐに煎餅をお渡しするという代物。
一昔前、同人誌即売会イベントにて大手サークルが実施していたことで、回転率を大幅に上げることが出来たという話を思い出したので一週間前に作ってもらったのだ。
それがかなり功を奏し、煎餅も作ってから売り出すまでの時間もかなり短縮されるようになっていたのだ。
あの後ろに三日分の売上金が入っている…クソっ、天然パーマの手が邪魔で口を抑えられていて声が出ない!!!
「おい、早く言わないとお前を…ゴハッ?!」
次の瞬間に、店の奥から酒の入った一升瓶がスキンヘッドの頭目掛けて飛んできたのだ。
一升瓶はスキンヘッドの頭に直撃し、派手な音と共に一升瓶が割れて中に入っている酒が男の目の中に入ったようでその場に悶絶し始めたのだ。
店の奥から姿を現したのは、左手に飲みかけの酒を握りしめている馬鹿一郎であった。
馬鹿一郎は酒の入った瓶を口づけてごくごくと旨そうに酒を飲むと、大声で無礼を振る舞っている不良連中に対して怒鳴ったのだ。
「おうおうおう!!!いきなり店に入ってきてそんな振る舞いなんざしやがって…この俺が狂犬阿南だと知っての事かぁ?!」
狂犬阿南…その言葉を聞いた天然パーマと浪人ヘアーの男はビックリした様子ながらも、怯むことなく馬鹿一郎目掛けて突っ込んでいったのだ。
浪人ヘアーの男は背中に仕込んでいた木刀を取り出して頭を叩こうと振り上げる。
その振り上げた腕を馬鹿一郎は憶することなく浪人ヘアーの男の袖を掴んで、店の陳列棚に投げ飛ばしたのだ。
「くそぉぉぉっ!!!やりやがってぇぇぇ!!!!」
天然パーマが馬鹿一郎にタックルをかますも、すぐに馬鹿一郎から容赦ない殴りを加えられる。
一発や二発だけではない。
何十発も顔がドンドン殴られていき、終いには顔中痣だられになってアンパンのように膨れ上がった天然パーマの無残な姿が残されていたのだ。
最初に一升瓶を頭に喰らったスキンヘッドの男がよろけながら店から飛び出して逃げていき、残りの二人はそのままお巡りさんの御用になったのだ、正直に申し上げると助けてくれた馬鹿一郎の事をほんの少しだけ見直そうと私は思った。
とはいえ…馬鹿一郎が暴れまくった結果、店は粉砕された煎餅やら箱が破損した商品の片付けやらで、とてもじゃないが営業できる状態ではなかったので、その日は急きょ臨時休業となった。
ゲームやマンガであればここで一つのイベントとして終わるだろう。
しかし…これで終わりではなかった。
捕まった二人のうち、浪人ヘアーの男が父親の草摩は貿易商から多額の借金を抱えており、自分たちはその借金返済の為に貿易商から雇われたのだと馬鹿一郎に話したのだ。
草摩が借金をしていた…?
確かに父親はあまり良い人物とはいえないが、借金までして骨董品を集めるような人間ではない。
馬鹿一郎も同意見であった。
騒ぎを聞いて駆け付けてきた母親と夜勤明けで二階で就寝していた次郎も草摩の借金の事は知らなかったので、目を丸くして驚いていたのだ。
…◇…
その日の夜、珍しく遅くに帰ってきた父親にその事を問いただすことになった。
あまりやりたくはないのだが、家族会議という下手をしたら母と私は父草摩と離縁するかもしれない重い話となるのだ。
食卓を囲んでいる空気は異様に重たい空気の中、次郎が話を切り出した。




